第3章「最高の思い出」

第23話「もうすぐ夏休み」



 現代文65点、古典61点、数学Ⅱ79点、数学B75点、現代社会69点、日本史82点、化学基礎59点、生物基礎60点、英語コミュニケーション55点、英語倫理・表現60点。

 僕は配られた素点表を穴が空くほどチェックした。一教科ずつ解答用紙の採点と見比べた。丸の数と点数配分を見て、なけなしの頭脳で計算して確かめた。点数に間違いはないだろうか。


「……うん、間違いない!」


 何度見比べても不備は見つからなかった。僕は間違いなく全教科で50点以上を獲得している。つまり、僕は姉さんとの約束を守ったことになる。1学期の期末テストで全教科で50点以上を取らなければ、金輪際お小遣いは無しという約束を。元々お小遣いをくれていたのは母さんだけど……。


「やったー!!!」

「ようやったなぁ、優樹君! これで乞食にならずに済んだで!」

「元々乞食にはならねぇだろ」


 星羅さんと照也君も一緒になって喜んでくれた。星羅さんも危うかったそうだけど、赤点を一教科も取らなかった。照也君は普段から真面目にコツコツと勉強しているから、初めからそんなに心配は無用だ。

 それにしても、一年生の頃と比べると見違えた成長だ。自分で言うのも何だけど、地道に努力する姿勢が身に付いて、成績が上がったような気がする。


 それもこれも、全部志乃さんが勉強を教えてくれたおかげだ。


「ありがとう、志乃さん! 志乃さんのおかげで良い点取れたよ!」

「別に、私は何もしてないわよ」


 当たり前のように謙遜しているけど、志乃さんとの勉強会がなければ間違いなく今の僕の笑顔は泣き顔に変わっていたことだろう。特に一番苦手なはずだった数学で、70点台を取れたという事実が未だに信じられない。教えてもらった甲斐があった。






「それじゃあ、期末テスト大成功を祝って……」

『かんぱーい!』


 紙カップが柔らかい音を立ててぶつかり合う。僕らは放課後に期末テストを乗り越えたお祝いとして、もはやお馴染みの場所となった苺スイーツ専門店で軽い打ち上げを開いた。早くも新作の商品が販売されており、星羅さんは目の色を変えて僕らを引っ張って連れていった。


「ん~♪ やっば! 苺ミルクスムージー、うまぁ……」

「やっぱりテストを終えた後の甘いものは一味違うねぇ……」

「そうね」

「なんで俺まで……」


 授業や部活、テストに学校行事など、辛いことを乗り越えた後の放課後のちょでとした集まり。喫茶店でのんびりしたり、ゲームセンターで遊んだり、買い物をして楽しんだり……。

 そんな青春真っ盛りな高校生の幸せな風景に、志乃さんが当たり前のように溶け込んでいる。僕にはそれが嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。初めは呪いの存在が足かせとなって、恋愛どころか友達関係すらまともに作ることができなかった彼女が、こうして友達と幸せな一時を楽しんでいる。


 きっと志乃さんの影響で変われた僕と同じく、志乃さんも前向きに成長していっているのだろう。僕は美味しそうに苺ミルクスムージーを飲む彼女を、父親になったように微笑ましく眺めた。


「面倒事はほとんど終わったし、後はもうすぐ来る夏休みを待つだけだね」

「なぁなぁ、夏休みにこのメンバーでどっか旅行行かへん?」

「旅行?」

「お、いいね~」

「面倒事がまた一つ増えたな……」


 期末テストを終え、約二週間ほどの授業を乗り越えたら、僕ら学生が渇望する夏休みが待っている。甘いものパワーでテンションが上がった星羅さんが、なかなか面白いことを提案してきた。

 旅行なら5月のゴールデンウィークの時に、僕と星羅さん、照也君の三人で一泊二日の愛知旅行に行ったことがある。一日目は花江市のドリームアイランドパークで遊びまくって、二日目は名古屋市内を観光したっけ。


