第16話 ララの不安と諦観、そして。
彼が当然のように語った内容は、教会内の秘匿情報として厳重に管理されているトップシークレットだ。聖女管理は全て教会内部で行われ、王宮も議会も一部の関係者にしか知らされない事実だーーどんな能力のどんな聖女が国にどれほどいるのかは、国の根幹を揺るがす情報になりかねないのは、ただの小娘のララでもわかる。
「それは秘密でござるよ」
シノビドスは柔らかい、どこか煙にまくような声音で呟き、そっと唇に指を添えて笑う(仮面の中だから、本当に笑ったのかはわからないけれど)。
「おっ、それはそうと、もう時間のようでござるなあ」
「え、ええええ!? 嘘でしょ!?」
淡く光り輝きはじめた体に気付き、ララは叫ぶ。
魔王城の挑戦には時間制限がある。スタート地点の広間をはじめ、全ての試練は一定期間内に攻略しなければ時間切れとして城を追い出されるのだ。
「嘘、広間ごときで終了って、初めて、」
転移は一瞬だった。気がつけば4人は城の外、魔物の森の停留所まで戻っていた。
まだ地面に転がっているカスダルの手の甲が輝く。
そこには魔紋で今日の日付と通算挑戦回数、そして『問題外』の文字が記されていた。
カスダルパーティに取って、最悪の記録だった。
「いたた、やっと歩けるようになった」
ララが青ざめていると、カスダルがようやく立ち上がることができるようになっていた。シノビドスの肩を借りながらカスダルはよろよろと歩く。
「ヴィヴィアンヌが慣れてないうちはしょうがねえ、戻るか」
「もう諦めるの!? まだあと一回くらいは」
ヒイロを追放して以来、カスダルは四天王にすらたどり着いていない。
こんなことはララが加入して初めて のことだ。
「うっせえ。今夜は俺の自伝の取材記者とアポがあるんだよ。さっさと帰るぞ」
ララを見て舌打ちをするカスダル。さらに言おうとしたララを遮るようにヴィヴィアンヌが飛び出し、胸を強調した動きをしてカスダルに腕を絡めた。
「カスダル様〜私がんばります〜♡」
「おう。今夜はたっぷり修行しようぜ♡」
それだけで露骨にスケベの目になるのだから、本当にわかりやすい男だ。
ララは3人についていきながら、釈然としないモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
(確かにカスダルの功績としては、魔王に傷をつけたってすごい功績があるから、本気にならなくていいけど。……でも、あまりにちょっと、気が抜けすぎじゃない?)
ララはカスダルパーティに雇われてn度目の、辞めたい衝動を押し込んでいた。
ドスケベのカスボンボン子息。色ボケを冗長する能無し聖女。よくわかんない不気味な忍者。転職動機としては役満だ。
ーーしかしそれでも、ララには離れられない理由があった。
(私はこのパーティを抜けたら、成金ジジイとの結婚が待ってる。……猶予期間のうちに、自分の人生を切り開かないと……)
ララの真っ赤な髪が突風に暴れる。
髪を抑えていると、不意に飛んできたチラシが手元に当たった。
「何これ……食堂オープンのお知らせ?」
そこには手書きの可愛らしい文字で、この馬車停留所に食堂がオープンするという旨が書かれていた。どうやらテイクアウトやお弁当、日替わり定食を提供するお店らしい。
「魔王の森の近くで、酔狂な人もいるものね」
魔王城の近くの土地は穢れていると言われている。みんな迷信とは分かっていても、汚いと言われたら何となく近づきたくないものだ。
そんな場所でよりによって、飲食店を開くなんて。しかもあまり治安 が良くないのに。
(治安が良くない、穢れた場所でも平気で店を開ける「女の子」……?)
ララは一瞬、あの小柄で愛想の良い素朴な村娘ーーもとい聖女を思い出した。
(もしかして、……ううん、まさかね)
嫌な予感を振り払う。あの聖女は冷たく追い返したのだから、もうこんな場所にはいないはず。
ララはいつも、あの笑顔と人の良すぎる姿を見てイライラしていた。
聖女なんて向かない性格してたくせに、誰よりも強い異能をもつ聖女。
(ヴィヴィアンヌといい、聖女ってどっか変な子が多いのかしら)
「おい、ララ! 置いていくぞ!!」
「すぐにいく!」
カスダルの怒声に応え、ララはマジックハイヒールで駆ける。
どっと疲れを感じると共に、空腹を感じた。
(あの子のご飯、美味しかったなあ)
けれどもう、追い出してしまったのだから。
またあの笑顔と手料理が恋しいなんて、間違っても思っちゃいけない。
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