第15話 その頃、カスダルは。

 魔王城は魔獣が住まう深い森の奥に聳え立つ城だ。

 城門を潜ってハシゴ橋を渡った先には扉。その扉を開くには高度な解除術式の構築技能が必要だ。


「早く開けろ、シノビドス」

「はいはいっと」


 シノビドスが扉の前に立って数秒、あっという間に扉が重たい音を立てて開く。その瞬間、突風のように光がさっと駆け抜ける。

 解除したと同時、この魔王城は一定時間、解除した人員が所属するパーティ一隊だけが挑戦することができるのだ。


「なんというか、魔王城討伐というより魔王の暇潰しに付き合わされてるって感じよね」


 勝手知ったるといった態度で魔王城の扉を開くシノビドスを見ながら、ララはぽつりと呟く。討伐なんて誰もできない魔王城に建国以来毎日、誰かしらが挑み続けているのだから。

 冷めたララの隣で、ララの谷間を見ながらカスダルが言う。


「暇潰しだろうがなんだろうが、手柄を立てて魔王に認めさせて成り上がるんだ」

「はいはい」


 ララはあくまで魔女として雇われている身。

 そしてカスダルは名誉だけが欲しい雇用主。

 だから魔王城の在り方に疑問を持つ必要はないわけで。


 シノビドスの導きに合わせて、カスダルとララは城に入って行った。後ろからちょこちょこと、鈍臭い動きで聖女ヴィヴィアンヌもついてくる。


「ほほう、今日は骸骨騎士か」


 舞踏会をひらけば荘厳で美しいだろうと思われる大ホールに、全く似つかわしくない骸骨騎士が埋め尽くすように姿を現していた。

 どんな仕掛けが襲いかかって来るのかは、挑戦のたびにランダムだ。


 一斉に襲いかかってくる骸骨騎士を前に、腕組みしたカスダルが叫ぶ。


「ララ、やれ!」

「わかってるわよ!! 『火星に抵抗する者アンタレスの燃え盛る炎よ、焼き払えファイア!」


 杖をかざして唱えた瞬間。

 黒いドレスにまとった星屑のアクセサリーが魔力で輝き、杖の先端の紫水晶が輝く 。

 ふわっと舐めるように炎が広がり、骸骨騎士を全て灰にした。


「……っ」


 くら、と魔法詠唱の代償に目眩がする。

 そんなララの隣で、猪のようにカスダルが飛び出した。


「よし! いくぞ!俺に続け!!!」

「あ、ちょっと、待ってよ!」


 颯爽と正面階段を駆け上がっていくカスダル。しかし。


「ぐわー!!!!」


 正面階段がいきなり崩れ落ち、カスダルが落下する。

 ララの風魔法で衝撃を和らげるにはーー遅すぎる!

 ララはヴィヴィアンヌを見た。

 ヴィヴィアンヌは内股で、両手を前に突き出して気の抜けた声をあげた。


「え〜い」


 ヴィヴィアンヌのドーナツサイズの光輪が輝く。普通ならここで何らかの衝撃を和らげる聖女異能が発生し、カスダルが無傷で灰だらけの床を転がるだけになるはずだった。

 しかし。


「うわーーー!!!!」



 ボキ。ゴキゴキゴキ。



「あ、折れた」と言ったのは、ララ。

「失敗でござるな」どこにいたのか、シノビドス。


 そしてノロノロと、内股で駆け寄っていくヴィヴィアンヌ。


「あ〜ん! カスダル様ぁ、大丈夫ですかあ??」


 彼女についていくように、ララとシノビドスもカスダルに駆け寄る。カスダルはまさに#残酷な描写あり って感じの痛々しすぎる状態で、あちこちが良くない方向に曲がって転がっていた。


「痛、いだ、いた……」


 情けない声。

 そんな彼を見て巨乳を振り乱すようにイヤイヤと身を捩り、手を握るヴィヴィアンヌ。


「や〜ん!! カスダル様死んじゃ嫌〜!!!」

「いや死なせたくないなら早く癒しなさいよ」


 思わずツッコミを入れてしまうララ。ヴィヴィアンヌは大きな垂れ目をハッとした様子で見開き、また大袈裟なポージングを取って聖女異能を発動した。


「カスダル様〜! 早く良くなーれ!!」


 神聖な温かな光が光輪から降り注ぐ。

 カスダルの体は、次第に、癒えーー


「痛い痛い痛い、もっと、早く治せ、痛い、早く」

「はい! カスダル様!!! これが全力で全開です!!!」

「マジかよ」

「カスダル殿〜〜。ヒイロ殿ではないのだから、それくらいが普通でござるよ〜」

「え、」


 ララは信じられない気持ちで思わずシノビドスの顔を見る。

 シノビドスはララの視線に、肩をすくめて首を横に振った。


「赤銅(サードランク)の聖女として、ヴィヴィアンヌ殿はごく当たり前の能力値でござるよ」

「白銀(プラチナランク)と赤銅(サードランク)って、そんなに能力に差があるの……?」

「ヒイロ殿の白銀は特殊な意味があるでござる。通常なら赤銅(サードランク)に銀(セカンドランク)、その上は全部ひとまとめで金(ファーストランク)でござる。しかし過度に突き抜けた個性や能力がある者に審議の上与えられるのが白銀ーーまあ、一言で言ってしまえばヒイロ殿は『特別』なのでござるよ」


 ララとシノビドスが会話をしている間も、カスダルは痛みにうめき続けている。ヒイロなら全身複雑骨折しようがもっとグロテスクなことになろうが、手料理を口に押し込んだらすぐに回復していたのだ。

 ララも傷ついた時に回復してもらったことは何度もある。毎回痛みもなく、すぐに当たり前のように元通りになるので、それが普通だと思っていたのだ。


「……待って。シノビドスはどうして、階級の取り決め方を知っているの?」

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