第2章「尾崎村」

第14話「喧嘩?」



「志乃さん、お待たせ~」

「うん」


 僕は志乃さんの座るベンチの隣へと腰かける。今日も星羅さんに志乃さんとの関係のことでからかわれて、少し遅れてしまった。恋仲であることはもちろん否定するけど、この間僕らは晴れて友達となった。その事実があるだけで、何だか誇らしい。


「志乃さん、今日もそれだけ?」

「ええ。でも美味しいのよ」


 志乃さんの今日のお昼ご飯は、ハムとトウモロコシを重ねたハムコーンブレッド。ハムのジューシーさと、コーンのプチプチした食感がやみつきになると、志乃さんはレクチャーする。


「ああ……それ凄く人気だって、星羅さん言ってかも」

「まぁ、滅多に割引されないのがネックだけど」


 志乃さんは購買でよく惣菜パンを買うため、おすすめの商品などを時々紹介してくれる。実は僕は密かにそれを楽しみにしている。彼女が唯一見せてくれる素顔のような気がするからだ。


「たまにはみんなと好きな惣菜パンを買って、分けっこするってのもいいかもね」

「みんなって?」

「えっと、星羅さんとか照也君とか……」


 ふと何気なく口にしたことだけど、そうか……志乃さんはいつも一人でいたから、大人数で食事を囲むという感覚がないんだ。僕の言葉を聞いた途端、志乃さんの視線が地面の方へと下がっていく。


「優樹君は普通に他の友達がいるのよね」

「あ、うん。みんな優しくていい人だよ」


 何となく志乃さんの気持ちを察することができる。彼女が今苛まれているのは罪悪感だ。自分が周りに見られて噂されるのが嫌だからと、僕をわざわざ中庭に来させ、一緒にお昼ご飯を食べさせているこの状況を、申し訳なく思っている。

 別に僕は気にしてはいないけど、確かに最近は志乃さんとばかり昼食を共にしていて、照也君と星羅さんの二人とは久しく一緒に食べていない。


「……志乃さん、照也君や星羅さんも一緒に誘わない?」

「え?」


 僕は思いきって提案した。念願の志乃さんの友達になれたわけだけども、友達が僕一人だけというのも寂しいだろう。これを機にいろんな人達と関係を結んでほしい。試しに照也君と星羅さんもお昼に誘ってみたくなった。志乃さんと仲良くなるきっかけ作りのために。


「二人とも本当にいい人だからさ、志乃さんのこと受け入れてくれると思うよ」

「それは別にいいんだけど……周りに見られないかしら……」


 やはりそのことを気にしているのか。大人数になればなるほど、その中心にいる志乃さんの存在の異質さが目立ち、更なる黒い噂が囁かれ兼ねない。僕と一緒にお昼ご飯を食べていることは、奇跡的には照也君と星羅さん以外には知られていない。


「いいよ。悪く言う人は言わせておけばいいんだよ。その人の方が悪いんだし」

「そのメンタルが羨ましいわ……」

「ダメ……かな?」

「分かった。誘っても……いい」

「よし、明日は四人で食べよう!」


 受け入れてくれてよかった。ずっと想像していたのだ。いつもの三人組に志乃さんが加われば、きっと昼食はもっと楽しくなるだろうなぁと。


 この時の僕は、周りから見れば淡すぎる期待しか抱えていなかったと思う。








「なぁ、本当に一緒に食べなあかんの?」


 可愛い袋に詰まった弁当箱を抱えながら、星羅さんが不満げに呟く。僕は早くも誘ったことを後悔しかけている。志乃さんに対して不信感を募らせる星羅さんを見て、二人が寛太君の葬式で言い争いをしていたことを思い出した。


「大丈夫! 志乃さん本当はいい人だから!」

「ふーん」


 照也君が気だるげに呟く。多分照也君は何も言わなさそうだけど、星羅さんの挙動が心配だなぁ……。




「志乃さん、お待たせ」

「……」


 僕らは中庭に辿り着いた。志乃さんはいつになく不安そうというか、迷惑そうな顔で僕の後ろにいる二人を見つめる。まるで変質者を見るような目付きだった。


「宮脇志乃さん……やんな? 私は立川星羅。よろしくな」

「神林照也、よろしく」

「よろしく……」


 あからさまに不器用な自己紹介をする三人。名前以外何も口にしない。これほどまでに「気まずい」という言葉がよく似合う場面を、僕は今まで遭遇したことがない。そう思えるほどに空気が張り詰めており、温かいはずのお弁当が冷えきってしまっている。心なしかお通夜に近い雰囲気すら感じてしまう。


