第5章「生きてほしい」
第44話「天使が舞い降りた」
「それでは、ただいまより第47回岐阜県立藤川高等学校文化祭……開催です!!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
生徒達のけたたましい歓声が校舎中に響き渡る。華やかに飾り付けされた正門と、そこから並び立つ屋台の数々。一年に一度のビッグイベントの開幕に、誰もが心を踊らせていた。
待ちに待った今日は文化祭当日だ。藤川高等学校の文化祭は二日かけて行われ、模擬店や舞台、作品展覧会などの催し物でゲストを楽しませる。一般人客も大勢参加する規模の大きい行事である。
「いらっしゃいいらっしゃい! 文化祭定番定番のたこ焼きはいかが~」
「クレープ美味しいよ~」
「14時から演劇部のステージやりま~す! ぜひ見に来てくださ~い!」
「お化け屋敷寄ってきませんか~? 失神すること間違いなしですよ~!」
生徒達はプラカードを掲げたりチラシを配布したりして、必死に客の呼び込みを行う。アニメや漫画のキャラクターの衣装を手作りして着用する者や、クラスで統一して注文したオリジナルデザインのクラスTシャツを着用する者など、華やかな衣装に着替えて文化祭を取り上げている。
「あらぁ、随分と賑やかね~」
「うぇ……やかましい……」
凛奈は娘の優里を連れ、正門を潜って屋台の列を眺める。生徒達がみなぎる若さを武器に、全力で文化祭を盛り上げる姿を見て楽しむ。対して優里は気だるげな態度がにじみ出ており、生徒達の甲高い声を耳障りに感じているようだ。
「本当なら今頃たっくn……彼氏とデートのはずなのに……」
「ふふっ、ゆうちゃんもりーちゃんも、素敵な恋人ができて、ママ嬉しい♪」
優樹が正式に志乃に思いを告げたのと同時期に、実は優里も密かに恋人ができていた。数ヶ月前に優里は大学のゼミの先輩に告白したが、既に彼女がいるからと断られていた。だが、思い人への冷めない恋心を諦めきれず、熱烈のアプローチの末に見事告白を承諾された。どうやら付き合っていた彼女とは、早くも破局してしまっていたらしい。
「一途なところは、二人共ママにそっくりね♪」
「それより、優樹はどこなの? さっさとあいつの店に行って帰りましょ」
「そうだった、ゆうちゃんどこかな……」
凛奈はメガネをカチカチと揺らしながら辺りを見渡す。優樹のクラスはメイド喫茶をやっていると本人から聞いており、文化祭には絶対に来ないでほしいとも釘を刺されている。当然家族としては気にならないわけもなく、彼の言い付けを破って観察に来ている。
「ねぇ、あの子可愛くない?」
「ほんとだ、メイド服超似合ってる!」
「天使だ……」
校舎をぐるりと巡っていると、中庭の隅辺りに小さな人だかりができていた。屋台を展開しているわけでもなさそうだが、生徒達が集まって一人の生徒に注目している。どうやらキュートなメイド服に身を包んだ生徒を囲んでいるようだ。
「可愛い……まさか、ゆうちゃん!?」
「なんでそうなんのよ。メイド服着てるって言ってるでしょ」
凛奈は生徒の言葉を拾い、急いで人だかりの方へ駆け寄る。可愛いという言葉を聞いただけで、自分の息子であると結論付ける母親の支離滅裂な思考に、優里は酷く呆れる。普段から自分の子供の可愛さに浮かれるおかしな母親だが、一緒にいて退屈しないのは確かだ。
「絶対ゆうちゃんよ! 見て!」
「だからそんなわけ……」
「に、2年2組……メイド喫茶……やってます……ぜ、ぜひ……来てください……///」
そこには、メイド服を着てもじもじしながら、プラカードを掲げる優樹の姿があった。
「……マジで?」
優里は驚きのあまりメガネを落としそうになる。どうやら他の生徒に運営を任せ、外に出て自分のクラスの催し物の宣伝をしているようだ。羞恥心に圧し殺されている様子から、しているというよりさせられていると言った方が正しいだろう。
生徒達はメイド服を着せられて恥ずかしがる優樹を、物珍しそうに眺める。そこそこ似合っているため、反響は良いらしい。
「ひゃぁぁぁ!!! ゆうちゃん可愛い~!!! ほんと、メイド服すごく似合ってる!!!」
「え……かっ、母さん!? なんでここに!? 来ないでって言ったのに!」
「だってだって、ゆうちゃんが働いてるところ、見たかったんだもん!」
母親の姿に気が付いた途端、優樹は顔から火が出るような恥ずかしさに包まれた。既に恥ずかしさは限界を超えているが、母親にメイド服を着て女装している姿など見られたらもう、穴があったら入りたいどころの話ではない。存在ごと消し去ってしまいたい。そんな茹でダコ状態の息子をよそに、凛奈は優樹のメイド服姿を眺めてはしゃぎ倒す。
