第13話 シノビドスの御印籠

 シンプルな出汁とシンプルな味付け。

 ほぼ小麦粉だけで作った素うどんでも、みんなの心も体もじんと温まったようだ。


「いかがでしたでしょうか」

「いやあ……想像以上だった……」


 惚けた様子で答える村長さん。

 美味しいものをおかわりして、お腹いっぱい食べる多幸感で満ち溢れていた。


「ご満足いただけて何よりです!」

「それに食べてから、だんだん足が痛いのが取れていった気がするよ」

「聖女の治癒力です。私の異能は食べることで発揮するんです」

「体の痛みだけじゃなく、なんだか気持ちが沈んでいたのがふわっと軽くなったのも聖女の力なのか……」


 それは単にお腹いっぱいになったからだと思う。

 村長さんの嬉しいコメントを聞いた村人の皆さんも、口々に私に効果を告げてくる。


「風邪気味だったのがすっかり元気になったわ」

「寝たきりだったおばあちゃんが『もう一杯食わせろ』って起き上がってきたの」


 私はここぞとばかりに売り込んだ。


「場所を貸していただけたら、皆さんには材料費だけでうちの定食屋のご飯をサービスします」

「しかし……魔王の森近くで食堂をひらけば『穢れる』と言われないか」


 明るい顔になっていた皆さんの表情が曇る。

 この土地は魔王の森の近くなので、普通の人は勿論、冒険者でさえあまり長居したくない土地だ。


「穢れるなんて言わせませんよ。現に皆さんもお住まいじゃないですか」

「儂等は行き所のない流れ者が身を寄せ合って暮らしているだけだ。外に出られる奴は、こんな村など出ていく」


 やっぱりそうよね、と村人の皆さんの顔ぶれと、荒れ果てた農地を思い出して納得する。穢れた土地と呼ばれる場所に住む彼らは皆貧しそうで、老人か女子供しかいない。女達も誰かの奥さんではなく、身一つもしくは母子身を寄せ合ってここに流れ着いた人たちだろう。魔法が使える人ならともかく、無能力者だけの集落なら、若い男手がないと生活は苦しいし詰むのだ。


「それなら尚更、私に食堂を開く許可をいただきたいんです! 私も行き場所の無いひとりぼっちの身ですが、聖女の破邪の力でこの村を良くないものから守れます。それに最初は偏見があったとしても、私の料理を食べたお客様のクチコミで、なんとかなると思うんです」

「しかし……」

「なんとかならなかったとしても、最悪皆さんに土地の賃貸料をお渡しできます。村にとっては少なくとも、マイナスにはなりません」


 村長は渋い顔をして押し黙った。

 周りの村人達も不安そうな顔をして、互いの顔を見合わせあっている。

 前例のないことは恐ろしい。苦労を知る人たちだからこそ、変化が怖い。


「美味しくったって、本当に儲けられるかもわからないし、それにお金のことも」

「せめて、誰か保証人となってくれる人は」

「保証人……」


 天涯孤独の私には無理だ。

 どうしよう。ストレリツィ家とも婚約解消されたし、シーマシー家に頼ることもできないし。教会が聖女の後ろ盾になってくれる制度もあるけど、一度王宮聖女を断った私が頼って申請が通るとは思えない。


 場の空気は私にとって明確に不利な状況だった。

 美味しいうどんでも打破できない信頼という壁。それを乗り越えるにはどうすればいい。


 ーーその時。

 天井から、呑気な声が聞こえてきた。


「いやあ、美味しそうな匂いにつられて来てみたら、ヒイロ殿ではござらぬか〜 」

「シノビドス!?」

「誰だ!?!??!!」


 突然天井の角に張り付いて現れた黒装束仮面男に、村長以下村人皆さんがざわめく。

 シノビドスは、天井からシュタッと降りてきた。


「話は聞きましたぞ。拙者シノビドスと申す。村の皆々様、拙者からもどうか、ヒイロ殿を信じてほしいとお頼み申す。もちろん、拙者が保証人となりましょうぞ」

「この場で最も胡散臭い男に保証人と言われても」


 至極真っ当なツッコミが飛ぶ。私も正直そう思う。

 しかし続いてシノビドスが見せてくれたのは、この場の誰もが想定しないものだった。


「それでは皆様に、拙者の身分を証明してご覧入れましょう」


 シノビドスは指でシュシュシュッと何か空中に描く。

 その瞬間、目の前に光を纏った文字が浮かび上がった。


「これは……一体……?」


 村人の皆さんは一様にぽかんとしている。

 私は驚愕のままに叫んだ。


「こ、これ……王家が身分を保証する魔紋じゃない!!!!」

「さすがヒイロ殿は物知りでござるなあ」


 シノビドスは呑気な声音でうんうんと頷く。


「シノビドス、ほんと何者なの!?」

「え〜〜大したことないでござるよ〜〜」


 唖然とした人々に、シノビドスはおどけた仕草で小首を傾げて見せる。


「というのは冗談で。我が故郷は当国と交流のない遥か海の彼方の島国。よって身元をはっきりさせていなければ、この国では生活できないのでござるよ」

「なるほど、だから王家承認の魔紋を持つのか……」

「というわけで、拙者が保証するのでどうかヒイロ殿を信じてください」


 村長さんも村人の皆さんも、輝く魔紋の前には何も言えなくなった。


「王家に承認された人が保証人ならば、我々も聖女さんに土地をお貸ししましょう」


 あっという間の展開だった。呆然とする私を振り返り、シノビドスが言った。


「拙者でもお力添えできてよかったでござるよ、ヒイロ殿」


 その声の優しさは。カスダルパーティでいつも私を庇ってくれていた、昔のシノビドスそのままだった。


「シノビドス。私のこと、見捨てたんじゃなかったの?」

「見捨てるなんてとんでもない。……ヒイロ殿の為なら拙者、いつでもどこでも駆けつけるでござるよ」

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