第21・22話 虚構舞踏会

「ほら見て、カスダル様よ」

「最近は社交の場に顔を出されることが増えたのではなくて?」

「来季の近衛騎士団就任が内定しているらしいし、今は魔王城討伐よりも新しい婚約者探しの方が大切なんじゃないの?」

「そうね。前のパッとしない婚約者もいなくなったことだし」


 華やかなシャンデリア。きらきらと輝く皮張りの高級ソファ。

 ホール中に散りばめられたガラス細工や宝石が輝き、オーケストラが光の海で流行りの音色を響かせる。

 結婚前の紳士淑女、皆が壮麗な衣装を身に纏い、今夜も宴が開かれていた。


 カスダルが歩くたびに、イブニングドレスを纏った女たちの輝く眼差しが一心に集まる。銀髪碧眼の貴公子は、持てるものの施しとばかりに、女たちの視線へと流し目で応える。貴婦人たちはそれぞれ、扇子の影で熱い吐息を漏らした。


「……大人気ね、カスダル」


 カスダルの隣で呆れた声で呟くのはララ。


「当然だ。もう俺は婚約者もいないフリーだからな」


 色の淡い高級なタキシードを纏ったカスダルは鼻で笑う。この男のカスっぷりを知っていれば、みんなデレデレ熱視線を寄越すわけないのに、とララは悪態をつきたい気分だった。けれどカスダルパーティの魔女の肩書きのお陰で、こうして王都の舞踏会に参加できるのだから 、文句は言えないのだけれど。


「んじゃ、俺はよろしくやってくるから、お前は適当に楽しんどけよ」

「問題起こさないでよ? ヒイロがいなくなったからって」

「わーってるよ、うっせえな」


 カスダルは顎で私をあしらうと、外面の笑顔と物腰で令嬢たちの元へと向かう。ララはその無駄に颯爽とした背中を呆れた気持ちで見つめていた。


「ったく、見た目はいいのに」


 容姿と外面の笑顔と身分に目が眩み、3日間くらいは恋愛対象として見ていた頃の自分がもはや黒歴史だ。

 ララは気持ちを切り替え、自分も軽食の置かれたテーブルの方へと向かう。


 自慢の真っ赤な髪には星屑を模したアクセサリーを散らし、豊満な胸元を強調する黒を基調としたドレスを纏い、ララはとにかく着飾っていた。カスダルのおかげで自分も目立つのだから、少しでも周りに気を惹いてもらえるように。

 ララの一挙一動に、チラチラと、貴公子たちの視線が 絡みついてくる。


(どうか私を見初めて。手際良くダンスに誘って婚約して。)


 ララは祈るような気持ちで心の中で呟きつつ、視線を意識しながら給仕に渡されたシャンパングラスを傾けた。

 カスダルは早速、派手な美女とダンスを踊り始めたようだ。

 どうか問題を起こさないで。パーティの名誉に傷つけないで頂戴よ。

 そう願いながらララは、ダンスに誘ってくれる殿方の声かけを待った。


 ーーララは、成金スタヴィチューテ男爵の妾の子だ。しかし父は手を広げすぎた事業でヘマをやらかし、それなりに大きな負債を抱えていた。だから父は強引に、彼より高齢ジジイな貴族の後妻としてララを嫁がせ、金の工面に役立てようとしている。ララとしては冗談じゃなかった。


 だから魔法の腕を磨き、奨学金をもぎ取り、魔女として最高クラスの成績を出し、父の決めた期限ーー19歳の誕生日まではカスダルパーティの魔女として過ごしていていいと、猶予期間をもらっているのだ。

 ーーけれどそれももう、あとたった半年。


 ララとしてはなんとしても、カスダルパーティの魔女しての名誉があるうちに、貴族家の専属魔女としての就職や貴公子との婚約をしてしまいたいのだ。


「スタヴィチューテ男爵令嬢。今宵のお相手はお決まりですか?」


 不意に話しかけられ、ララは咄嗟に恥じらうような笑顔を作った。自分のチャームポイントと自負する口元の黒子が見える角度で、上目遣いにはにかむ。

 自分でも自分が気持ち悪いと思う。でも少しでも可愛い顔をしないと。


「僕はリストク伯爵三男、トーヴァと申します。よろしければ一曲いかがでしょうか」


 話しかけてきたのは王宮近衛騎士の礼装に身を包んだ琥珀色の髪の男性だ。柔らかい物腰だが、瞳には貴族としての矜持と自信に溢れた輝きを湛えている。


「喜んで、トーヴァ様」


 ララは心の中で勝負のゴングが鳴り響くのを聞きながら、笑顔で颯爽とホールへと連れられる。


(どうかトーヴァ様、私をこのまま攫って。一目惚れして、お願い)


