第20話 聖女食堂、滑り出し快調!
最初にテイクアウトやチラシで地道に宣伝したこと、穢れた土地の食堂というネガティブなイメージを「聖女食堂」というネーミングと私の肩書きで少しでも払拭したこと、玄関先に身長ほどの三角錐型の破邪を示す盛粉を施したこと。
そんな、冒険者の方々に受け入れてもらうための大小様々な工夫が功を奏して、無事、聖女食堂は満員御礼でスタートした。
私はアイランドキッチン型の
お姉さんたちは元々メイドで働いていた人や飲食店で働いていた人ばかりだったので、初日から気持ちの良い笑顔で明るく食堂を盛り上げてくれた。
ちなみに小麦粉で盛粉をしているのは分かりやすい「魔除けしてます」の飾りで、それ自体に破邪の効果はない。破邪や魔除けの聖女異能は、私が自分で自分の料理を味見して発動した。
私の聖女異能はあくまで口にしないと発現しない。でも見た目に分かりやすくするのは大事だ。
定食はAセットとBセットの二つのみ。
セットの違いは主菜 だけで、トレイを持って自分で運んで片付けてもらうセルフサービス方式だ。
テイクアウト希望の人は、専用のお弁当箱で提供。
お弁当箱も魔物の森の木を加工して作っているので、冒険者の人が森にうっかり捨ててしまっても環境に影響がない作りになっている。加工してくれているのはメイタルト村の工芸上手のおじいさんだ。
空のお弁当箱を持って帰ってきてくれたら帰りにちょっとした軽食をプレゼントしている。
「聖女ちゃん、来たよ〜!」
私に声をかけてくれたのは、以前馬車の相乗りをしてくれた女冒険者の皆さん。一仕事終えてきたらしく、日焼けした肌に一汗流した様子が、清々しくてカッコいい。
「よかった、まだ残ってたね。聖女ちゃんのダンプリング定食好きなんだよね」
今日の定食はパンとスープ、それにダンプリング。
ダンプリングーー小麦粉で練った生地で、肉や野菜やキノコや、その時に仕入れた食材を日替わりで詰め込んだものの総称だ。
冒険者の人によってギョーザとかピロヒーとかピエロギとか、いろんな名前で呼ばれている。
今日はきのこと獣オークベーコンを刻んだものを、野菜と一緒に練り込んで包んで茹でている。A定食はダンプリングにホワイトソースに香草を添えたセットで、B定食はトマトソースで甘酸っぱいセットだ。
「ん、中から熱いスープが出てきた……!」
「これ何もかけなくても美味しいね!」
「溢れたダンプリングの肉汁にパンを浸しても美味しい……」
屈強でムキムキのお姉さんたちが、美味しいものを食べて目を細める姿は見ていてとても嬉しくなる。他のごついマッチョな冒険者の皆さんも、ぺろりと平らげては「ご馳走さん!」と威勢よく皿を置いて去っていく。
「ありがとうございました!!」
心からの笑顔でお礼を言う。
お姉さんたちも完食して、艶々とした顔で皿を下げてくれた。
「ご馳走さん。何か怖い思いをしたら言うんだよ? あたしらが相談に乗ってやるからね」
お姉さんは上腕二頭筋をムン!と隆起させながらウインクしてくれた。
「ありがとうございます!」
「んーしっかし、聖女ちゃんちっちゃいね〜。なんか田舎に残してきた妹みたい」
頭をこねくり回して満足したお姉さんたちは、笑顔で去っていった。
彼女たちが去っていく間にも、また次々とお客さんが入ってくる。うれしい悲鳴だ。
そうこうしている間にあっという間に昼過ぎになった。
私は完売御礼の札をかけて、仕事にきてくれていたお姉さんたちに日給を払ってお別れをした。
「ふう。少しお茶にして、明日の仕込みをやらなくっちゃ」
うんと背伸びをして振り返ると、そこには音もなくシノビドスが立っていた。
「うわっびっくりした」
「今日も大盛況だったようでござるな」
「うん。シノビドスは魔王討伐だったんだよね?」
「ござるござる。しかし今日も、結局四天王まですらも行かなかったでござるよ〜」
「あはは、しょっぱいね〜」
二人で話しながら食堂に入り、私は魔法調理場に火をつける。
「シノビドスの分は残してたんだ。よかったら一緒に食べようよ」
「良いのでござるか」
「一緒に食べた方が美味しいでしょ?」
私の言葉にシノビドスは頭巾の頭をかくと、ひょろ長い体でちょこんとテーブル席に座る。
「最後だから特別のまかないにするね。煮崩れてコトコトの野菜スープに、火を通してカリッとしたパンの耳を刻んで入れて……。ダンプリングは焼いたのと茹でたの、両方出しちゃう!」
私が用意した食事を見て、シノビドスはぱちぱちと拍手する。
「ご馳走ではござらぬか〜 。それではいただきます」
「いただきます」
二人で向かい合って手を合わせ、一緒にご飯を食べる。
湯気の向こうでシノビドスが、仮面を少し持ち上げてハフハフしながら食べてくれてるのが見えた。
「美味しそうに食べてくれて嬉しいな」
「美味しいから当然でござるよ」
「シノビドスと魔王様って、なんか似てるよね」
「ゴフォンゴフォロゴウォンプキゴホゲホゴホ」
「だっ大丈夫!?!?! 水、お水飲んで」
「……うう……死ぬかと思ったでござる」
水をあげて背中をさすってしばらくしてシノビドスはなんとか落ち着いたようだった。
「ごめんね、変な事言っちゃったから」
「いやいや……しかして、何故拙者と魔王が、その、似てると?」
「私はシノビドスも魔王様も好きなんだけど、特に二人のご飯を食べるときの食べ方が好きなんだ。なんだか、食べ物も作った私も、大切にしてる感じがして」
「……魔王は大地と繋がった存在ゆえ、土地への感謝は常に忘れないものでござるよ。もちろん拙者も」
「そうなんだ……」
私はスープを飲みながら、魔王様ってどんな存在なのかなと考える。国民が小さな頃からずっと聞かされる物語では、国を脅かしていた悪くて怖い存在だった。大地と繋がった、土地への感謝を忘れない存在ーーなんだか シノビドスの魔王様観って普通の歴史認識とちょっと違う気がする。
けれど。あの魔王様の優しさを見ていると、私はシノビドスの見方のほうが、物語の中の魔王様よりもずっと腑に落ちるような気がした。
「ねえシノビドス」
「ん?」
「最近結構泊まっていくよね」
「あ……その、それは………」
突然しどろもどろになるシノビドス。
「あの、その、……都合さえつけば、できれば一人暮らしじゃない方がヒイロ殿も危なくないかなとか、考えて泊まら せていただいてるのであって、その、下心とかは」
「何慌ててるの? 私は嬉しいのに」
「え」
ぴたりと動きを止めたシノビドスに、私は微笑んだ。
「シノビドスはもう同じパーティの仲間じゃないから、私のことなんて放っておいてもいいのに……それなのに、いつも帰ってきてくれてありがとう」
「ヒイロ、殿……」
「一緒にご飯食べられて嬉しいよ」
「……それは、こっちの台詞でござるよ……」
シノビドスは言葉を濁すように言いながらお水を煽る。
「ごふ、面を取るのを忘れてたでござる」
「あああ、布巾! 布巾持ってくる!!」
笑いながら、私たちの夜は今日も更けていく。
シノビドスが暇をしているということが、つまりどういうことかーー私は特に考えることもなかった。
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