コナモノ聖女はお忍び魔王のお気に入り~追放された聖女の食堂には、今日も溺愛の魔王と忍者がやってくる(ただし、交代で)

まえばる蒔乃

コナモノ聖女、自由になる

第1・2話 婚約破棄とカス婚約者

 午後の日差しが心地よい晴天。魔王の森の傍の馬車の停留所にて。

 私ヒイロ・シーマシーはいきなり、婚約者カスダル様に馬車から締め出された。

 貴族子息の嗜みである、魔王討伐挑戦遠征の帰り道だった。


「ヒイロ、お前婚約破棄な。ついでに用済みだからパーティから抜けてくれ」

「は……はあ?」

「だから、お前はもういらないって。追放な、追放。馬車も降りろよ」


 シッシッ、とする婚約者は、ストレリツィ伯爵の次男坊。

 プラチナブロンドに新緑の鮮やかな緑瞳が華やかな19歳の彼は、がっちりとした恵まれた体躯に眩い白銀の鎧を纏った美男子だ。見た目だけならまるで御伽噺の貴公子。

 そんな彼は蔑んだ表情で、私を見下し馬車を出立させようとする。


 私は慌てた。


「ま、待ってください。何があったんですか。いきなり、追放だの婚約破棄だの、御伽噺じゃないんですから」

「現実は小説より奇なりっつーことだハハハ、諦めろ」

「え、ええー」


 私は『聖女』ヒイロ・シーマシー16歳。

 桃灰色ピンクアッシュブラウンのロングヘアをおさげにした緋色あかい瞳の、どこにでもいる村娘のような容姿の小娘だ。

 カスダル様には「世界の端役の村娘」と罵られる十人並みの容姿なので、聖女の白装束と頭上で輝く『光輪』がなかったら、誰も聖女と思わないだろう。


「カスダル様、とにかく突然過ぎますよ。まずは王都に戻ってから、落ち着いてお話を」

「知らん、俺はもうお前の顔を見たくない」

「いやいやいや見たくないって、見たくないって言われても、私たちの婚約は正式に王宮に申請したものなんですよ。せめてまずは当主であるストレリツィ伯爵に一言、」

「親父にはもう話は通してんだよ」

「いつの間に!?」

「だから口答えすんな、平民以下の所帯じみた貧乳貧乏子爵娘が」


「……嘘でしょ……」


 胃の辺りがすっと冷たくなるような絶望を感じながら、私は呟いた。


 ーー今回の魔王城討伐も、いつもと特に変わらなかった。

 王都から魔王の森までパーティを組んで遠征し、森の魔獣を討伐しながら魔王城の試練の広間を次々と攻略していく。


 パーティメンバーは4名。

 カスダル様を筆頭に、魔女と忍者と、あと聖女わたし


 玉座の間までたどり着くと、砂時計が落ちるまでの時間、魔王に実力の全てを賭けて挑める挑戦権が与えられる。魔王様との戦い、その戦果に応じて魔王様が代表者に『証』となる魔絆を与えてくれるのだ。


 魔王挑戦の禊は18歳から22歳の貴族男子皆にとってのいわば成人の儀。

 パーティメンバーを集めるのも、人望やコネクションを示す意味があるという。

 その魔絆の内容によって、我が国の貴族子息の出世は決まるといってもいい。


 婚約者のカスダル様は19歳。

 同世代の子息には一人もいない、魔王に傷を負わせたことのある『天才』だ。


 今回の挑戦では手も足も出なかったけれど、まあそう言う日もある。

 会えただけでも十分功績として強い。


 ーーそういうわけで、私たちは森から撤退する道すがらだった。

 いきなり婚約破棄、はい追放、って言われても、困る。

 というか、カスダル様も困るんじゃないの!?


「いい加減飽き飽きしてたんだよ、お前には」

 

 カスダル様は私を汚いものを見るような目で見下しながら、はああ、と露骨なため息を吐く。


「最強聖女だからってお前と婚約してみたものの、まさかお前みたいな奴だとはな」

「それ、カスダル様の自業自得じゃないですか。私の異能がなんなのか確認しないまま、白銀クラスの聖女だからって修道院から無理矢理引っ張り出して、」

「ああ!?」

「ヒッ」


 私は息を呑んで縮こまる。だって結構本気で小突かれることもあったから。


「いいかヒイロ、俺はお前を捨てると決めたんだ。お前は頭上に輝く光輪の通り、天より聖女の異能ギフトを与えられた乙女。光輪の描く聖紋は豊穣を示す小麦を模した姿で、実際能力は白銀プラチナ白銀ーーいわば最強で、ありながら。お前にできることはなんだ」

小麦粉コナが出せる……それが何か?」

「そういうことだ」

「は?」

「ダッセーーーんだよ、お前は!!!!! ご大層な二つ名を教会から与えられながら、その実、『聖女最強、ただし能力は小麦粉で出る』だあ!? あまりにクッッソダサいんだよ!!!!」


