第4・5話 魔王様と黒竜とヒイロ風のお好み焼き
連れてこられた空間は私と魔王様、そして魔王様の使役獣、黒竜さんしかいない場所だった。
魔王様を縦に3つ並べたくらい大きな黒竜さんは、魔王様の傍で飼い犬のように行儀良く伏せをしている。ちょっとした丘みたい。
私は魔王様にぺこりと頭を下げた。
「短い間でしたが、お世話になりました、魔王様」
「お礼を言われる謂れはない。私は、何もしていない」
魔王様が首を横に振ると、黒くて長い髪がサラサラと揺れた。
床につきそうなほど長い黒髪は、まるで絹でできたストリングカーテンみたいに、物憂げな目元や高い鼻梁に陰影を落とし、光沢ある黒衣を纏った体を滑って綺麗だ。
「そんなことないです。私がカスダル様にどつかれてた時、いつもさりげなく守ってくださいましたよね? カスダル様吹っ飛ばしてくださったり」
「……気づいていたのか」
「そりゃあ、まあ」
魔王様はまつ毛の長い目を伏せ、ぎゅっと唇を引き結ぶ。
気を遣っていたのがバレて申し訳ない、という様子だった。気にしなくていいのに。
「いつもありがとうございました。私が聖女を勤め上げられたのも魔王様のお陰です」
「ヒイロ殿、その……」
「なんでしょうか」
「…………」
魔王様は薄い唇を引き結んで押し黙る。
黙り込んだ魔王様を見て、黒龍さんがツンツン、と尻尾で突っつく。
せっつかれて、たっぷり時間をかけて、魔王様は溢すように唇を開いた。
「……どうか、元気で。会えなくなるから、寂しくなる。しかし……あの男と離れられてよかった」
「えへへ、心配おかけしました。最後にこうして二人でお話しできて、嬉しいです」
「せめて王都まで私に送らせてほしい。ここから婦女子ひとりで、馬車に乗るのは危険だから」
「え、……ありがたいですが、でも申し訳ないですよ」
「黒竜も送りたいと言っている」
鼻先を擦り付けてくる黒竜さんを撫で、魔王様は満月の瞳を細くする。
「うーん、じゃあ、何かお返しでも……あ、そうだ。魔王様、今お時間あります?」
「できた」
「で、できた?」
「君のためなら、いくらでも時間は作る。何だ」
「は、はい」
食いつきの強さにちょっと驚きながら、私は
魔王様の目が輝いた。
「それは……!」
食いつきの良さに、私は嬉しくなってニヤリと笑う。
「お礼と言ってはなんですが、よかったら私の料理、食べてもらえませんか? ……って、魔王様が私たちと同じような食事、召し上がられるのかはわかりませんけど」
こくこく。魔王様が急いで首を縦に振る。
「大丈夫だ、食べられる」
「そうと決まれば! 作っちゃいましょうお好み焼き!」
突然ソワソワし出した魔王様が可愛い。実は魔王様と戦っている時、
「任せてください。食材は……キャベツ一玉分の千切りよし、水よし、ソースにマヨネーズよし、あとは……」
私はうきうきと
魔王様が声をかけてきた。
「何か、……準備するものは」
「準備ですか? 特にはないですよ。……あっ」
「あ?」
私は肝心なものを忘れていた。私は青ざめて魔王様を見た。
「キッチンがない……いつもララさんに魔法で構築してもらっていたので……」
「そうか。聖女異能安全基準を満たさないのか……
私は聖女だから、使える魔法の制限も厳しい。火を操る魔法だけでなく、水を使う魔法も使えない。両方とも『大地』的には聖女の使用可能異能としてはアウトらしい。そういうのは全部ララさんの魔法任せだったのだ。すると魔王様は頼もしい言葉をかけてくれた。
「生成魔法くらいなら私ができる」
「すみません、ぜひお願いします!」
「構わない。君に頼られるのは悪くない、し……私も一緒に食べたいから」
魔王様がふっと微笑み、金瞳の視線を空間へと投げる。
それだけで、ふわっと一陣の風が吹き抜け、目の前に
目の前の鉄板で料理を焼いて、そのまま食べてもらえるつくりになっている。鉄板は広々としていて、カスダルをそのまま横に転がして焼けそうなくらい大きい。
「わあ! なんだか使い慣れた魔法台所にすごく似てます! そっくりです!」
「そうか」
「なんだか普段からララさんの魔法台所、よく見ていたような作りですね……」
「……ご、ごほん」
