第18話 真夜中の逢瀬

「連れてきたぜ〜」


 黒竜さんを見上げ、魔王様は呆れた風に溜息をつく。


「……勝手に飛び出して……お前は……」


 魔王様は寝巻きなんてものじゃなく、いつもの真っ黒な服を纏っている。


「ひゃああ」


 私は悲鳴をあげて人間になった黒竜さんの背中に隠れた。


「ま、待ってください。黒竜さん、魔王様も寝巻き着てるって言ってたじゃないですか!」

「わかんねえけど、そんなんだろ。なあ魔王サマ?」

「……ヒイロ殿、すまない。黒竜には人間の服装の違いがよくわかっていないのだ」


 バルコニーに降り立った私に、魔王様は着ていたマントをふわりとかけてくれる。ちょうど夜風で冷えていた体が魔王様の体温で暖かい。


「こんな格好で失礼します」

「店は順調か」


 夜の闇より深い色をした黒髪を靡かせ、魔王様は金目を細めて私を見た。彼が手に持っているのは、シノビドスに託したチラシと手紙だった。


「もう受け取ってくださったんですね」

「ああ」


 シノビドスってば仕事早いなあ。

 魔王様は顔を顰め、黒竜さんをじとりと見やる。


「夜に呼び出すつもりはなかったのだ。しかしこいつが飛び出して」

「だって魔王サマ、チラシ何度も眺めて嬉しそうにしてたじゃん」

「……」


 黒竜さんは全く悪びれない様子だった。けれどお礼を言えるチャンスはありがたい。私は居住まいを正し、魔王様に深く頭を下げてお礼をいった。


「素敵なお店を作ってくださってありがとうございました」

「私が勝手にしたことだ。使い勝手はどうだ?」

「最高です! お店のキッチンはもちろん、二階の住居まで、私の好みそのままで。魔王様もこういうお家が好きだったんですか?」

「ヒイロ殿に似合う家を考えて作ってみた。……庭はほしいだろうとか、魔法調理場マジックキッチンは広くて作業テーブルは大きい方がいいだろう、とか。喜んでくれたなら、よかった」


 魔王様が満足げな眼差しで見つめてくる。その視線が気恥ずかしくなって、私はもじもじと天輪をいじった。


「もっとちゃんとした格好でお会いしたかったんですけど。恥ずかしいな」

「気にせずとも可愛い。ちまきのようにリボンを絡めたおさげ髪も、今のように麺のようにおろしている髪も似合っている」

「チマキ……?」


 ごほん。と魔王様が咳払いをする。


「失礼、忘れてくれ。ヒイロ殿を見ているとつい食べ物の事ばかりが頭に浮かんで……」

「ふふ。次のお誘いの時はお夜食持ってきますね」

「何か困りごとがあれば、あのシノビドスという者に言うが良い」


 魔王様の口から彼の名前が出るのは初めてだ。


「シノビドスと仲良くなったんですか?」

「あ、ああ……」

「嬉しいです! 魔王城討伐の時も、シノビドスの事よろしくお願いします。あの人、すっごくいい人なんです」

「そ、そうか」


 私は素直に喜んだ。お兄さんのようなシノビドスと魔王様。自分が好きな人同士が仲良しなのは嬉しい。


「な、仲良しって、ヒイロちゃん、あははは」

「黒竜」


 隣で黒竜さんが笑い転げている。魔王様はじっとりと睨んだのち、私に貸したマントを更に丁寧に整え、紐を結んで固定した。


「夜も更けているから早く帰りなさい。仕込みが早いだろう」

「あ、でもマントは」

「またの機会で構わない。窓から黒竜を呼べばいつでも迎えに行かせるし、私も、折を見て店に伺おう。……また会ってくれ」

「はい」


 黒竜さんがふわっと風と共に竜の姿に戻る。その背中に乗ろうとした時、私は魔法小物入れに入れているものを思い出した。


「魔王様」

「ん」

「……今、ちょっとお夜食が口に入る感じの気分だったり、します?」


 私の問いかけに、魔王様が片眉をあげる。


「何かあるのか」

「あるんですよ〜実は。思い出しました」


 私は一旦黒竜さんから降りて、魔法小物入れ《マジックサコッシュ》から保存用の器を取り出した。

 よく冷えている。


「冷蔵庫と魔法小物入れが連結してること忘れてました。これ、よかったらどうぞ」


 ケースをぱか、と開くと、ぷっくりとした焼き菓子が等間隔に四つ収められている。


「まさか魔王様に食べていただくなんて思ってなかったので、ちょっと不恰好で申し訳ないんですが。今夜作ってた試作品のお菓子です」

「これは……貝殻の形をしているのか?」

「ええ、マドレーヌです」


 私が追放された日、カスダルの実家に手土産で持っていったお菓子ーーマドレーヌ。あれが美味しかったので、私も私なりの美味しいマドレーヌが作れないか色々と試していたのだ。


「マドレーヌ自体は海辺の修道院にいた頃に何度か作っていたんです。子ども達に貝殻を取ってきてもらって、その貝殻を消毒して、一緒に中にタネを入れて焼き菓子を作って……その時はお砂糖も少なめで、どちらかというとパンケーキって感じの味だったんです。でも王都で買ったマドレーヌは、丸っこくふわっと膨らんでいて、甘さもたっぷりで美味しくて。だから私のマドレーヌももっとおいしく改良できないかなって」


 甘さの秘密は砂糖の量だけでなく、蜂蜜が隠し味で入っているのだと気づいた。あとはレモンピールや、ブランデー。

 そこで私は修道院時代の経験も元に、王都のティータイム用の小ぶりなお菓子ではなく『冒険者の人たちが疲れた時につまんでホッとするお菓子』っぽい大きめで食べ応えのあるサイズでアレンジができないか、試行錯誤していたのだ。


「もしよろしければお味見していただけませんか? 次に会った時に感想聞かせてください」

「ありがとう。大事にいただくことにしよう」

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