第26話 あんたらこそ、早く末永く宜しくしちゃいなさいよ。
ララさんは頬をかっと赤くして、目を逸らしてもじもじと髪をいじる。
「そんな事ないわ。あれだって、ただの八つ当たりよ」
認めないララさんに、私は内心苦笑いする。ララさんはどこかこういう、潔癖で頑固な人だった。
「私がカスダルに殴られそうになった時はいつも、あえて横槍を入れて守ってくれていたじゃないですか」
「偶然よ」
「……体重が増えたのも、夜食のせいもあるでしょうけど……カスダルが残したご飯を、勿体無いからって食べてくれていたからですよね?」
ララさんは驚いた様子で目を見開いた。
「気づいてたの?」
「はい。実は」
私は頷く。
「だからララさんのご飯は少なめに、味を薄くしてたんですが……やっぱり栄養価の調整、難しかったんですよね。ごめんなさい」
「あ、謝らないでよ! あたしも田舎の貧乏令嬢だから、食べ物が粗末になるのは気に入らないだけ。あんたのためじゃないし、あたしの勝手なんだから」
ララさんは大袈裟に腕をくみ、ぷいっと横をむく。頬が赤い。そういう、「あんたの為にやったのよ」って絶対に言わないララさんの性格が、私は好きだ。
「ララさん、優しいですよね」
「は?」
「本音を言うと、正直、追放にララさんとシノビドスが賛成した時はちょっと辛かったです。でも時間が経ってわかりました。……私がカスダルから離れられるように、あえて厳しく突き放してくれたんだなあって」
そして今ならもう一つ、わかる事がある。
私を停留所に置いていったあとすぐに、魔王様が助けに来てくれたのもシノビドスの配慮だったのだ。シノビドスは魔王様になんらかの方法で、追放後の私の事をことづけてくれていたのだ。
ーー私はいつも、ララさんとシノビドスに守られていた。
「私、いつも助けられてたから……だから、ちょっとやそっとララさんが八つ当たりしても、虫の居処悪いんだなあって、気になってなかったんですよね」
「はー、そういうこと言ってるからあんた、いつもいいように扱われるのよ! もう!」
ララさんは深く溜息をつき、そして紅茶へと目を落とした。
「ララさん」
「……何よ」
「本当にありがとうございます」
「あたしは謝りにきたのよ。お礼を言われる覚えはないわ」
「んじゃありがとうは忘れてください。違う言葉にしますね」
気まずそうにこちらを見やるララさんの手を、私はぎゅっと握った。
「これからまた、たくさん食べにきてください。そして何か困った時、頼らせてもらっていいですか?」
「ヒイロ……」
ララさんはやつれた頬を赤らめて、また昔のように強気に微笑んでくれた。
「もちろんよ。どんどん食べにきてやるからね。覚悟なさい」
ーーー
しばらくお茶を二人で楽しんだところで、ララさんは立ち上がった。
「ご馳走様。そろそろお暇するわ」
「これから……カスダルと会うんですね」
「まあ、ね。あたしも正直うんざりしてるけど、行き場所がないから仕方がないわ」
ララさんは私とは違って帰る場所がある男爵令嬢だと思い込んでいた。魔法学校も三席で卒業してる才女の魔女さんだし。
驚く私に、ララさんは階段を降りながら衝撃的なことを打ち明けてくれた。
「あたし、パーティ解散ってことになったら、貴族ジジイの後妻になる運命なのよね」
「ご、後妻ですか」
「そ。だから私はカスダルパーティに縋り付いて、栄光があるうちに次の居場所を探さなきゃいけなくて」
「大変ですね……」
「ふん、自分で選んだ道だもの、やるしかないの」
ララさんはトントンと階段を降り、くるりと私に向かって微笑んだ。
髪や体に纏った、魔力補助のアクセサリーがきらりと輝いた。
「運命はあたしがあたしで切り開くのよ。カスダルにだって、負けないんだから。あたしもヒイロみたいに自分の居場所を見つけてみせるわ。見てなさい?」
「はい!!」
仲良く一階に降りてきた私たちを、シノビドスが嬉しそうな様子で迎えてくれた。
そこでララさんは足を止めて私の方を見た。
「ところでヒイロ。シノビドスとはどうなの」
「どうって?」
私はシノビドスを眺める。シノビドスに動きはない。動きがなければ、仮面の中でどんな顔をしているのか全くわからない。
そんな棒立ちのシノビドスを親指で示し、ララさんが言った。
「こいつとさっさとくっつきなさいよ」
「えええええ!? 私たちはそういう関係じゃ」
「恋愛対象外ってやつ?」
ぐいぐいくるのがいつものララさんだな〜と嬉しくなりつつ、質問には困る。
「……そういうこと、その……ずっとカスダルの婚約者だったので……全然考えたことなくて。えええと」
「じゃあ、脈はあるってわけね」
「え、ええと、でも私みたいなのこそ恋愛対象外でしょう!?」
「せ、拙者に振らないで欲しいでござる〜〜!!!」
シノビドスは頬を押さえ、パタパタと走り去ってしまった。
ララさんはシノビドスを眺めーーそして私に笑って呟いた。
「……あんたたち、よーく似てるわ」
私たちの間を流れる空気は柔らかい。
そこに、焼き上がったローズマリーパンの香りが心地よく通り抜けた。
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