「早速計画立てないとね」

「今回は志乃も一緒やな!」

「え?」


 星羅さんが志乃さんの肩に手を置いて引き寄せる。志乃さんは自分も一緒に旅行に行くという前提の話であることに、どうやら気付いていなかったらしい。もはやこの四人で常に行動を共にしているのだから、話の流れで旅行のメンバーとして迎え入れられるのは必然的だ。

 それでも、志乃さんの頭には自分は付いていってはいけないという思考が働いていた。それは僕にも安易に想像できる。志乃さんのような美少女が旅先で出歩くと、見知らぬ地の人々の心を奪い、ついてに命まで奪ってしまうかもしれない。呪いの存在はどこまでも僕らの青春の邪魔をしてくる。


「当たり前やん、志乃は私らの親友やがな! この四人で初の旅行やで! 一緒に楽しもうや~」

「……」


 志乃さんは星羅さんの温かい言葉を光栄に思ってはいるようだけど、やはり旅行には乗り気ではないらしい。僕と志乃さん以外のみんなは、当然呪いの存在を知らない。一緒に旅行を楽しみたいという思いと、旅先の人々を危険に晒したくないという思いに挟まれ、身動きがとれなくなっている。


「僕も志乃さんと一緒に旅行に行きたいな」

「優樹君……」

「まだまだたくさんの思い出を一緒に作りたいし、志乃さんにも楽しんでもらいたいんだ」


 僕は僕なりに志乃さんを励ました。彼女が普通の高校生としての生活を望めるようになるためには、多少の欲望くらいは解放させてあげないといけない。もちろん呪いの存在が心配ではないわけではない。だけど、それ以上に志乃さんが当たり前の楽しみを味わうことができない現状が続くことの方が、今の僕にとっても死活問題でもある。


 見ず知らずの人を殺したくもないけど、志乃さんの心だって殺したくはない。


「……分かった」

「せやせや、そう来な! 照也も一緒に行きたいやろ!」

「いや、別に……」

「ほな決まりや! 四人でどっか行こか!」

「おい」


 乗り気でない人達を置いていき、星羅さんは苺ミルクスムージーをスズズッと飲み干した。








「旅行か……」

「お願い、お父さん。旅先では絶対何も起こらないようにするから」


 私は帰宅し、真っ先にお父さんの元へ向かった。夏休みの旅行のことを話し、行かせてもらえるよう許可を求めた。お父さんなら間違いなく、私が見知らぬ誰かを呪い殺してしまうことを警戒し、旅行など認めてくれないだろう。

 それでも、優樹君達の期待を裏切ることの方が、友達関係に早くも慣れてきた今の私にとって何倍も怖かった。私自身友達との旅行には憧れていたし、呪いを授かってから引っ越し以外でまともに遠出したことがない。


「本当に誰も危険な目に遭わせないと約束できるか?」

「えぇ」


 私の返事には何の根拠もないことは、お父さんにはお見通しだった。呪いは自分の意思で力を抑えることはできない。相手が自分に好意を抱いた時点で死の対象となるのだ。そんな危険が孕んだ状態で、不特定多数の観光客が集まる場所に身を置くことほど恐ろしいことはない。




「……分かった。約束を守れるのなら許可しよう」

「え? あ、ありがとう……」


 ところが、珍しくお父さんは許可をくれた。断られることを前提に頼み込んだつもりが、不思議と私の願いを快く受け入れてくれた。普段の娘の思いを理解しきれない父親の姿はどこへ行ったのだろうか。

 色々と心に引っ掛かることがあるけど、今回ばかりは都合が良くて助かる。親が許可したのだから、ここはありがたく楽しませてもらうことにする。


「くれぐれも目立つ行動はしないようにな」

「分かってる」


 私は自室に戻り、高揚した心を抑える。本当に自分は友達ができて、旅行に行くんだという現実を噛み締める。深呼吸すればするほど実感が沸かなくなって、私は頬をつねって本当に現実かどうか確かめたくなる。それほど自分が友達との旅行に憧れていたという事実に対しても驚愕を覚える。




「何事も起こりませんように……」


 私は夜空に輝き始めた一番星に祈った。


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