第12話 唸る聖女怒りの拳!特製!手ごねうどん

 私は白銀クラスの最強聖女、人呼んで粉物の聖女。

 しかし粉物の聖女にも不得手はある。一人で火を起こせない。


「久しぶりに見たわね、ごく当たり前の台所……」


 村長さん宅の台所を前に、私は腕を腰に当てて呟く。

 ここ最近はずっとララさんが出すとても便利な魔法調理場マジックキッチンを使っていたので、この手のキッチンはパーティ加入前の修道院ぶりだ。


 私の様子を、邪魔にならない場所から村長さん、その他野次馬さん達がぞろぞろ眺めている。私は村長さんを振り返った。


「こちらの火起こしは魔法ですよね?」

「ああ。だがこの村には無階級の者しかいないから、魔法で着火するだけだ。水なら井戸水が豊富に出るから好きに使ってくれて構わないが」

「なるほど。薪が必要なのですね……」


 私は口元に手を当て考えた。

 なるべく早く、村の皆さんに私の手料理を食べてもらいたい。

 私の聖女異能をより強く発動するために、なるべくしっかり練り込める料理がいい。

 そして材料費ほぼゼロでも作れると示すために、なるべく小麦粉と調味料が最低限あれば作れるような料理なら最高だ。


 お好み焼きは材料さえあれば手軽にできる。

 キャベツを使わずとも、薄くまるく焼いた小麦粉をクルクルと丸めるだけで十分美味しい。

 けれどフライパンで一つ一つ焼くにはちょっと時間の効率が悪い。


 かといって、小麦粉だけでお腹が膨らむものは大抵それなりの火力が必要だ。

 パンもパンケーキもピザも、魔法調理場がない私が作るとなれば村の貴重な薪や魔力を消費することになる。台所を借りているだけでも十分なのに、それ以上を求めるなんてもってのほかだ。


 ーーともかくまず、大地への祈りを捧げないと。


 私は頭に巻いたスカーフを取ってかまどの前に跪き、両手の指を組んで首を垂れる。そして小さく大地の神へ捧げる祝詞を唱えた。


「聖女っぽい……」

「本当に聖女なんだ……」


 後ろから感心する声が聞こえてくる。私は聞き流しながら心の中で、大地に向かって尋ねた。

 大地よ、教えてください。私は一体何を作ればいいのですか……?

 心が無になった瞬間、突然、私の心の中から言葉が湧き上がってくる。


『拙者の里ではもちもちの優しい柔らかい麺のものを出していたんでござるよ。険しい峠を超えてくる者が多いゆえ、疲れた体がほっと緩むような、そんな麺を……』


「うどんだわ!!!!!!!!」

「ひえっ」


 叫んだ私に野次馬さんたちがビクッとする。数人驚いてすっ転んだ。

 大地、ありがとう。私は拳を握った。

 ほぼ小麦粉だけで生成できて、なおかつ手早く食べてもらえて、一気に作ることができて、更に私の聖女異能を練り込みやすいもの。


「う、ウドンってなんですか」


 外野の一人の女性が私に尋ねてくる。私は振り返って答えた。


「私の友人、シノビドスが教えてくれたんです。私が小麦粉の聖女だと伝えた時、それならば故郷に良いレシピがありますぞって……」


 シノビドスの事を思い出すと少し寂しくなるけど、感傷に浸るのは後だ。今の私は粉物の聖女!

 私は腕まくりして、頭に巻いたスカーフをキュッと締める 。

 やる気が湧いてきた。


「ここのテーブルを使っていいですか?これから麺を作ります!」

「麺を……!?」


 私は光輪に念じて手のひらをボウルへとむける。光輪がふわっと輝いて、手のひらから粉雪のように小麦粉が降り注いでいく。


「おお……」


 小麦粉を出す私の様子に、周りの人々が感嘆する。粉の粘りも質も、私は自由に意識して変えられる。ふるいにかけなくても手を小刻みに動かせば自然と細やかな粒で落ちてくる。長年の試行錯誤の成果だ。

 ギャラリーが一人、私に声をかけてきた。


「聖女様、よかったら井戸水汲んできましょうか?」

「助かります、ありがとうございます」


 協力のおかげで、私が小麦粉を出している間にたっぷりの井戸水が用意された。水を一口飲んで確かめる。まろやかな軟水だ。これならいける、美味しい甘いうどんが作れる。

 私は魔法小物入れマジックサコッシュから天然塩を取り出した。


「こちらの粗塩を使います。トーチ内海沿岸地域で、海水を煮詰めて作られた粗塩です」


 井戸水と塩で食塩水を作り、何度か分けて小麦粉と混ぜていく。粉に混ぜる水分量は季節と湿度によって変わるけれど、今日はいつも作っている魔王城のすぐそばなので、どれくらいの水を入れればどのくらいの硬さになるかバッチリわかる。