「そや! 私、ええもん持ってきたで!」 


 一旦志乃さんが一緒にいることを忘れ、星羅さんは弁当袋とは別に持ってきた大きな紙袋を見せびらかす。普段のテンションと同じ声色で話してくれたことは正直助かる。このいかにも知人が死んでますみたいな空気のまま、楽しく食事は続けられない。


「私、土日に京都に旅行行ってん! お土産買うてきたで!」

「贅沢だな。もうすぐ期末テストあるってのに」

「息抜きやって! 息抜き!」


 星羅さんは紙袋からお土産を取り出した。無駄にキャピキャピしたピンク色のパッケージに、苺のイラストがドでかく描かれていた。苺大好きな星羅さんがいかにも好みそうなお菓子だ。雰囲気からして和菓子だろうか。


「ありがとう! ……って、苺ショートケーキ大福!? 何これ!?」

「凄いやろ! つい衝動買いしてまったわ♪」


 ショートケーキと大福……洋菓子と和菓子のミックスとは、これまた度肝を抜かれた。最近志乃さんとよく喫茶店に行って、甘いものはたらふく食べてきた。そろそろ甘味は飽きてきたと思っていた頃だけど、これはデザートは別腹精神を言い訳に口にしたくなる代物だ。


「いただきます。うん……美味しい!」

「せやろ! 苺は正義やで! 照也はどうや?」

「……美味しい」


 もちもちの生地の中に、苺風味のホイップクリームとクッキークランチが挟まっていて、ふわふわとザクザクの食感が上手く合わさり、絶妙に飽きさせない味加減だ。本当に大福とショートケーキを一緒に食べているような感覚を楽しむことができる。


「……」


 志乃さんもモグモグと大福を頬張る。甘いものを堪能する無邪気さが滲み出ている。意外と甘党なのかもしれない。喫茶店に行った時はスイーツとかは全く注文はしないけども。


「志乃さん、どうや?」

「べ、別に……普通よ」


 星羅さんが唐突に感想を求める。志乃さんは緩んだ頬を元に戻し、慌てて返事する。あからさまに美味しいと感じているけど、甘いものに浮かれていると思われたくないのだろうか。僕は勝手ながら想像した。別にそんなこと気にしなくてもいいのに。


「普通って……何や、せっかく買うてきたのにその反応は。美味しくないんか?」

「……普通」

「はぁ!?」


 志乃さんは頑なに「普通」という言葉を貫き通す。浮かれている自分を悟られたくない気持ちと、不味いという感想は流石に相手を傷付けるからと判断しての申し訳なさが、心の中で渦を巻いていた。




「……トイレ行ってくる」


 星羅さんは不機嫌になって立ち上がり、ズカズカと中庭を出ていく。大好きな苺を馬鹿にされたように感じたんだろう。普段は活気と優しさに満ち溢れ、意外と気遣いができるしっかり者の彼女だけど、大好きなものには一層厳しくなる。


「せ、星羅さん……」

「おい、星羅、待て」


 態度が急変して逃げていく星羅さんを、照也君が慌てて追いかける。




 ベンチに残された僕と志乃さんの間に、沈黙が挟み込む。


「えっと、志乃さん……ごめん……」

「ううん、悪いのは私」


 志乃さんはお昼ご飯に口をつけず、その場で固まってしまった。そうだ……彼女は僕以外の人と関わり慣れていないのだ。普段から他人に対して粗末な扱いをしており、その癖が抜けずについつい嫌な態度をとってしまう。結局、星羅さんも照也君も昼休みが終わるまで戻ってくることはなかった。


「……」


 僕は志乃さんにどのように言葉をかけたらよいか分からなかった。この時の僕も、彼女と同じく不器用に成り下がってしまったのかもしれない。その日、初めて僕はお弁当を全部食べきることができず、母さんに謝った。


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