第17話「意外な一面」
「おったわ」
僕と志乃さん、星羅さんは一緒にこっそりと照也君を尾行する。彼はどうやら書店に向かったようだ。漫画でも買うつもりだろうか。
「読書好きの彼女やろか? それともインテリ系なんか?」
「まだ言ってるんだ……」
最初は密かに彼女ができていて、僕らに内緒で会いに行こうとしていたのかと思った。でも、どうやら誰かに会いに行く様子ではなさそうだ。
星羅さんはどういう思考か、未だに色恋の匂いを感じ取っている。ていうか、そもそも照也君の性格からして恋愛関係ではなさそうなくらい、少し考えれば至るはずだった。
「照也君、動くわよ」
「よし、付いていこう」
僕らは照也君の追跡を続行した、ふと、彼は雑誌コーナーで足を止め、棚に置いてある雑誌を一つ手に取る。僕らも気付かれないように、近くの漫画コーナーでテキトーに漫画を手に取って読み、客のふりをする。
「うわっ、こ、これ……エロ漫画じゃん!///」
「優樹君、静かにせぇや!」
「う、うん……///」
表紙もタイトルも何も確認せず、テキトーに選んで読み始めたため、それがR-18のアダルトコミックであることを、ページを開いて初めて気付いた。びっくりした……急に視界に女の子の爆乳が飛び込んできて、思わず声を出してしまった。
なんでエロ漫画がこんなところに置いてあるんだ……普通R-18作品コーナーに置いてあるはずなのに。誰かが一般向けの棚まで持ってきて、置き忘れていったのか。
でも、よく見てみるとこの女の子の胸は……なかなか……///
「優樹君……」
「あっ、いや、ち、違うんだ志乃さん! べ、別に普段からこういうの好きなわけじゃないから! ただ、つい好奇心というか……だから引かないで!」
志乃さんがエロ漫画に夢中になる僕を、ジト目で見つめる。別に夢中になっていたわけではない。女の子の胸なんて滅多に見られるものではないから、ただの絵とはいえ珍しくてつい釘付けになってしまっていただけだ。
まぁ……女の人の生の胸なら、母さんとお風呂に入った時に少し……って、何考えてるんだ僕は! これじゃ変態じゃないか!/// ていうか、そんなことどうでもいいだろ!
「そんなにうろたえなくてもいいじゃない。男の子なんだからそういうのに興味あるのは自然なことだし」
「いや、そうじゃなくって!///」
「だから静かにせぇって! 照也に気付かれるやろ!」
星羅さんにつっこまれ、現実に意識を戻す。そうだ、照也君を尾行しに来たんだ。照也君の彼女がどんな人か……じゃなくて! 彼が勉強会の参加を断ってまで行きたかった用事とは何なのか。それを突き止めるんだ。
「あっ、移動するで!」
照也君が動き出した。右手に雑誌を一つ掴み、レジに足を運ぶ。雑誌が薄いビニールで包装されており、遠目ではどんな内容のものかは判別できない。立ち読みできなかったからか、彼の表情が心なしか沈んでいるように見える。
それでも、きっとそれが買えるのを待ち望んでいたんだろう。すぐに笑顔に戻って足取りが軽くなる。あんなに表情豊かな照也君は初めて見る。これが彼の行かなきゃいけない用事なのだろうか。
「楽しそうね」
「何買ったんだろう……」
「ちょいと確かめよか!」
僕らは照也君が立っていた雑誌コーナーの棚を確認する。彼が購入した雑誌が置いてあった場所に、雑誌の正体が記されているはずだ。
「ここやな……って……え……」
「どうしたの?」
星羅さんは雑誌が置かれていたであろう棚を確認する。そこには照也君が選んだのと同じ雑誌がもう1冊置かれていた。そのタイトルを見て、星羅さんは目を丸くした。僕も照也君が買った雑誌が何か分かり、言葉を失くした。
翌日。昼休みとなり、僕らはいつものように中庭のベンチへと向かった。いつも教室からわざわざ外に出ていくことは手間だけど、今回だけは周りに人がいないであろう中庭という場所が、非常に助かる。
「照也!」
「な、何だよ……」
全員集合した途端、星羅さんが照也君にヌッと顔を近付けた。
「あんた、今までなんで黙っとったん?」
「何をだよ……ていうか、近ぇ」
星羅さんはそのまま照也君を植木へと追い込む。壁ドンまでしてしまいそうな勢いだ。
「いやぁ、知らんかったわぁ」
サッ
「あんたが
「なっ!?」
星羅さんはスマフォで佳代子さんの写真を見せ付ける。照也君はあからさまに動揺した。
片桐佳代子。一部のファンから絶大な人気を誇る女性モデルだ。様々な雑誌に載っており、若すぎず老けすぎない絶妙な歳に見える容姿が売りらしい。
「な、何のことだよ……」
「とぼけても無駄やでぇ。昨日書店で写真集買うてるところ、バッチシ見とったんやから!」
「嘘だろ……」
