第15話「似た者同士」
「……」
「……」
その日は一日中、志乃さんと星羅さんはギスギスしたままだった。午後の美術の授業で写生をしていた二人が、ふと目が合う。星羅さんはムキになり、わざとそっぽを向く。気まずい二人を、僕は離れた席から眺める。美術室に緊迫した空気が流れる。
実に子供っぽい態度だけど、自分の好きなものを馬鹿にされた気分になって、彼女も余程不機嫌なのだろう。
カチャッ
何か音がしたような……気のせいかな。
「ハァ……」
「まだ宮脇とは仲直りしてないのか?」
「せやかて、志乃さんのあの態度だって酷いやん!」
僕は星羅さんと照也君の三人で帰り道を歩く。結局放課後まで志乃さんと星羅さんの険悪な空気は解消されず、お互いに帰路に着いた。本当は志乃さんにも帰る前に声をかけたかったけど、僕が準備する前に驚くべき早業で鞄片付けを済ませ、下校してしまった。
「まぁまぁ、明日話してみようよ」
「どう話したらええか分からんもん……」
「元気出して。とりあえず今は志乃さんのことは置いといて、甘いものでも食べに行って元気出そう!」
いつになく不安に駆られる星羅さんを励ますため、僕は彼女を喫茶店に誘った。放課後遊びに行こうという話になった時、行きたい場所が特に思い浮かばなかった場合に、とりあえず喫茶店で甘いものを食べようというのがお決まりの流れだ。昼間のお土産だけじゃ物足りないのか、自分の舌がまだ甘いものを求めている。
「せやな……結局私を救えるのは、糖分だけや!」
「よし、決まりだね。行こう!」
「また食うのかよ……太るぞ」
「あんたは黙っとき」
星羅さんは嫌そうな態度をとる照也君を無理やり引っ張り、お店のある方向へと連れていく。どんなことを言われても、照也君の言葉だけはすぐに許せるのだ。照也君も文句を言いながらも、何だかんだで一緒に行ってくれている。
この二人、実は密かにお似合いだと思ってるんだよね。他のクラスメイトよりも別格で親密だ。もっと距離が縮まらないかな。
「この先にある喫茶店、丁度この間志乃さんと一緒に行ったんだ。苺パフェ、美味しかったよ」
「せやろせやろ! せやのに苺の良さが分からんとか、志乃さんも見る目がな……あっ……」
ふと、星羅さんの足が止まる。
「苺と言えば、誰か私のチーゴちゃん知らん?」
「誰だそれ」
「誰って……ベリーキュートな苺の妖精やで!? 知らんの!?」
「知らんの」
星羅さんが言うには、日本各地に点在する苺スイーツ専門店では、宣伝のためのマスコットキャラクターが作られているという。星羅さんがスマフォで画像を見せてくれた。
赤い苺の形の帽子に、薄い赤肌に赤いシャツ、赤いショートパンツに赤いブーツ。そして赤い妖精の羽。苺らしく、やたらと赤を基調としたキャラクターだ。言っちゃ悪いけど、なんか血まみれになってるみたい。
「チーゴちゃんのキーホルダー、確か学校鞄に付けてあったはずやのに……どこ行ってまったんや……」
「さっき鞄片付けに時間かかっていたのは、そういうことだったんだね」
「そういうのはもっと早くに言えよ……」
学校鞄の中をガサゴソ漁る星羅さん。放課後、学校を出る前にやたらと床を見渡したり、机の中を覗き込んだりしていた。失くしたキーホルダーは、苺スイーツ専門店のみで販売している限定品だという。
ずっと探していたんだ。きっと僕達が一緒に帰ろうと声をかけて、待たせるわけにはいかないと教室での捜索を断念したのだろう。それは申し訳ないことをしたなぁ。
「しゃーない……あのお店で買うてくかぁ」
「今度は保存用と観賞用とかも買っておくと、いざって時に便利かもね」
「オタクかよ」
この間志乃さんと一緒に来た時も、グッズコーナーが展開されていたことを思い出した。チーゴちゃんのキーホルダーやアクリルスタンド、ぬいぐるみ、スマフォケース、ポーチ、マスキングテープなど、苺好き……というか、チーゴちゃん好きにはたまらない豪華なラインナップが揃っていた。
「憂さ晴らしに色々買うてみるのもええかもなぁ……って、え……?」
ふと、星羅さんの足が止まる。彼女の視線を追うと、なんと苺スイーツ専門店から出てくる志乃さんの姿が見えた。制服を着ていることから、僕らと同じ下校途中に寄っている。こちらの存在には気付かず、彼女は物寂しい表情を浮かべてうつ向きながら背を向けて帰っていく。
「宮脇……なんでここに……」
「苺好きそうには見えへんかったけどなぁ。昼間の態度からして」
「もしかして……」
僕は志乃さんの行動を察した。彼女の不器用さに、失礼ながらクスッと笑えてしまった。
「……え?」