 ヒステリー起こすと結構面倒なんだよなあ、と私は小さくなる。

 小さくなりつつも、ちょっとムカついたので言い返したいことは言い返す。


「そう言われてもカスダル様。さっき黒竜の吐息一つ避けられずにグロいことになって死にかけたじゃないですか。その時なんとかお好み焼きを口に突っ込んで、息を吹き返したの覚えてます?」

「うるさい、お前の防御異能が間に合わなかったのが悪いんだろ!?」

「いやそう言われても。あまりに無茶な特攻且つあっけない即死だったせいで、私だって不満が残ってるんですよ?」

「不満ってなんだ、不満って!?」

「お好み焼きの麺、もうちょっとパリパリにしたかったかなってあたりが自分的には70点だったんです」

「んなとこ気にしてんじゃねえ!!!!」


 どん、と馬車の壁を殴る。怖い。


「口の減らない女だな、ああ?」


 カスダル様がぎろり、と私を見下ろす。

 ーーやばい、この雰囲気、絶対平手打ちが飛んでくる!


「カスダル、まだ馬車出さないの?」


 凛とした声の美女がカスダル様の横から出てきた。


 燃えるような真っ赤なロングヘアを膝裏まで伸ばした黒装束のおしゃれな魔女さん。18歳のララさんだ。身分は男爵令嬢。ララさんは勝ち気な紫瞳を眇めて私を見下ろした。


「悪いけどあたしもあんたの追放には賛成なのよ、ヒイロ」


 ララさんが隣に来ると、カスダル様はわかりやすくデレっとなる。ムチムチで豊満な胸元に、明らかに視線を奪われている。ララさんはカスダル様を見ずに、髪の毛をかきあげながら溜息をついた。


「あたし緊張感とかそういうのはどうでもいいんだけど、太るのよ」

「太る……とは?」

「美味しすぎて、食べすぎちゃうから……」

「あら、まああ……」

「ほんっとムカつく!故郷では一番の美少女扱いだったあたしが!!! あたしが!! 悔しい!!」

「ひいい」


 そのとき、ララさんと私の間に黒い影が割って入ってくる。


「ララ殿ララ殿、八つ当たりはダメでござるよ。そういうのはちゃんと運動して痩せるのが一番で」

「あなたは黙ってなさいよシノビドス・イガハン!!」

「はわわ」


 ひょろっとした体に黒装束、頭巾を被って白いお面をつけたシノビドスは、顔は知らないけれど何かと私を庇ってくれていい人だ。


「しかし率直なところ……拙者も、ヒイロ殿がこのパーティから離れるのは賛成でして」

「えっ」


 割と仲良くしていたシノビドスにまで言われて、私はグサリと胸が痛くなる。

 シノビドスにも要らないと思われてたのだとしたら、ちょっと、ちょっと堪えるんだけど。


「ヒイロ殿、」


 何かを言いかけたシノビドスの言葉を遮るように、カスダル様が手をパン!と叩いた。


「というわけで! パーティには新しい聖女を迎える! ささっ自己紹介を」

「はーい♡」


 呼ばれて、他の馬車から銀髪巻毛をふわふわのボブにした、美しい女の人がが現れた。睫毛が長くて灰青色の垂れ目で、美しいS字曲線の肢体に纏うのは、私と同じーー聖女の白装束。

 聖女の証である『光輪』が、ぷかぷかと頭の上に浮かんでいる。

 肩幅くらいある『光輪』の私より二回りほど小さい、手のひらサイズの可愛い『光輪』だ。


 甘ったるく、彼女は私に首を傾げて微笑んだ。


「初めまして。聖女のヴィヴィアンヌ・パスウェストです♡ 年は16、能力は赤道サードランクですが、精一杯がんばりま〜す♡♡」

「というわけだ、ヒイロ。王都の屋敷にくれば手切金は寄越してやる。じゃあな」

 カスダルはそのままララさんとシノビドスとヴィヴィアンヌさんと一緒に馬車に乗り込むと、私を置いて去っていく。

 私を、本気の本気に、置き去りにして……


「え、うそ……うそ、本気……??」


 ここはあくまで馬車の停留所でしかない。泊まる宿も何も無い。

 しいて言うなら馭者の皆さんの休憩所があるけれど、酒と煙草と男の世界って感じで、正直言って女子供が入れるような場所じゃない。


「私、これからどうすれば」


 絶望した、その時。


「おい、あのでけー輪っか、あのカスダルパーティの聖女じゃねえか?」

「ほんとだ。こんなところで何やってんだよ」

「捨てられたのか?」


 嫌な気持ちで振り返る。

 そこにはにやにやと笑う柄の悪い冒険者の皆さんがいた。

 魔王の森は魔獣が多いので、高値で売れる素材集めに冒険者も多く集っているのだ。

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