第14話 もしかしてシノビドス、あなたは
「ありがとうシノビドス。おかげで助かっちゃった」
私は黒装束に顔を覆い隠した仮面の彼に感謝を伝える。
ひょろりと細長い彼は、私の感謝に手をブンブンと横に振って見せた。
「何を仰る。パーティを抜けることを勧めた拙者がその後の支援をせぬのは無責任というもの。拙者で役立つことであれば、何なりと手を貸すでござるよ」
シノビドスは相変わらず優しかった。
追放後も甘えるのは申し訳ないけれど、今は頼らせてもらおう。そして恩返しをちゃんとしようと誓う。
「頼りっぱなしで申し訳ないな」
「素直に頼ってくれるというのも、頼られる側からすれば嬉しいもの。相手がヒイロ殿なら一層嬉しいものでござる」
「ありがとう……」
シノビドスがゴインローをしてくれてからはとんとん拍子だった。
そのまま王都に帰還した私は手早く手続きをすませ、一週間もすれば王宮より営業許可の申請が降りた。シノビドスがずっと同行してくれたので話は非常にスムーズだった。
パーティ追放後も世話を焼いてくれる、シノビドスには頭が上がらない。
「よし! 次は食堂の建設よ!!!」
私は一旦魔王の森の傍の馬車停留所の、食堂建設予定地に向かった。
「ーーえ?」
そこで私が目にしたものは。
既に施工を終えピッカピカに建設され、開店祝いの花輪まで飾ってある二階建ての食堂だった。
「ま、待って!? 何が起こったの!?」
「さあ、なにが起こったんでござるかなあ〜〜?」
同行してくれていたシノビドスを見れば、仮面の中で目を逸らされた……気がする。
口笛を吹いて誤魔化すシノビドスに、私はただただ狼狽するしかない。
「え、なに? シノビドス、なんでこんな事になってるか知ってるの……?」
不意に、新築の食堂から魔力の匂いを感じる。
しっとりとして甘くて、どこか雄々しく力強い深みがある独特の魔力の香り。
それはここ数年、いつもこの森で嗅ぎ慣れていた香りだった。
「……魔王様だ」
私はもう一度改めて、シノビドスを見上げた。彼は口笛を止め、真面目な様子で静かに私を見下ろしていた。
彼からも薄く魔王様の匂いがする。魔力を浴びた後の名残だ。
「シノビドス、あなた」
仮面の奥で、彼がどんな顔をしているのか分からない。けれど私にはーーはっきりとした確信があった。
「なんでござるか?」
彼は落ち着いた声音で私の言葉を待つ。私は信じられない思いで、言葉を紡いだ。
「あなた、もしかして……」
ーー食堂を開くことが決まった翌日に、即魔王様がそれを関知して食堂を作ってる。
ーー村人以外に、あの話を知るのはシノビドスだけ。
流石に、流石にこれは。
「ありがとうシノビドス!」
湧き上がってくる思いを抑えきれない。私はシノビドスの両手を握り、背伸びして彼を見上げた。
「魔王様に、私がここで食堂をするって話してくれたのね!」
「あ、………あーーーーー、そうでござる!! 明察でござるなあ!!!」
「もー! 水臭いんだから! 魔王様に言うなら私に一言言ってよ〜!!」
「あはははは、あはははは!!! ごふぉッ! ゴフォッ」
「し、シノビドス笑いすぎ、むせてる!」
シノビドスがなんだかヤケクソ気味に笑っているのも面白くて、私も一緒になって笑う。きっと私にバレないように色々取り計らってくれようとしたんだろうな。
「シノビドス、また私を助けてくれてありがとう」
「ヒイロ殿は大切な方でござる。新しい門出には微力ながら力添えしたいでござるよ。……きっと、魔王も同じ気持ちなのでござろう」
「そっか。私はいつも助けられてばっかりだな。魔王様にもありがとうを言わなくちゃ」
「ふふ。次に会ったら伝えておくでござるよ」
「待って、シノビドス、ものすごく気さくに魔王様に会えるんだね?」
「ぎく」
カスダルが魔王城玉座の間に到達しただけでも、数十年ぶりの快挙として、新聞の一面を賑わせた程度には大騒ぎだったのに。私が彼のパーティにいた頃でも、魔王様の元にたどり着けたのは一ヶ月に一回、あるかないかだ。
そんな彼と気さくに会えるってことはもしかして。
「新しい聖女さんが加入して、カスダルの魔王挑戦の調子がいいの?」
「あー、そっちは全然ダメダメでござるよ 」
シノビドスは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「全然ダメ、なんだ?」
「ござるござる。おかげでヒイロ殿の再出発のお手伝いする暇があるので、拙者としてはありがたい話でもありますな、正直なところ」
「へえ……」
そうか。私がいなくなって上手くいってないのか。
「……カスダル殿が心配でござるか?」
「ううん、全然」
窺うように尋ねてきたシノビドスに、私は首を横に振る。
「イジワルな考えかもしれないけど、ちょっとは苦労した方が良い薬よ、あいつは。次男とはいえ伯爵子息なんだし 、これから人の上に立つかもしれない人として、もーちょっと心を入れ替えてくれなくっちゃ。周りの人は堪ったもんじゃないわ」
「それならよかった。……もしヒイロ殿がヨリを戻したいというのなら、」
「冗談。絶対ないから」
「はは、即答でござるな」
私の言い方に、シノビドスは仮面の中でクスッと笑ってくれた。
心配してくれてありがとう、シノビドス。
「そんなことより手続きでござるよ。これなら来週には店のオープンもできるのでは?」
「そうね! 前倒しで準備しなくっちゃ!」
それからシノビドスはいろんな手続きを手伝ってくれて、村長さんのお宅に間借りしてる私の部屋まで送ってくれた。
すっかり日が落ちるまで仕事ができたのも、シノビドスが一緒にいてくれたおかげだ。
「一日ありがとう、シノビドス」
「ヒイロ殿。何か気になることがあれば、いつだって頼ってくだされ」
「ありがとう。魔王様にもよろしくね」
「承知でござる。では、」
シノビドスは仮面の奥で笑う気配を見せると、そのまま闇に溶けるように姿を消した。
私は部屋の隅、彼が消えた物陰を見つめる。
ひとりになった途端、ふと思い出したのはあの、やかましい婚約者の事だった。
「カスダル、今頃どうしてるんだろうな」
魔王城攻略、ちゃんとできてるのかしら?
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