第6話 さよなら、魔王様
お別れのお好み焼き食事会が終わったその後。
魔王様は私たちを王都の城壁の近くまで送ってくれた。黒竜さんの遮蔽魔法パワーで王都城壁まで送ってもらっても、誰にも気づかれることはなかった。
「……本当に、来なくなるのだな」
私たちは遮蔽魔法で閉じられた空間で向かい合っていた。
「残念ですが」
黒衣を風に揺らし、魔王様は視線を足元へと落とす。申し訳ないけれど覆らない現実だった。
「……君が魔王城の攻略に参戦するというのは、いかがだろうか」
「いかがだろうかと言われても」
面白い提案ではあるけれど。私は肩をすくめた。
「私は貴族男子でも相続権を持つ令嬢でもないので、まず有り得ませんね。もう、誰かのパーティに誘われたとしても行きたくないし。そういうのはしばらくはちょっとお休みしたくて」
「……残念だ」
わかりやすくがっかりする魔王様に、私は思わず笑みが溢れてしまう。
「それに私が攻撃しちゃったら、魔王様のお召し物吹っ飛ばしちゃいますよ。みたでしょう、さっきの爆発」
「ああ。凄まじかった」
「でしょ? 魔王様の綺麗な髪の毛、アフロになんてしたくないです」
魔王様は私の冗談に、ほんのちょっとだけ口角をあげて笑った。
「ではこれから、ヒイロはどこに」
「帰る家もないし、元々の予定通り、修道院に入って奉仕活動に従事しようと思って……でも正式な聖女として修道院入りする資格は失っちゃったから、まあ非正規ですね。あはは」
「資格、か……」
魔王様がものすごく苦しい顔をしたのは気のせいだろうか。
ぽっと、魔王様の片手に炎が宿る。
「来たついでだ。帰りしなにカスダルの実家を燃やしてきてやろう」
「あー、俺も燃やしてえ〜〜」
黒竜さんの口から火が出る。いやいや、待って待って。
「い、いいです。もうあんな奴のこと忘れちゃいます。魔王様や黒竜さんが怒ることじゃないですよ」
「そうだな。全てを一気に失うよりだんだん凋落する方が辛いからそうしよう」
なんだかとても怖いことを言っているような気がする。
私は内心冷や汗を流しながらも、根本的な疑問を訊ねることにした。
「魔王様。魔王様はどうして、そんなにカスダルに怒っていらっしゃるんですか? 別に魔王様には関係ないでしょうに」
「君を傷つけたからだ」
ストレートな言葉に、まっすぐな視線。
息を呑んだ私を見つめる魔王様は、至極真面目な顔をしていた。
「それ以外に何の理由が必要か。数十年、私の玉座の間まで到達するパーティは誰もいなかった。魔王としてあの森に座する事に辟易していたある日、君がカスダルを連れてやってきた」
私が連れてきたわけじゃないんだけどな。
そんなツッコミも無粋なほど、魔王様は真剣に言葉を続ける。
「ヒイロ殿。……私は君に会うのが楽しくて魔王を続けられていた。……この数年。とても楽しかった、」
「魔王様」
「だから、私は」
何かを言いかけた魔王様はーーしかし唇を噛んで、首を振る。
「……いや。なんでもない」
そして彼は、あらためて私に微笑んだ。
「聖女異能の使いすぎだけは気をつけなさい。異能の使いすぎは身を滅ぼす……陰日向で、私は君を見守っているよ」
ごうと強い風が吹いて、魔王様は黒竜さんに乗って去って行った。
「魔王様……」
遠くなっていく姿が空に消えるまで、私はずっと見送り続けていた。
見送りながら考える。
「これから、か」
私はこのまま魔王城のそばから離れて、王都からも遠い教会で奉仕することになる。正規聖女ならやりたい仕事の企画もできたかもしれないけど、非正規聖女の扱いは知っている。でも一度婚約させられて還俗して、聖女の資格を散らされた私は、永遠に正規聖女にはなれない。
「私がやりたかったこと……」
聖女異能で、美味しいご飯を作って、それでみんなの助けになること。
お腹いっぱいで、元気になって、そして笑顔で過ごせる人を一人でも増やしたい。
頭の中に、美味しそうに食べてくれたパーティの楽しかった思い出が過ぎる。
ーーそして嬉しそうにしてくれた、魔王様の笑顔。
「何をするにしても、とにかく状況を整理しなくちゃ。カスダルの実家に行けば手切金も貰えるらしいし……まずは手続きよね」
自由になったのだから、時間はいくらでもある。
私は身分証を準備して、王都の城門に向かって歩いて行った。
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