第25話 ララの謝罪

 聖女食堂オープン前、ようやく朝日で空が白んできた頃合い。

 私は早朝から鍋でスープにコトコト火を通しつつ、強力粉を使ってパンの生地をこねていた。

 無心になってこねていると、粉物聖女をやっていて良かったと心から感じる。


 最初は仕入れはなるべく廃棄が出ないように長期保存が効くものをメインにしていたけれど、最近は冒険者の人たちが捌いた魔獣肉の残りや顧客に渡せない傷物の収穫物を売ってもらってメニューを決めることも増えた。


 元々修道院の聖女としてバザー運営に携わっていたり、炊き出し活動を行ったりしていた経験にも助けられていた。


「野草の収穫と畑の世話、やってきたでござるよ」

「ありがとう! お疲れ様」


 朝露でちょっとしっとりしたシノビドスが、軽い足取りでキッチンに入ってきた。


「わあ、野草たくさんだねえ」


 シノビドスが両手に抱えて持ってきてくれた野草を見て、私は嬉しくなる。魔物の森にはハーブや薬草がたくさん自生しているので、ふんだんに使えるのが嬉しい。シノビドスは魔物の森のどこに何が生えているのか熟知しているからすごい。


「今日はスープとパンでござるか?」

「シンプルにね。今日は野草がいっぱいあるし、根菜もたくさん在庫があるから、小麦粉をうすーく混ぜてとろとろにした、ほっこり野菜スープでも作っちゃおうかな」

「おっ、名案でござるな」

「獣ミノタ牛のお肉をほろほろになるまで煮込んだスープと、魚のお出汁のお味噌汁と、ホワイトソースのもいいね。パンは普通のパンと、ローズマリーパンの二種類にしよっと」


 シノビドスは微笑みを浮かべていそうな声で話を聞いてくれている。

 実はスープ料理は私の得意分野だ。

 修道院時代の炊き出しはいかに少ない食材で美味しくお腹いっぱいにするかの勝負だったし、宗教で肉を食べられない期間は野菜スープを毎日信者の方々に振る舞っていた。

 あの青い空の美しい教会が懐かしい。いつかまた行きたいなあ。


 頭の中にふっと、シノビドスと魔王様と一緒に旅行するイメージが浮かぶ。

 ふふ。3人で黒竜さんの背中に乗れるのかな。せっかくだから黒竜さんも人間の姿で、みんなで列車に乗りたいな。


 ーーなんて考えている、その時。

 店のチャイムがカラカラと鳴る。まだ営業前のはずなのに。


「店主はいる?」


 少しくぐもった、鈴のような女性の声だ。


「すみません。まだ仕込み中で、」


 エプロンで手を拭きながら玄関まで向かうと、そこには意外な人物がいた。


「……ララさん?」

「久しぶり」


 いつもの露出が多い黒い魔女のドレスの上にコートを羽織っているララさんは、一瞬別人に見えるほど雰囲気が違ってみえた。勝気な顔は、記憶の中の彼女よりずっと血色が悪い。目の下の隈もくっきり浮いている。


「あんたと少し話したくて来たの。時間ある?」

「あ、ええと……あるかといえば、ないですけど」


 やることは山ほどある。しかし神妙な顔をして突然来訪したララさんも放って置けない。

 ララさんはキュッと唇を噛み締めた。


「突然きたらそりゃそうよね。出直すわ」

「あ、いや、ええと」


 おろおろとしていると、シノビドスがこちらにやってきた。


「ヒイロ殿。スープ鍋の火の番とパンの仕込みは拙者にお任せくだされ。ヒイロ殿に教えてもらっていたので、ちょっとした手伝いはできるでござるよ」

「ありがとう」



 私はララさんを二階の客間へと案内し、二人分のお茶を用意した。

 ローズマリーの香りをつけた紅茶が、部屋の中の匂いを塗り替えていく。


「あんたらしい部屋ね」


 コートを脱いで椅子に座ったララさんが、あたりを見回して呟く。

 私はティーセットと一緒に、正面の椅子に腰を下ろした。


「何かあったんですか、ララさん」

「ヒイロ。この間シノビドスに昼食を渡してたでしょ?」

「良かった、受け取ってもらえてたんですね!」

「美味しかった。すごく。……あんたの料理、やっぱりあたし好きだわ」


 先日、シノビドスがカスダルパーティと合流すると聞いたので、彼のお弁当と一緒にララさん用のランチも渡しておいたのだ。帰宅したシノビドスに受け取ってもらえたとは聞いていたけれど、直接おいしかったと言われると、とても嬉しい。


「よかった〜〜! ポイントは魚に少し濃いめに味をつけることで、他の野菜と一緒に噛むといい感じの味になるかなってところだったんです。少し詰めすぎたかなって心配だったんですけど、ララさん、トマト好きだから絶対入れようと思って、」


 喜んでいる私の前で、ララさんは苦しそうに眉間に皺を寄せていた。


「ヒイロ。あのね」


 たっぷりと時間をかけて、ララさんは絞り出すように切り出した。


「……あたし、あなたに謝りたくて」


 そしてララさんは、テーブルにつきそうなほど、深く頭を下げた。


「え、ええ!?」

「ごめんなさい。ヒイロ。あたしはいっぱいあんたに失礼だった」

「ララさん、」

「ヒイロがずっと、味や栄養を考えて、聖女異能を削って作ってくれる小麦粉料理に文句言って。……本当は、私が寝る前にお菓子つまんだり、葡萄酒飲んだりしてたのが太った原因なのに。許して欲しいなんて言えないのは分かってる。けれど一言、どうしても謝りたくて」

「ラ、ララさん、私怒ってないです。頭あげてください」


 ララさんはゆっくりと頭をあげ、泣きそうな顔で視線を落とす。


「怒って当然なことをしたのよ、あたしは。怒りなさいよ。最後なんて、八つ当たりしながら追放させたようなものなのに」

「怒ってないですよ。ほんとですって。……ええと、」


 ヒイロはたっぷり頭の中で言葉を選んだ。


「私、本当にララさんのこと怒ってません。追放の時のことも、カスダルが手を挙げる隙を作らないように、あえてヒステリックに振る舞ってたんですよね?」

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