第3話 自由への爆破
「あの坊ちゃんには煮え湯を飲まされてるからなあ」
「なあ、ちょっと姉ちゃん婚約者のアトシマツつけてくれよ」
「ま、待ってください、あの」
カスダル様は確かに外面がいい。しかしそれは美女と、貴族相手だけだ。
平民に対しての態度は貴族の中でも最低の最低レベル。特にここ最近は冒険者に喧嘩を売ることも多かったのでめちゃくちゃ嫌われていた。
後退りする私を、彼らはニヤニヤと追い詰めてくる。
周りを見回しても、みんな目を逸らして助けてくれない。ひどい。
「あの、待ってください。私は聖女ですよ? 一応、教会の管理下にある立場で、私に危害が及んだ場合あなた方に教会からの懲罰が」
「どーせ聖女サマなら何やっても元通りなんだろ? あんたさえ黙ってりゃ誰にもバレやしねえんだよ」
「か、神様……この国の建国神たる初代国王アイツィヒト陛下はお見通しですよ!」
「顔も見たことねえ神様なんて知るかよ! バーカ!!!」
「ヒッ、お助けーー!!!」
私は叫びながら逃げ出す。彼らは笑いながら追いかけてきた。
「ギャハハ、光輪があるから逃げらんねえぞ」
私は唇を噛み締めながら、必死に走った。
馬車の停留所から離れ、人の多い休憩所や露店の一角から離れ、商人やギルドや、いろんな業者が建てた煉瓦造りの倉庫の方へとかけていく。
「おいおい、そっちは誰もいねえのにどこ行くんだ」
「助けを求めたいくせに物陰に行くなんざ、ほんとは何か期待してんだろ??」
聖女は大地に愛された能力者。宿命的に他者を傷つける攻撃魔法は使えない。
誰だって魔法が使えるこの国で、火さえ道具がなければ起こせない。
だから一人だと割と無力だ。
走りながら頭の隅で、今までのことが頭をよぎる。
私は元々、この能力を活かしてみんなのお腹を満たす正規職のシスターになりたかった。
そんな夢だって未来だって、あの婚約者(カスダル)に散らされた。
仕方ないから覚悟を決めて聖女として婚約者として頑張ってきたのに捨てられて。
悔しい。悲しい。でも。
「私はようやく、自由になれたんだ」
私は煉瓦造りの倉庫に入る。廃棄予定なのだろう、倉庫の中はもぬけのからだった。私は両手を前にかざす。そして頭の『光輪』へと念じた。
しゅるしゅると光輪が輝いて旋回し、あたり一面に小麦粉が撒き散らされる。そして私は小麦粉をひと舐め、自らに防御結界を張る。
ーーそして倉庫の中にも。
「へっへっへ、追い詰めたぜ聖女様」
「まて、ここあたり一面真っ白」
今更気づいたって、もう遅い!
私は堂々と立ち、高らかに叫んだ。
「私はヒイロ・シーマシー、人呼んで小麦粉(コナモン)の聖女!! 聖女だってやるときはやるのよ、舐めないでちょうだい!!!」
そしてーー
ドーン!!!!!!!!!!!
私は爆発の中から、無傷でゆったりと倉庫を後にした。
「安心して。……私の粉塵爆発は、家屋や服が焼けて吹っ飛ぶだけよ」
衝撃で体は痛いし気絶するけど、基本的に無傷になるように保護される。
聖女は大地に愛されし能力者。異能で他者を傷つけることはできない。
でも家屋や服は全部焼くことくらいできるのだ。
「せいぜいマッパのアフロでヒッチハイクすることだわ、チンピラさん」
私は爆発を背に悠々と歩いていく。
ーーそして。
爆発の衝撃とともに、迷いが吹っ飛んでいったのを感じた。
「そうよ。カスダル様との関係も、いずれ無理がくるとはわかっていたわ。未練なんてないんだから、このまま私は新しい人生を歩むのよ」
私は振り返らない。
修道院にも戻れないし、婚約破棄された女なんて嫁の行き先もないだろう。けれど失ったものを数えても仕方ない。
「私は人生をとり戻すのよ!!」
「……ヒイロ殿」
感極まって独り言を呟く私に、不意打ちで後ろから呼び止める声が聞こえた。
振り返った刹那、一陣の突風が私を襲う。
「ーーッ!!」
思わず目を閉じ、そして風が止んだところで目を開けば。
目の前には見慣れた、長い黒髪の美しい黒衣の男が佇んでいた。
金色の瞳を細めて、彼は感情の読めない低い声音で呟く。
「災難だったな」
「……魔王様……」
ーー魔王様を見ると、胸がずきんと苦しくなる。
私はパーティから外された。もう私は、魔王様とは会えなくなるのだ。
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