魔王様がキッチンを目にする機会があるとすれば、魔王城攻略中や玉座の間での挑戦の時だけだ。それだけの観察で、ここまで完璧なキッチンができるなんてすごい。
「あ……ああ。ずっと、みていた」
「これならいつもと同じ味が作れそうです!」
「手伝うが、私は何をすればいい?」
「あはは、いいですよ。座っててください」
そわそわとする魔王様に座ってもらい、私は鉄板を温め、油を引いていく。
すでに切っていた食材のパックを台所に並べる。
そして新しいボウルを取り出すと、私は光輪に念じて手を翳した。
光輪が淡い光を放ってくるくると回り 、私の手のひらから小麦粉が出てくる。
ーーちょっと恥ずかしいぞ。
頬が熱くなるのを感じながら、私は小麦粉と水を練ってサラサラの生地を作り、早速薄く焼き始めた。
おたまで鉄板に広げて、くるくる、薄ーく。
「おお……」
じゅうう、と音がする。
焼ける様を見ている魔王様は、子どもみたいな目をして釘付けだ。
えへへ。嬉しそうにされちゃうと張り切っちゃうな。
「この焼き方、戦いの中で編み出したんですよ」
「戦いの中で?」
「ええ」
丸く火が通った生地に、乾燥させた魚を粉にしたものをふりかけ、私は刻んでおいたキャベツや魔物の森で仕入れた香味野菜を乗せていく。
「みんなが傷ついて、すぐに何かを食べてもらわなきゃいけないとき、何も混ぜてない薄ーい焼いたの作ったら、すっごく便利だったんです。最悪、粉焼いたのだけ食べさせればいいからですね。そして、そればっかり焼いてるうちに、『あ、まだ時間の余裕あるならキャベツ乗せちゃお』『お肉あるなら乗せちゃお』って、余裕に応じて豪華になってっちゃって……」
ここで獣オーク肉の薄切りを、ふぁさっと。
熱気が心地よい鉄板の上で、焼いたものをくるっと反転。
「麺も焼いちゃいましょうね」
形を整えて、隣で焼きそばを焼き始める。
「麺にはたっぷり聖女異能を練り込んでるから、元気になりますよ」
絡めるソースは聖女教育を受けたときに学んだ薬学の知識や発酵食品の知識を活かして作ったものだ。麺の上に焼いていた塊を重ねると、一気に完成形が見えてきた。
「そして、今日は卵も残ってるので、卵乗せちゃいましょう!」
鉄板で割った卵でくるくる、生地と同じサイズ感に卵を焼いて、さらに塊を上に乗せて、くるっと反転。
ソースを絡めて盛り付ければ、完全版!聖女のお好み焼きの完成だ。
「はい、どうぞ! 鉄板の上なので、熱々でお召し上がりできますよ」
「見事だ。何層にも重なった食材が見事に調和して、食欲をそそる」
魔王様はうっとりとした眼差しで、私のお好み焼きを見つめてくれる。
そしてふと、お好み焼きの数を見て目を瞬かせた。
「まて、ヒイロ殿。黒竜の分も作ったのか?」
「あ、お召し上がりかなと思って、聞かずに作っちゃいました」
目の前には三つのお好み焼き。魔王様と、私と、黒竜さんの分。
あんなキラキラの目で見られていたので無意識に彼の分まで作ってしまっていた。食べれるのかな。
「いやあ嬉しいなあ俺の分まで」
「キャッ!?」
気がつけば魔王様の真横に、ガタイの良いお兄さんが着座していた。
筋肉質でツンツン黒髪に金メッシュが入った、マッパのお兄さんだ。
「この姿でははじめまして、ヒイロちゃん♡」
「は、はじめまして……」
魔王様が露骨にしかめる。
「婦女子の前でいきなり人間体になるな。服がない」
「だはは。テーブルで隠れるからセーフってことで一つ」
「……よければ私のエプロン貸しましょうか?」
「えっいいの? サンキュー」
「やめろ。汚い。ヒイロ殿もこいつを甘やかさないでくれ」
「……ふふっ」
魔王様と黒竜さんの様子に、私はクスクス笑ってしまう。
こうして心から楽しく笑えるのって、いつぶりだろうか。
「いただきます」
二人の所作はとても綺麗で、私はつい見惚れてしまった。
(……シノビドスも仕草が綺麗だったよなあ)
『拙者も、ヒイロ殿がこのパーティから離れるのは賛成でして』
言われた言葉を思い出して、寂しさでつんと目頭が熱くなる。
ーーその横顔を、魔王がじっと見ていることにヒイロは気づいていない。
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