「ねぇ、写真撮ってもいい?」
「ダッ、ダメ! 絶対ダメ!///」
「えーっと、あ、あれ……スマフォ……あっ、家に忘れちゃった……」
「ふぅ……」
パシャッ
「……」
「げっ!? ね、姉さん……」
スマフォを探してバッグを漁る凛奈の隣で、優里がスマフォのカメラのシャッター音を鳴らす。真顔でカメラのレンズを向ける姉の存在に気付き、優樹は背筋を震わせる。
「りーちゃん! 後でその写真送って!」
「分かった」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
一人の哀れなメイドの叫び声が、中庭でこだました。
* * * * * * *
「……ったく、なんで俺達がこんなこと……」
「何か言いました?」
「べっ、別に~」
陽一が窮屈そうなメイド服に屈辱を感じながら、クラスメイトの女子に注意される。2年2組のメイド喫茶は他の模擬店を開いているクラスよりも繁盛しており、多くの客がクオリティの高いメイド衣装に惹かれて店に吸い込まれていく。
用意しているオムライスやハンバーグなどの料理は冷凍食品だが、衣装は全て手作りという熱意が功を制し、一日目から客の入りは順調だった。
「に、二名入りまーす……」
「おっ、ありがとう、浅野君!」
「やっぱり優樹君を呼び込みに回して正解だったわね!」
僕は母さんと姉さんを店内へ案内する。女子生徒達は精一杯練習した接客スキルを駆使し、客に極上のサービスを提供する。ほんの少しのスパイスとして混ぜたメイド男子も、その絵面の面白さが話題を呼び、集客に貢献している。恥ずかしがっている男子目当てで、生徒の客がぞろぞろと2組の教室に集まる。
「お~い、注文頼むで~。そこのキュートなメイドさ~ん♪」
「チクショー……立川の野郎……///」
星羅さんがにやけ顔を浮かべながら、席から陽一君を手招きする。僕のクラスでは、二日間で働くグループと文化祭を楽しむグループに分かれている。星羅さんは二日目に働くグループだ。メイド服を恥ずかしがっている男子達を客という安全圏でこれでもかとからかう。いつも生意気な彼の姿を見てきたから、何だか清々する。
「はぁ~、宮脇さんのメイド姿見たかったなぁ~」
「仕方ないよ、あの人が着てくれるわけないもん」
女子生徒が店内に設置されたテントのカーテンを眺めて呟く。志乃さんは一応一日目に働くグループなのだけど、彼女だけ接客は行わず、裏方で料理の準備を黙々と行う。メイド服を頑なに拒み、取って付けたような白いシンプルなエプロンを着用して料理を作っている。
「つーか、あいつのメイド姿なんかどうせ大したことねぇよ。むしろ似合わなさすぎて飯が不味くなるんじゃね?」
「陽一君!」
陽一君を叱る女子生徒達。僕は彼を殴りたい気持ちを必死で抑えながら、テントのカーテンを眺める。寂しく料理を暖めているであろう志乃の様子を想像する。クラスの総意が叶わないのはもどかしいが、彼女の呪いのことを考えると仕方ない。
だが、恋人として彼女が可愛い衣装に着替えて接客する姿を、どうしても期待してしまう。絶対に似合うと思うから。
僕も見たかったな……。
サッ
テントのカーテンが勢いよく開かれた。志乃さんが料理を運んできたようだ。
「えっ……///」
志乃さんの姿を目に入れた途端、体中の体温が急激に上がった。特に熱が顔に集中しているのが分かる。その場にいる誰もが、彼女に釘付けとなった。
志乃さんは少し恥ずかしそうな表情を浮かべ、メイド服を着用していた。黒の半袖ワンピースにフリルの付いた白いエプロンドレス、同じく白いフリルの付いたカチューシャ。それらを上手く組み合わせたキュートでセクシーなメイドが爆誕していた。
まさに、彼女こそがこの世に舞い降りた天使だ……。
「志乃さん……なんで……///」
「……せっかくの文化祭だから///」
そう言って、志乃さんは料理を待っているお客さんの席へと歩いていった。ただ歩く姿すら神々しく、いつまで眺めていても飽きなかった。散々彼女を馬鹿にしていたあの陽一君ですら言葉を失い、頬を赤く染めて彼女を見つめていた。かくいう僕も足が止まって、志乃さんから目を離すことができなくなっていた。
神様……ありがとう。今日が人生最高の日です。
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