照也君はこの世の終わりとも言えるほどの絶望的な表情を浮かべながら、星羅さんを見つめる。余程みんなには知られたくなかったことらしい。
「さぁ、観念してお縄にかかりぃや!」
「お縄って……」
星羅さんがおかしなテンションに傾き始めた。照也君はうつ向いて黙り込む。何だろう……とても和やかな午後の昼食時とは思えない。いつから午後のサスペンスが始まったんだろう。それこそ佳代子さんのような初老の女の人が好むような番組の光景だ。
「……俺、実は歳上の女が好きなんだ」
照也君はまさに殺人犯が動機を自白するように、重々しく口にした。あの真面目な照也君が言ったとは到底思えないような、聞いたら自分の耳の聴力を疑いたくなるほどの衝撃的な内容だった。
「しかも、そこそこ歳がいった女……熟女って言ったら分かりやすいか。別に恋愛的な意味で好きってわけじゃねぇけど、その年頃の大人の女が魅力的に思えて……」
僕は改めて星羅さんのスマフォに映った佳代子さんの写真を見る。確かにシワが少しでき始めているけど、そんなに歳をとりすぎているという印象は感じない。かといってテレビによく出演するような、若手の美人女優よりは確実に歳をとっていると分かるほどの、絶妙な老け方をしていた。
「特に佳代子さんの歳のとり方は完璧だ。完全に一目惚れだったよ。それで俺……一気にファンになったんだ」
「じゃあ、昨日買ってたのは……」
「佳代子さんの写真集だよ。そんなにメジャーではないから心配いらねぇけど、でも万が一のことを考えて売り切れになるまでに買いたくて……」
昨日はその写真集の発売日だったのか。きっと照也君にとって、その人は神様のような偉大な方なのだろう。僕らとの勉強会より優先したくなるほどの。理由を聞いて納得した。だが、納得はしたものの、彼の意外な趣向を目の当たりにして、理解がまだ少し追い付けない。
「……っぶ、ぶはははははは!!!!!」
すると、突然星羅さんが爆笑し始めた。常識的に考えて、気まずさが走るこの場面で笑うという反応は考えられない。どういうつもりだろうか。
「ちょっと、星羅……」
「なんや、そんなことかいな!」
「そんなことってお前……馬鹿にするなよ。ずっと隠してたんだぞ。こんなキモい趣味してる奴って思われたくなくて……」
志乃さんも流石に笑うのはおかしいと思い、星羅さんを止めようとする。それでも、星羅さんはお構い無しに続ける。
「全然キモくないやん。私もこの人結構好きやで。確かに50代とは思えんほど綺麗やしな。ファンになるのも分かるで」
「え……」
予想外の展開に呆然とする照也君。ここに来て星羅さんのことを侮っていた。たった一日でただのクラスメイトだった僕と親しくなってしまった彼女だ。今さら普通の人が知ったら引くような友人の秘密を前にしたところで、彼女の中での印象が揺らぐはずがなかった。
「好きなもんは好きやって、堂々としぃや。こそこそ楽しむより最高やで。自慢したらええねん。この人を大好きな俺、最高や~って!」
「星羅……」
照也君の表情がだんだん和らいでいる。まるでセラピストのように、彼の心を解きほぐしていく星羅さん。名付けてセイラピストだね。ごめん、調子乗って変なダジャレ考えちゃった。意味分かんないって言われそうだな。
「サ、サンキュー……」
「おっ、照也照れとんのか? 珍しいなぁ。照也も照れるやん……なんてな♪」
「……」
辺り一面がまるで氷河期にワープさせられたように、一気に冷えていく。こっちにもくだらないダジャレを言ってる人がいた。でもまぁ、それが星羅さんの魅力だし、だからこそ照也君も彼女に心を許している。
「……ふふっ」
ふと、くすぐられたような笑い声が聞こえた。
「え……」
「志乃さん……?」
「ちょっ……見つめ……ふっ……ないで……ふふっ……止まら……なっ、ないから……ははっ……」
星羅さんのダジャレがツボにはまったのか、志乃さんが吹き出しそうなのを必死に我慢していた。マジか……志乃さん、今のが面白かったの? 彼女がこんなに笑ってる姿を初めて見た。
「志乃ぉ……あんたもええ奴やなぁ!!!」
「や、やめ……ふへへっ……」
自分のギャグで笑ってくれたことが、余程嬉しかったんだろう。星羅さんは志乃さんに思い切り抱き付く。抱き付いた勢いで、我慢が爆発して大笑いが炸裂してしまいそうだ。何とか限界点の手前でこらえ、威厳を保ってはいるけれど。
次々と友人の珍しい姿を見せてくれる星羅さんに、僕は感謝した。本当になんて最高の親友と巡り会えたことだろう。その事実と幸福を噛み締め、僕まで笑ってしまいそうになった。
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