第7話 黒竜は考える
「なあ魔王サマ。俺、あんたが攫っちまうって思ってたんだけど」
黒竜は翼を羽ばたかせながら、背中に乗る魔王に話しかけた。契約を結んだ関係なので、風で声がかききえることはない。
魔王を乗せて空を飛ぶのは久しぶりで、外に出たいと呼ばれた時は嬉しかった。
このまま、あの大光輪の聖女を攫っていけるのかと思うとワクワクしたものだった。
それなのに。お好み焼きを食べて、はいさよなら、って。
「なんで攫っていかねえんだよ、わかんねえ。普通なら攫ってくだろ? 好きな
「獣の理屈だ、それは。……私に攫うつもりはない」
「え、じゃあ本気でお別れいうためだけ?」
「ああ」
「わっかんねえなー。あの子、誘ったら絶対ついてきたっしょ」
「それでは嫌だ」
不器用な魔王様は、俺の背中でうめくように呟く。
「……ヒイロ殿はようやく自由になれた。彼女は好きな事をして、自由に幸せに輝いているのが一番似合う。それを私が摘んでしまっては、あのカスダルと同じになってしまう……」
「ほんっと不器用だな、あんた。数百年生きてて初恋だからって」
聖獣の言い草に魔王様は押し黙る。黒竜はけらけらと笑った。
「
「そういうわけでは……」
「まあヒイロちゃんにとっては驚きだよな〜〜。とっさに魔王ってバレねえように焦って、300年前のまんまの口調で話しかけちまったが最後、ヒイロちゃんには昔の口調じゃなきゃまともに話せなくなったようなウブなヤローが、まさかこの泣く子も黙る魔王様だなんてーーぎゃっ」
びりっと、雷撃が体を走る。
思わず墜落しそうになったところで、黒竜は魔王様に叫んだ。
「あっぶねーな魔王様!? いくら俺でも墜落すっぞ!?」
「一人で墜落しろ」
「ひっで」
ビリビリとした痛みが収まるまで、黒竜は黙って飛ぶ。
魔王城が目の前に近づいてきたところで、彼はもう一度魔王に声をかけた。
「っつーか、魔王サマ」
「何だ」
「なんであんたがシノビドスって教えてやらねえの? 仲良かったんだから、バラしたらちったあ態度も変わるだろうに」
「……騙してたのがばれて、嫌われたくない」
「嫌われねえと思うけどな〜」
「シノビドスとして、彼女を切り捨てるような口を利いた 。……私は、彼女に許されてはならないのだ」
「真面目すぎんじゃねーの? あんた」
「うるさい」
「へーへー」
黒竜にはわからない。
好きな女を攫わない主人の心も、好きな女に本当のことを伝えられない不器用さも。こういう聖獣としては全く理解できない感覚に、主人は元人間なんだなと思わされる。
「まあ、でも俺思うんだよな。絶対あんた、……絶対これで、ヒイロちゃんにバイバイできるわけねーって」
黒竜は確信を持って口にする。魔王は黙っていた。
「だってヒイロちゃん、これから身一つで生きていくんだろ? しかも魔王サマの目も届かないような場所で。……本当に大丈夫なんかねえ?」
「彼女は強い。だから問題ない」
「強いけど、人が良すぎて危なっかしいじゃん」
煽っても結局、不器用な拗らせ主人は沈黙していた。
黒竜はまあいいか、と思う。
野生の確信を持って感じるのだーーこの二人は、絶対これで終わりにならないと。
「終わりにもしてやりたくないしな」
黒竜は不器用で孤独な魔王が好きだった。
だからこそ、彼が初めて恋した聖女とは、必ず幸せになってほしいと願うのだ。
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