食堂開店準備です!

第8・9話 玄関先の手切金で終わる、粉物聖女の婚約破棄


 私たちの住む国ーールシディア王国は、北端で大陸と繋がった半島の国だ。


 かつて半島全土は魔王支配に脅かされていたが、ルシディア王国初代国王が魔王を制圧した。そして魔王は国王と主従契約を結び、我が国に通じる唯一の陸路、半島の付け根に魔物の森を形成し、王国を守護するようになったと言われている。

 ーー簡単にいうと、


 初代国王がこらしめた魔王が陸路を封じているので我が国は平和!

 初代国王すごい!

 ーーというのが私たちの国、ルシディア王国の歴史認識だ。

 王国の貴族子息が通過儀礼として魔王城に挑むのも、魔王と王室が結んだ契約によるものらしい。とはいえ。


「実際の魔王様は、そんな支配するような人には見えないけどなあ……」


 魔王様は単純に善意で守ってくれているのでは?と疑問を持ってしまう。

 流石の私も、こんな疑問を口に出して言えるわけがないけど。


 ともあれそんな訳で、王都へ戻った私は早速カスダルの実家、ストレリツィ伯爵の王都屋敷へと足を運んだ。


「シーマシー子爵令嬢ヒイロ様、お待ちしておりました。こちら旦那様より預かっております手切金と書類でございます」


 私が来た途端、玄関先で美人の巨乳メイドさんに手切金と婚約破棄成立の書類を渡される。玄関先で。立ったまま。


「あ、ありがとうございます。お世話になりました」


 お、おお……ここまで雑な扱いになるとは思ってなかったぞ。

 手土産を渡すタイミングもなく、私はストレリツィ伯爵邸から追い出された。

 釈然としないまま、私は煉瓦造りの瀟洒な屋敷を見上げる。


「人生をめちゃくちゃにされた婚約も、終わってしまえばあっけないわね……」


 長居すると感傷に浸ってしまいそうな気がしたので、私はさっさとその場を離れ、教会聖女管轄本部へと急いだ。

 受付にカスダルパーティからの登録抹消手続きをお願いしにいくと、受付は言葉に出さず私の顔と書類を交互に眺め、「あー……」みたいな顔をする。


「何か?」

「いえ、失礼いたしました」


 気を取り直したような笑顔で、受付は私に尋ねた。


「聖女ヒイロ様。新しく魔王制圧部隊への入職希望届を出されますか?」

「いえ。一旦はとりあえず少し、考えてみます」

「かしこまりました。聖女ヒイロ様に何卒よき大地の出会いが巡り合いますことを」

 

 私は笑顔で送り出される。

 受付さん、私が求職票を出さなかった事に明らかに安堵している様子だった。

 後ろからヒソヒソと声が聞こえてきた。


「あの大きな光輪、もしかして……」

「シーマシー子爵令嬢のヒイロでしょう? あの、例の最強聖女の」


 皆が明らかに私を好奇の目で見つめている。目が合わせようとすると 目を逸らされる。私は内心溜息をついた。

 ーー私がこういう立場だから、魔王様のことも鵜呑みにしたくないんだよね。


ーーー


 教会聖女管轄本部を出て、虚しいくらいの青空の下を歩いたところで、私は王立公園のベンチに辿り着いた。


「疲れた……」


 賑わう新緑の公園の片隅、ベンチで不要になった手土産の包みを開く。

 中にはさっきお菓子屋さんで買ってきたマドレーヌが入っていた。


「……私が食べちゃおっと。いただきます」


 ぷっくりした貝殻型の焼き型で焼かれた甘いマドレーヌは、焼き立てでとても美味しかった。


「ねえ、美味しいね……あ、」


 無意識に横に話しかけ、誰もいないベンチを見て我にかえる。

 美味しいものを食べて、それを美味しいねって言い合う相手はもういなかった。


「……そうか、そうよね。私は一人になったのよね」


 カスダルに嫌な思いをたくさんさせられたけれど、少なくとも天涯孤独な私にとって、パーティは最後の居場所でもあった。

 私は焼き菓子を食べながら、ここまでの長いようで短い人生を思い返していた。


ーーー


 聖女だと発覚したのは10歳の時。

 私の両親が突然この世を去り、シーマシー子爵家を叔父が相続し、自動的に叔父の養女となった頃に遡る。叔父はすでに妻子がいて、私は子爵家を相続する時に勝手についてきたお荷物だった。


 義父となった叔父は私を見下しこう言った。


「うちの規模の貴族家にとっては、令嬢なんて持参金を食うだけのお荷物なのに、どうして兄貴はこいつを連れて行ってくれなかったんだ……」


 シーマシー子爵家のお荷物となった私は、使用人と同じ地下の部屋で過ごした。

 教育どころかご飯さえ碌に与えて貰えなかった私の運命が変わったのは、国民の義務、異能解析に連れて行かれた時のことだった。


 国民は皆、10歳から13歳の間に必ず一度、所定の教会にて異能解析を受ける義務がある。黒々とした岩肌をした霊峰クゼ、その鉱山から削り出された『大地に愛されし水晶玉』に手を翳し、大地の意思と繋がり、己の中の異能を解放するのだ。


