コナモノ聖女細腕繁盛記

第17話 聖女食堂、はじめはテイクアウトメニューから。

 そんなわけで私は、早速お店のオープン準備を進めた。

 看板には「聖女食堂」の大きい文字。描いてくれたのはシノビドスだ。


「聖女が営んでいるということがはっきり分かった方が、お客さんも土地の穢れを気にせずに入りやすいと思うのでござるよ」

「ちょっと恥ずかしいけど、シノビドスの意見に賛成! 聖女食堂でいくわ!」


 食堂は二階建ての赤い煉瓦造り。正面はハーブガーデンに開けたテラス席になっていて、庭の脇に作られた小道(ポーチ) を抜けた先に玄関がある。

 一階は一部屋丸ごと食堂になっていて、奥にはアイランドキッチン。キッチンの奥の勝手口扉(ステーブルドア)の向こうには裏庭があって、そこはちょっとした菜園になっている。まだ作りたてだから苗を植えたばかりだけど、これからちょっとした食材はここで取れるようにしたい。


 そして、キッチン脇の階段から上がれる2階は私の部屋。

 来客用の部屋にお風呂に私のベッドルーム。あとはまだ空だ。

 花柄の明るいカーテンや庭の木々も、私がずっと思い描いていた理想のお家そのままで。


「まるで私の願望を知ってたみたいなお家を作ってくれたなあ、魔王様……」


 もしかして魔王様も、こういうお家が好きなのかもしれない。

 趣味が合うなあ。

 そしてシノビドスはカスダルパーティが暇しているから、ということで何かと私を手伝いに来てくれていた。結界を張っているとはいえ、私が一人暮らしで暮らすのは心配だからと来客用の客間で寝泊まりしてくれた。

 私はよくわからないけれど、忍者の技で防犯対策もバッチリしてくれているらしい。ありがたい。


「できる限り拙者が手伝えるときは手伝うでござるよ。女の子一人だと思われると何かと物騒かもしれないですからな」

「何から何までありがとう、シノビドス」


 ちなみに、停留所では元々休憩所が営まれていた。メイタルト村に住むマスターが経営しているお店で、そこにもご挨拶と話はしっかり通している。


「聖女ちゃんが食堂を営んでくれるなら、うちも他の業務や酒に集中できるから助かるよ。一緒に頑張っていこうな」


 先日私が振舞ったうどんでご家族の病気が治ったこともあり、マスターは食堂を快く受け入れてくれた。お酒と煙草を楽しむ男の社交場、といった感じの休憩所とはいい感じにお互い顧客層の差別化や連携ができそうだ。

 お客さんの対象は疲れた冒険者の皆さん。

『仕事中に元気が出るお弁当がほしい』

『疲れてお腹が空いてるからちょっと腹ごしらえして王都に帰りたい』

 そんな人たちがターゲットだ。


 最初はテイクアウトやお弁当のメニューからスタートした食堂だが、オープンして二週間が経過した頃には、冒険者さん達と信頼関係を築いたマスターの紹介もあり、提供するメニューは毎日しっかり完売するようになっていた。


ーーー


 聖女の朝は早い。

 王都から朝一番の乗合馬車が到着するので、今日もそれに合わせて日替わり惣菜パンを作る。

 商品を店のテラスに出すと、さっそく、冒険者の皆さんが覗きに来てくれた。


「聖女ちゃん、今朝のメニューは何?」

「はい! 今朝は三種類で、卵と獣オークのベーコンを挟んだベーコンエッグサンドイッチ、パンの中にグラタンを入れたパン、それに何も挟んでいないプレーンなパンです」

「おっ、グラタンパンいいねえ。こないだ食べて美味かったよ」

「ありがとうございます!」

「聖女ちゃん、今日もいい匂いしてるなあ」

「いらっしゃいませ!」


 王都で食材を仕入れて料理をするには、まだ客足やニーズが読めず不安定な状況だ。だから自分の小麦粉をメインで使ったメニューが主だ。ここでパンと一緒にいろんなお惣菜を少しずつ食べてもらって、反応を見つつ、私の料理の味に興味を持ってもらう作戦だった。


「聖女ちゃん、パン3つ!」

「はい! あ、ベーコンエッグサンドイッチ、あと2つで完売です!」

「グラタンパン1つ!」

「はい! シノビドス、奥の在庫お願い!」

「合点承知の助でござるよ〜」


 馬車が到着してあっという間に売り切れていく。

 パンの包み紙をチラシにしているので、パンそのものも宣伝になる。


「ふう、今朝も無事完売したね」


 手伝ってくれていたシノビドスに笑顔を向けると、彼も仮面の中で微笑んでくれた気がした。


「カスダルパーティの元聖女だから、追放初日みたいに虐められると思ったんだけど。案外うまくいくものね」

「それはヒイロ殿の人徳でござるよ。ヒイロ殿が彼に虐められていた事は薄々、みんな気づいていたんでござろう」

「むしろ『捨てられたから商売を始めたんだね、応援しているよ』なんて言ってくれる人もいるし、ありがたい事だわ」


 パーティ追放直後に襲われていたから不安だったのだけど、心配は今の所杞憂で済んでいる。

 そろそろ来週からは食堂での提供も開始する予定だ。腕がなる。


「では拙者はこれで。また明日来るでござるよ」

「泊まり込みで手伝ってくれてありがとう。ごめんね、忙しいのに」

「いやいや、拙者もヒイロ殿を一人で寝起きさせるのは気がかりゆえ。拙者の自己満足でござるよ」


 では。と言って颯爽と去っていこうとするシノビドス。消える前に私は慌てて引き留めた。


「あ、まって! 渡したいものがあるの」

「む?」


 私はシノビドスを呼び止めて、奥から紙袋に入れた包みを渡す。


「これはいつものお礼のパンよ。試作品だから、感想もらえると嬉しいな」

「宿から朝食までいただいて、恐縮でござるな」

「あと、もしよかったらお願いしたいことがあるんだけど……」


 私は彼に、食堂開店のお知らせチラシと手紙を一通渡した。


「もし魔王様に会えたら渡してほしいんだ。こんな綺麗な魔法調理場つきの家をいただけたお礼、まだできてなかったから」

「しかと、伝えておくでござるよ」


 シノビドスは柔らかい声で頷き、チラシと手紙を懐にしまう。そして消えるように去っていった。


-ーー


 -ーそして、夜。

 パジャマを来てベッドに座り、天輪を磨いていた私の部屋の窓にいきなり、黒竜さんがやってきた。


「きたぜー!!!!!」


 金メッシュが入ったツンツンの黒髪を靡かせ、黒竜さんは当然のように窓から覗き込む。今日は全裸ではなく、筋肉質な体躯を黒光りするレザーパンツとレザージャケットを纏っている。彼は、夜でも大変ギラギラしていた。


「な!? な、ななな?!?!?!?!?!?!」

「魔王サマが会いたいってよ。俺の背中に乗れよ」

「このままですか!? ちょ、ちょっと着替えます」

「いーっていーって。あいつも寝巻きみてーなもんだし」

「そうなの?」

「そんなもんだって、だから気にすんな、乗れ乗れ」

「は、はい……」


 流されるままに黒竜さんの背中に背負われると、黒竜さんは本来の姿に変化して夜空を駆けた。

 真っ暗な森が眼下に広がる。空が満月で眩く、星が溢れそうに輝いている。

 連れて行かれた先は、魔王城のバルコニー。すでに魔王様が一人佇んで私を見上げていた。



 ーー寝巻きじゃない。

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