第23・24話 魔女と忍びのランチタイム
「え〜い!」
「そうだ! それでいいぜ!」
「きゃっきゃっカスダル様〜!!!」
魔王城ではなく、その周囲に広がる森。その中でも特に安全な、馬車停留所に程近い場所でカスダルとヴィヴィアンヌはウサギ型の魔獣相手に聖女異能発動の練習をしていた。
ウサギ型魔獣を結界に閉じ込めるだけの、いたって簡単な発動練習だ。
あまりに魔王城攻略が上手くいかないので、ついにヴィヴィアンヌを一から鍛えることをララが提案したのだ。
「珍しくいい事言うじゃねえか、ララ」
そんな風にカスダルが乗り気だから多少は期待したのだがーー結果として、カスダルとヴィヴィアンヌは遊びのような練習をしては休憩と称していちゃつき始め、そしてまた数分だけ練習をして。それの繰り返しだ。
ララが稽古をつけようと言っても、
「お前みたいなガサツな女に任せてたまるか」
で一蹴されたので困ったものである。
ララとシノビドスは二人で切り株に座ってぼんやりと二人の様子を眺めていた。手を出すな、と言われているのだから仕方ない。
「虚無ね」
「虚無でござるなあ」
蝶を目で追うくらいしか、楽しみがない。
太陽は天頂まで高く登り、近くで狩りをしていた冒険者たちが元気にニコニコお弁当を広げ 始めた。
ふわり。美味しそうな匂いが、ララの鼻腔を嫌でも刺激する。
「今日もめちゃくちゃ美味いな!パンにグラタンが詰まったコロッケが挟んであるぞ!」
「こっちは合挽肉のハンバーグだ! 下に敷いてあるパスタは意味がわからないけど、こっちも甘くて美味しいぞ!」
「聖女さんが言ってたぜ、そのパスタはハンバーグからでた余分な湿気を吸い取るために敷いてるんだってな! それがあるから冷めても美味しいし、肉汁が無駄にならないんだってよ!」
「そうか!聖女さんすげーな!」
「うめーな!!」
ぎゅうううううう。
「ララ殿、お腹すいたでござるか」
「へ、平気よ! ダイエット中なんだからほっといて!」
「ララ殿は別に太ってないと思うんでござるけどなあ。では拙者、遠慮なくお昼をいただくでござる」
シノビドスが緑地に変なグルグルがいっぱい描いてあるスカーフを開き、その中からお弁当を取り出す。
中を見た瞬間、ララは悲鳴を飲み込んだ。
「……なにその、すごいお弁当」
「ヒイロ殿が作ったお弁当でござるよ。今朝持たせてくれたでござる」
「ヒイロが!? なんでそんなもの、あんたが」
「停留所のそばで彼女、食堂を開いてるんでござるよ。そこで受け取ったでござる」
「……やっぱりあの食堂、ヒイロのお店だったのね」
「魔王の森側で食堂を開くような胆力ある聖女は、あのヒイロ殿くらいしかいないでござるよ」
「怖いもの知らずね、あの子」
ララは呟きながら、シノビドスの弁当に目を向ける。
カリカリに焼いたパンの間に、ぎゅっと潰されたハンバーグ。肉汁とソースが絡み合った絶品の旨味がパンの内側に染み込み、みずみずしい葉物野菜は見るだけで歯応えを想像するほど目に眩しい。ふわっと香る香ばしい匂いは冷えたサンドとは思えないほど強烈で、同じ包みの中に添えられたポテトサラダの上に乗せられた、カリカリのベーコンと目玉焼きも美味しそうで。
「食べるでござるか?」
「い!! いいわよ!!! 人の物を取るほどいやしくないわよ!!」
口の中に溢れる涎を飲み込み、ララはそっぽを向く。
「本当によろしいでござるか?」
「くどいわね!!」
「じゃあ、遠慮なく」
がぶっ。シャリ、シャリ、シャリ……がぶ、もぐもぐ……
ぐううううううう。
「ララ殿」
「だ、だからいいってば……てか食べかけでしょ !」
「や、これではなく」
シノビドスはおもむろに、彼のお弁当包みよりも一回りほど小さい紙袋を取り出し、ララ に渡してきた。
「ヒイロ殿から預かっていたのでござる。ララ殿がお弁当に興味を示してくれたなら、そっと渡してくれるようにと」
「え、」
恐々と中を覗けば、中には紙のように薄焼きにした生地で、クルクルと野菜と魚のフライ を挟んだものが入っていた。
「……サラダクレープ……みたいなもの?」