 8割の人間は最低レベルの異能。

 簡単に小さな火を起こしたり風を起こしたりするレベル。

 残り2割が特別扱いとなり、異能の強さに応じて、赤銅、銀、金、白銀のランクがつけられる。


 私は水晶玉に手をかざした瞬間『聖女』として目覚めた。

 教会中に光がほとばしり、収束した光は頭上で輝く光輪となった。

 光輪は小麦を意匠化したような形をしていて、それを見た司祭は腰を抜かした。


「このように大きな光輪は見たことがない。王国始まって以来の異能だ!」


 と叫びながら。

 その後、シーマシー子爵家は大金と引き換えに私を教会に引き取らせ、私は聖女として厳しい修行を受けることになった。

 私を教育する神官たちは皆目が輝いていた。

 何私の異能ランクは最強かつ特別レベルの白銀プラチナランク白銀。


 私の教育係として権力を得られると思った人もいれば、純粋に私という最強聖女に興味を惹かれた人もいただろう。

 しかし彼らの目は次第に曇っていった。


 私がーーコナモノの聖女だったからだ。


「聖女ヒイロよ。お前の聖女異能は歴史に残る強さだ。しかしなぜ『小麦粉』で発現するのだ……」

「そう言われましても」


 ーー私の聖女異能は最強レベル。しかし能力は小麦粉で出る。


 どれだけ修行を積んでも私は通常の聖女のように、自分の聖女異能を直接作用させることができなかった。


 誰かを治すには、治癒の加護を込めた粉物を食べさせて癒す。

 結界構築には、結界の加護を込めた粉物を食べて発動する。

 お祓いをするには、お祓いを込めた粉物を食べてハーッ!!する。


 非常に面倒臭い。

 そして不幸なことに、教会は食の楽しみを悪とする教義があった。


「美食に溺れるのは肉欲と同等。穢らわしい古代邪神信仰の巫女のような、下等な能力を持つ聖女がいていいものか」


 偉い人たちは私をネタに、宗教学論争を繰り広げた。

 繰り広げたって私がコナモノ聖女なのは事実なんですが……。


 教会が持て余した次に目をつけたのは、王宮だった。

 ある日王宮に呼び出され、私は宰相様から直接、こう言われた。


「聖女ヒイロよ。王侯貴族の食事の小麦粉を奉納する聖女として奉仕しないか」


 王宮聖女。貧乏子爵令嬢の就職先としては最高の名誉だ。

 けれど私は、宰相様の言葉を断ってしまった。


「私のような身分の者にはあまりあるお誘いでございます。私は市井の聖女として国民に奉仕することが身分相応でございます」


 貧しい生まれの私は、王宮で日々食べ物が浪費されていく王宮の世界にゾッとしていた。使い捨てにされる小麦粉を垂れ流す小麦粉聖女には、どうしてもなれなかった。


 結局、私は紆余曲折を経て、海が見える辺境の修道院で正規聖女として働くことになった。


 修道院での生活は短い間だったけれど、身の丈に合って楽しかった。

 貧しくて大変なこともあったけど、みんなで知恵を絞って、私の異能を使って少しでもお金を稼いで、そして建物の修繕をしたり、慈善事業に力を入れたり。


 けれどーーそんな日々も突然終わりを告げた。

 ストレリツィ伯爵子息カスダルが私を攫ったのだ。


白銀プラチナランク聖女がここに追放されていると聞いて来たぜ。ハッ、王宮に逆らってど田舎で暮らす馬鹿な女だ、だが面白え!!」


 庭でシーツを干していた私は、いきなりカスダルとその従者に横抱きで攫われた。あっという間に馬車に押し込まれ、モノのように近くの宿場町まで運ばれてしまった。


「喜べ、俺が婚約してやる!!!」

「え、ええええ」


 カスダルはそのまま、私を宿屋に一晩閉じ込めた。

 未婚の貴族子女は一晩同じ部屋で過ごしたら、強制婚約という名目で、通常の手続きより迅速に婚約が承認される。

 婚約してしまえば還俗しなければならない。

 カスダルは強制的の結婚で、私を強引に修道院から引っ張り出したのだ。

 一夜にして、私はささやかに築き上げてきた幸せを失うことになった。


 そして。

 カスダルの目論見通り職を失い、強制的に婚約者にさせられた私だが。

 なんと彼は、私が粉物の聖女だということを知らなかったのだ!!!!


「はあ!? 何だその粉物の聖女って能力!? 聞いてねえぞ」

「白銀聖女が辺境の修道院に放られてる時点で、何か問題があるって思ってくださいよ!!」


 なんと、カスダルは私の能力を知らないまま勝手に攫ったらしく、私の能力を知って呆然としていた。短絡的が過ぎる。

 しかし気持ちの切り替えも早いらしく、彼は婚約者の私を予定通り、魔王討伐のパーティに加えた。


「強いならそれでいいだろ。婚約者のために励めよ」

「かしこまりました……」

「勿論愛なんてねえ婚約だから、俺は他に女を山ほど作るが文句言うなよ」

「えええ……」

「お前みたいな野暮ったい色気ゼロの田舎女、婚約してやっただけで十分だろ」


 まあ確かに、私が婚約者としてこの色好みに付き合うのは至極面倒だ。

 そんなわけで、名目だけの婚約者兼、カスダルパーティの聖女として真面目に励んでいたところ、結果として捨てられたのだった。

 小麦粉出るのがダサいからって。


 ダサいって、ねえ……。


「そのダサいのを!! 無理やり婚約者にしたのはどいつよ馬鹿〜〜ッッ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る