 願いながらワルツを踊る。名残惜しそうなポーズをとりながらトーヴァが去っていくと、また再び貴公子がララへと声を駆けてきた。

 忙しい。けれどララにとっては真剣勝負だった。


「……疲れた」


 複数人と踊ったあと、気疲れしたララは一人、月明かりの美しいバルコニーへと向かった。そこで不意に、廊下で人影が動くのが見えた。

 令嬢というには質素すぎる暗色と、見覚えのあるタキシードの色に 、ララはさっと記憶を巡らせる。


(また、あいつは……)


 カスダルがまた、どこかのメイドに手を出している。ララは目にも入れたくないので廊下に背を向けると、手に持ったシャンパンを一息に煽る。

 ララの故郷では飲料水は高価だったので、アルコールにはそれなりに慣れている。

 月を溶かしたような酒を飲み干して、ララは令嬢らしからぬ仕草でバルコニーの手すりにもたれかかった。


「ララさん、お一人?」


 生クリームを絡めたような、甘ったるい声。

 視線を向ければ、白いドレスに身を包んだヴィヴィアンヌがいた。

 彼女は独特のくねくねとした動きでこちらまで近づいてくる。

 ヴィヴィアンヌのドレスは華奢なデコルテラインを強調する総レース。体のラインを強調するデザインは、オートクチュールであることを示している。

 セミオーダーメイドのドレスを更に手縫いで調整して着ているララとは、住む世界が違う。


「ヴィヴィアンヌも一人なの? 踊ってこなくていいの?」

「うーん、ヴィヴィ、あんまり殿方と踊るの興味なくってぇ」

「……そう」


 ヴィヴィアンヌは名家パスウェスト公爵家の令嬢だ。パスウェスト家は何人もの神官を排出した教会と繋がりの深い名門で、毎年多額の献金をして教会維持に貢献している。

 そんな家柄の娘がどうしてカスダル如きのパーティの聖女になったのか、今でもララにはよくわからない。天才と名高いカスダルの婚約者候補にでもなってこいと命じられているのだろうか。


「ララさん、すっごい頑張ってるわね。さっきからダンスずっと見てたわ」


 だからそんな女に、必死の婚活を見られてると思うと苛立って仕方ない。


「あたしのことはどうでもいいのよ。それよりヴィヴィアンヌ、前から思ってたけど、いいところのお嬢様なのに魔王城討伐なんて行かない方がいいんじゃない?」

「ん〜でも〜、頑張ってこいってお祖父様がぁ」

「そう……」


 つまり遊びだ。遊びで聖女やれるっていいわね。

 必死に嫁ぎ先を探さなければならないララは虚しくなる前に、話題を変えた。


「いつになったらカスダル、次の討伐行くのかしら。前はヒイロがせっついてくれてたから、定期的に攻略しに行ってたのに 」

「さあ? ヴィヴィも知りません」

「はー……まいいわ。少しお水もらってくる」


 ララはヴィヴィアンヌを置いて再び軽食が並ぶ会場へと向かう。給仕から水を受け取り呑んでいると、妙にすっきりした顔のカスダルが目について吐きそうになった。


「いい加減にしなさいよ」

「いい具合だったぜ」

「最低。……ところで次に魔王城はいつ行くの? この間無様な撤退して以来、こっちで社交会に入り浸ってばっかりじゃない」

「慌てんなよ。俺はもう魔王の玉座の間に到達し、傷を負わせた男として経歴はそれなりだ。あとはヴィヴィアンヌが戦闘に慣れるまでゆっくりしようや」

「でも、」

「誰に口利いて んだ、ああ?」


 ぎろり。ララを見下ろすカスダルの顔が一瞬にして怒りに染まる。川底の澱んだ藻のような濁色の碧眼に貫かれ、ララは本能的な恐怖で硬直した。


「……ごめんなさい。悪かったわ」

「俺の采配に口答えする気なら、お前を田舎に送り返してやってもいいんだぜ」

「本当にごめん。……言いすぎたわ。許して」


 カスダルはララの態度に満足すると、仮面を被るように一転笑顔になる。


「じゃあ、お前は適当に帰っとけよ」


 剥き出しの肩をするりと撫で、カスダルは次のターゲットへと向かっていく。

 ララはその背中を見つめながら、情けなさで目頭が熱くなった。


「……早く楽になりたい」


 あんな男に泣かされるのが嫌で堪らなく、ララはもう一杯シャンパンを受け取って飲み干した。


(でも……私だって最低なんだから、自業自得ね)


 涙をごまかして、ララは再び壁の花になる。

 夜は、更けていく。

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