第19話 堂々としてナンボだろ。

「では、おやすみなさい魔王様」


 黒竜さんの背中に再びよじ登ると、バルコニーを蹴って黒竜さんが夜空に飛び出す。遠くなっていく魔王様は、見えなくなるまでずっと私に手を振ってくれていた。


「なあ、ヒイロちゃん」


 黒竜さんが魔力で、直接頭に話しかけてくる。


「ぶっちゃけ、魔王サマの事、どう思ってるん?」

「どうって……それは、素敵な人だと思ってますよ」

「へえ」


 黒竜さんが少し笑った気配がした。


「じゃあシノビドスって奴は? あいつと魔王様、どっちの方が好きなんだ?」

「えええ。どっちが、好きかって言われても……」


 私は突然の質問に、言葉をどう返せばいいのか分からない。


「シノビドスも魔王様も、どっちも大好きで、尊敬している男の人ですよ」

「んじゃあ、魔王様とシノビドスに『俺の女になれ』って言われたらどっち選ぶの?」

「え、」

「ほらほら、どーすんだよ〜」


 私は押し黙る。ばさばさと、翼の音が急に大きく聞こえてくるような心地がした。

 これまで全く、一度も考えたこともなかった問いかけに、私はただただ困惑した。


「二人とも、そういう目で私を見るわけないじゃないですか。私ですよ、私」

「そう?かーいいじゃん、ヒイロちゃん」


 私は空を見上げた。星がまたたく漆黒の空は、魔王様の髪の毛のように綺麗で、シノビドスの黒装束のように深くミステリアスな色をしている。


「お二人には勿体無いですよ。私なんて」

「そうかぁ?」

「地味でダサくて可愛げがないってずっと言われてきましたし。それに私、カスダルに酷い目に合わされて捨てられた様な聖女だし」


 不意に。

 お腹がじくりと痛む気がして、私は庇うように手で触れた。

 嫌な記憶を吹き飛ばすように明るい声を作る。


「だからもし異性として好意を告白されちゃったら、私なんてダメですってお断りしちゃうかも」

「ええー」

「そもそも、二人とも私のことそんな目で見てないですって! あはは」


 ぺちぺち。

 軽く叩く私に、黒竜さんはいつものように雑な返事を返してくれない。


 そのまま食堂の2階ーー私の自室まで黒竜さんは送り届けてくれた。

 黒竜さんは去る前にチラリと、私を竜の双眸で見下ろして口を開く。


「なあ」


 パクリとひと飲みにされてしまいそうなくらい大きな口。

 そこから聞こえるのは、私を案じる優しい声だ。


「ヒイロちゃんの事、地味だの可愛げねえだの言ったのはあのカスだろ?」


 思いのほか真面目な声音で問いかけられ、私はどきりとしながら頷く。


「……あ、はい……」

「ったく。いいか?カスはカスでしかねえ。カスが抜かしたこと真に受けて、カスに囚われてどーすんだ」


 黒龍さんは擦りつくように、私に鼻先を寄せてくる。


「ほら、撫でていいぜ」

「え、……ではお言葉に甘えて」


 魔王様がやっていたように恐々撫でてみると、気持ちよさそうに金色の目を細めた。


「俺が撫でるのを許すのは、魔王様とヒイロちゃんだけだ。ヒイロちゃんがつまんねえ奴なら、俺だって魔王様との仲取り持ったりしねえよ」

「黒竜さん……」

「堂々としてなんぼだろ、『大地に愛されし聖女』なんだからよ」


 そういうと、黒竜さんは首をもたげて巨体を立ち上げた。ばさり。翼が広がる。


「じゃあな。しっかり寝て、元気な顔をまた魔王様に見せてやってくれ」


 黒竜さんは大きな翼を翻し、満月に向かって飛び立っていく。

 その大きな体躯を見送りながら、私は胸が温かくなるのを感じた。


「……そうだね。新しい人生を切り開くって決めたんだもの。」


 魔王様、シノビドス、黒竜さん。それに村の皆さんに、応援してくださる冒険者の方々。

 色んな人が私の再出発を応援してくれてるんだから、私も前向きにならなくちゃ。

 ーー魔王様やシノビドスが、私を女の子として見てくれてるかどうかは、まあ置いといて。

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