 均等に水と混ざり合っていくように、ポロポロにほぐしながら捏ねていき、ひとまとまりの塊にして一旦休ませる。


 そして、生地を休ませる間に井戸水をたっぷり汲んで、煮干しでスープを作る。

 匂いが漂う頃には、次第にギャラリーが空腹を訴えてざわついてきた。


「さて、そろそろ生地を捏ねたいところだけど」


 私は魔法料理布に包んで休ませていた生地へと目を向ける。

 普段は魔法料理布マジックシートに包んだ状態で、足でぐいぐい踏んで麺を作っていた。しかし。


「さすがに初めて食べてもらうのに、包んでいるとはいえ、いきなり足で生地を踏んだ食材を食べるのは抵抗あるわよね……」


 手で捏ねるしかない。

 私は力こぶを作ってムン、と気合を入れ、生地を捏ね始めた。


 こね……こね……


「あんな細い腕なのに、力強いな……」

「何言ってるの、あれ、明らかに料理をし慣れた腕よ。見て、あの筋肉」


 こね……こね……


 目を閉じて、無心になるとギャラリーの声が遠くなる。

 頭の中に思い浮かべるのは、カスダルの罵倒とあの顔だ。


『あー、もう出来上がっちまったのか? 俺それ今日気分じゃねえから捨てといてくれ。いいだろ? どうせ粉なんて無駄にいくらでも垂れ流せるんだからよ』


 こねっ……こねっ……こねこね……こねこねこね………


『その泣いた面で外出るんじゃねえぞ。お前が悪ぃから俺が殴らされたのに、お前がメソメソしてたら俺が悪者になっちまうじゃねえか。本気で反省してんだったらさっさと泣きやめよ、クソが』


『ずっと小麦粉食ってる癖に、お前ちっとも乳でかくならねえな? 婚約者様に対して申し訳ねえと思わねーのかよ』


 ッ……タシッ……タシッ……ダシュッ……ダシュッ……


『お前を聖女として引っ張り出すために婚約しただけだ。……はぁ? 「責任とれ」だあ? 知るか馬鹿。魔王討伐の成果がある程度出たら、お前はお払い箱だ。白い結婚ってやつだ、はははは。白いかどうかなんざ、ンなの自己申告制だからな』


 バシ!!!! バシ!!!! バシ!!!!!!


『お前ダセーから婚約破棄な。早く馬車降りろよ』


 バシバシバシバシバシバシ!!!! バシバシバシバシバシ!


「ママー! 怖いよー!!」

「聖女様……なんて力強いんだ……!」

「嘘だろ、ただの女の子だろ!? あの生地を捏ねるパワー、只者じゃない……!」

「聖女様があんな鬼気迫る顔でこねるなんて……本気よ、本気の麺を私たちは食べられるのよ……!!!」


 生地の手触りが変わってきたので、私は我にかえる。

 気づけば周りのギャラリーが一様に目を瞠り、私を見つめていた。涙ぐんでいる人さえいる。


「聖女様!! 何か他にお手伝いすることはありますか!?」

「あ、ええと……そうですね、麺を茹でた時、よそってくれる人手があると助かります」


 私たちはその後協力しあってうどんを準備し、無事に村人みんなにうどんを食べてもらうことに成功した。


 野次馬のようだったギャラリーはみんなぞろぞろと屋敷に入ってきて、犬や猫まで匂いに誘われてやってきた。

 村長さん宅はすっかり炊き出し会場だ。

 みんなが自分の器を持ち寄って、私が茹で続けるうどんを食べている。


「美味しい、あったまるね」

「麺を刻めば柔らかくてふわふわで、歯が抜けたおばあちゃんでも食べられるから、助かるわ」

「聖女さん、おかわりいただけるかしら」

「聖女さん、水の追加持ってきましたよ!」


 私の麺を食べながら、狐につままれたような困惑した顔を浮かべていた村長さんだったけれど。汁までたっぷり飲み干したところで、膝に目を向けて隻眼を見開いていた。


「足が……足の痛みが、止まった……」


 私は台所に立って汗を拭いつつ、村長さんに向かって微笑んだ。

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