翌日の昼休みに、志乃さんは星羅さんの席へと向かう。彼女が教室で自分から誰かに話しかけに行くなんて、初めての出来事だ。クラスのみんなはそれぞれ自分達の昼食を頬張ることに夢中で、珍しい行動をとる志乃さんに気付いていない。
「……なんや?」
星羅さんは不機嫌そうな表情を変えず、じっと志乃さんを見つめる。僕と照也君も嫌な予感を抱きつつも、近寄り難くて離れた席で見守ることしかできない。
「……これ」
「え? これって……」
志乃さんは星羅さんにあるものを差し出した。それは、ずっと探していたチーゴちゃんのキーホルダーだった。チーゴちゃんの笑顔に感化されていくように、星羅さんのしかめっ面が徐々に和らいでいく。透明な袋に詰められていることから、わざわざお店で新品を買ってきたようだ。
そうか、昨日志乃さんが苺スイーツ専門店にいたのって……。
「わざわざ買うてきたん?」
「昨日放課後に教室を出る時、あなたがこのキーホルダー失くして困ってるの見たから……」
志乃さんは視線を反らしたまま、チーゴちゃんのキーホルダーを掴んだ手を伸ばす。困っている星羅さんに誰よりもいち早く気付いて、代わりのものを手に入れようとしてくれていたんだ。
「志乃さん……」
スッ
「悪いなぁ、私、もう新しいの昨日買うてん……」
「え?」
星羅さんは申し訳なさそうに、昨日買ったチーゴちゃんのキーホルダーを取り出す。志乃さんは目を大きく見開いて、キーホルダーを見つめ返す。先程まで幸せそうに笑っていたチーゴちゃんの顔が、無駄に終わった志乃さんの行動を嘲笑うように見えてしまった。
……いや、無駄なんかじゃない。
「でも、ほんま嬉しいわぁ。ありがとうな」
「え、えぇ……」
星羅さんがチーゴちゃんにも負けない満面の笑みを見せる。志乃さんの善意は無駄じゃないと励ますように微笑みかける。緊迫した空気が一変、花畑に来たような和やかな雰囲気に包まれた。
「志乃さん、実は僕も同じやつ持ってるんだ~」
「正直恥ずいけどな……」
もうそろそろ加わってもいいかな。僕と照也君は自分のキーホルダーを取り出し、星羅さんと志乃さんに見せる。一人一個ずつ、同じキーホルダーを持っている。お揃いというやつだ。
「僕達、お揃いだね!」
「お揃い……」
「あ、志乃さん、昨日はごめんなぁ。私、苺大好きすぎて、志乃さんのお土産の曖昧な感想につい苛立ってもうて……」
星羅さんは手を合わせて謝った。和やかな雰囲気に変わり、ようやく謝罪が通るようになった。星羅さんは大好きなものにとことん正直な性格だけど、それが行き過ぎてムキになってしまうことがある。特に苺の話題になると相当だ。
「ほんまごめん!」
「私の方こそごめん……。本当は私、苺大好きなんだけど、子供っぽいって思われるのが恥ずかしくて……」
「え!? 志乃さんも苺好きなん!?」
突然星羅さんが志乃さんの両手を掴んだ。苺大好きというフレーズに急に食い付いたため、周りの生徒も二人の親密そうな様子に気付き始める。そんなこともお構い無しに、星羅さんは志乃さんに顔を近付ける。
「私ら似た者同士や~ん! 甘くてジューシーで……ほんま苺って最高やおなぁ!」
「で、でも……この歳になって大好物が苺とか……」
「歳なんか関係ないって! 大好きなもんは大好きって、ハッキリ言ったらええねん! そんなん気にせんとき!」
まるで志乃さんの表面上に蓄積された羞恥心を削り取るように、星羅さんは前向きな言葉を重ねていく。これが彼女の本当の強さだ。相手のコンプレックスなんかすぐに吹き飛ばし、懐にズカズカと入り込んであっという間に仲良くなってしまう。僕と星羅さんが知り合った時も、同じような光景を体感したなぁ。
彼女が僕の親友であることが、実に誇らしい。
「なぁ、志乃って呼んでも大丈夫?」
「別にいいけど……」
「ありがと! ほんま最高の気分やわぁ……これから苺好き同士よろしくな!」
「ええ……」
星羅さんと志乃さんは、固い握手を交わす。ほぼ星羅さんが無理やり押し込んでる空気が否めないけど、早くも志乃さんに僕以外の親しい友人ができて、何だかすごく嬉しくなった。
「ほな、今日の放課後、四人であのお店行こか~! 志乃を迎え入れる親睦会やるで~!」
「お~、いいね~」
「俺もかよ!? ていうか、昨日行ったばっかだろ!」
乗り気でない照也君を差し置いて、僕らは無邪気に盛り上がる。苺好きという志乃さんの意外な一面を知ることができた。これからも一緒にいろんなところに行ったり、いろんなものを食べたりしながら、まだ友達の知らないことを更に知れたりするのかな。
僕にはそれが楽しみで仕方なかった。
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