「ハーブソルトだけで味付けしたらしいから、ララ殿でもダイエットを気にせず食べられるかもしれない、とのことで」
「し、仕方ないわね。私のためってあの子が言うのなら……」
ララは紙袋からサラダクレープを取り出し、そっと口にする。
しゃり。
歯応えの違う生野菜の食感。それにパリパリの白身魚がそれだけで良いアクセントになって、薄味でも食べ応えが満点だった。
「……美味しい……」
「左様でござるか! いやはや、よかったでござるよ」
気がつけばララは、話す余裕がないくらい夢中になってサラダクレープに齧り付いていた。シノビドスも隣でお弁当を平らげる。
天気の良い森の中、美味しいランチをお腹いっぱい食べるのは至福だった。
完食して我に返ったララは、顔が熱くなるのを感じながらシノビドスへと目を向けた。
「美味しかった。……ヒイロにありがとうって言っといて」
するとシノビドスは諭すような声のトーンでこう言ったのだ。
「それはララ殿が言うべきでござろう」
「ッ……!」
ずきりと胸が痛む。
ふざけた仮面で至極真っ当なことを言われると異常に屈辱的だ。けれど、彼の言っていることは正論だし、礼儀として正しいことだ。
「あの子に、合わせる顔なんてないわよ」
「大丈夫でござるよ。ヒイロ殿はきっと、ララ殿がなぜ追放に賛成したのかも、きっと理解してるでござる」
「シノビドス……」
弾かれるようにシノビドスの顔を見れば、なにを考えているのかわからない仮面の顔がララを見つめていた。不気味なお面は無表情だ。けれど彼が、悔しいくらい温かな眼差しでララを見ているのがわかってしまう。
(もしかしてシノビドスは、私があの子に謝るきっかけを作るために……?)
何から何まで、シノビドスの方が上手で大人だ。悔しいけれど。
「あんた、結構いい男よね?」
「そうでもないでござるよ? 拙者はヒイロ殿を幸せにしたいだけでござる」
「……あんた、そこまで好きだったの」
「………………まあ…………その…………」
もじもじ。
先ほどまでのかっこよさはどこへやら、シノビドスは土にぐるぐるを描き始めた。
「そ、それは好きでござるよ…………拙者……初恋ゆえ……」
「はつこい」
この男は平然とこんなことを言うのだから、こちらの方が照れてしまう。
そしてこんなに率直な愛情で愛されているヒイロを、ララは内心羨ましく思った。どんなに周りからちやほや綺麗だって言われたって、こんなにまっすぐに一人から大切に思われることより贅沢なことなんてないと思う。
ーーけれどヒイロは、それだけの情を向けられるに足りる子なのだから。
「でもララ殿も、素敵でござる」
「どうも」
「……拙者としては、ララ殿は危うくて心配になるでござるよ」
「え?」
意外な言葉が帰ってきて、ララはマスカラを伸ばした瞳をぱちぱちと瞬かせる。
「どういうことよ」
「ララ殿は自分の魅力を信じて、自分を大事にしてほしいでござる。……拙者はヒイロ殿一筋でござるが、ララ殿も大切な仲間。ララ殿にもどうか、幸せになってほしいと願っているでござるよ」
「……そんなこと、言われたの初めて」
ララは堪らなくなり、赤くなった顔を隠すように顔を背ける。
下心を持ってララに優しい言葉を言う人はいくらでもいる。生意気な女だと喧嘩を売られたことだってたくさんある。実家でだって、ただの道具としてしか見てもらえなかった。
だからなんだか、自分を大事にしろと言われると、胸の奥がじんと温かくなるのだ。
「て、てゆーかさ。あんた」
ララは恥ずかしさを誤魔化すように、髪をかきあげて話題を変える。
「さっきの熱烈な告白、ヒイロに直接言ったことあるの?」
「そんな〜〜拙者の思いなんて言えるわけないでござるよ〜〜」
大人っぽく励ましてくれた態度から一転。シノビドスは指と指をもじもじとさせながら声を裏返す。
ララは呆れながら肩をすくめた。
「そんなに好きなら早く言いなさいよ。またカスダルみたいなダメなカスにあの子が取られちゃう前に」
ーー
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