第13話「友情の証明」



 志乃は越河駅前の広場の噴水に腰かける。スマフォで映画館のホームページを検索し、今日鑑賞する映画を調べる。『シュバルツ王国大戦記おうこくたいせんき THE FINAL SWORD』。いかにも厨二病感溢れる痛いタイトルが、無駄に神々しいフォントで表示されている。

 原作漫画は読んだことはないが、存在は知っていた。アニメも放映されており、完結に伴って最終話付近のエピソードが映画化されたようだ。


「ハァ……」


 自分一人なら決して見に行くことはない。何なら漫画やアニメ、映画などの娯楽に一切興味はない。

 しかし、優樹が誘ってくれたという事情一つで、不思議と足を運んでしまう。ここまで呪いの影響を受けず、長い関係を築き上げてきた彼の期待を裏切るのは、流石に申し訳ない。そういった理由もある。


「……」


 今日で優樹が日記を書き始めて七日目。丁度一週間である。正直、彼のことを侮っていた。どこかのタイミングで友情が愛情に変わり、死亡してしまうと思い込んでいた。初めは彼の優しさが鬱陶しくて仕方なく、失礼ながら残酷な結末を迎えてしまえばいいと思っていた。

 しかし、彼は宣言通りここまで生き延びた。彼の無意味と思われていた日記は、彼の決意の強さを示す何よりの証明となっていた。


 この一日を共に乗り越えたら、彼は晴れて友達となる。




“志乃、楽しみだね”


“何よ、遠足前の眠れない小学生みたいじゃない”


“ふふっ、だって本当に眠れなかったんだよ。志乃と一緒に行けるなんて幸せなんだから”


“もう……”


 脳裏に懐かしい記憶が流れ込んでくる。越河市に引っ越しする前、かつて住んでいた村で親しかった同じ中学校の男子との思い出だ。緑髪の彼が微笑み、志乃に手を伸ばす。記憶の中の志乃は、普段の彼女とは別人と思えるほど、朗らかな笑顔を浮かべて歩いていた。


“すまん……志乃……実は……”


 あの頃の笑顔を失ったのは、最愛の母親を失った後だ。そこから立て続けに彼も亡くし、自分が被恋慕死別の呪縛を受け継いでいたことを、父親から聞かされた。それから父親との関係に亀裂が入った。砕け散ることはなかったが、今でもあの時の父親の判断は憎らしく思っている。




「優樹君……遅いわね……」


 志乃はスマフォで時刻を表示する。現在、午前10時13分。約束の待ち合わせ時間の午前10時を過ぎている。向こうから一緒に映画を見に行こうと言っておいて、遅刻とはいい度胸だ。辿り着いたら一言文句を言ってやろう。志乃は文句の内容を考えて時間を潰した。




「ん?」


 すると、かなり遠くの道路で救急車のサイレンの音が聞こえた。音がすぐに遠ざかっており、想像よりも近い場所で事故か何かが起きたと思われる。道行く人は自分とは関係ないため、何気ない顔で聞き流す。志乃も呪いを受け継ぐ前は同じような反応で過ごすことができていた。


「……」


 だが志乃だけは、妙な胸騒ぎを感じた。姿を見せない友人と、近くを走る救急車のサイレン。その二つの不吉な組み合わせは、これまでに何度か経験している。かつて自分に惚れてしまった男達は、同じ運命を辿っていった。


「まさか……」


 志乃はスマフォで検索フォームを開き、キーワードを入力する。岐阜県、越河市、事故、最近……。検索欄が文字で埋められていく度に、フリック入力する指先が小刻みに震えていく。

 未だ感じたことのない……いや、感じたことはあるにしても、長らく味わっていない恐怖が指先を強ばらせていく。想像したくもない可能性が、頭の中で無慈悲に形を成していく。




「……!」


 そして、決して見たくはなかった可能性が、像を結んで志乃の瞳へと飛び込んでくる。検索結果で出てきたとあるニュース記事が、一番最初に表示される。18分前に掲載された最新の記事だ。




【速報】越河市にて衝突事故 男子高校生 意識不明の重症


 志乃の血の気が引いた。見出しの文だけでも、彼女を絶望に陥れるには十分だった。場所、タイミング、被害者……何から何まで志乃の望まぬ結末を形作っていた。慌てて記事の続きを読む。


“7月3日午前9時35分頃、岐阜県越河市で横断歩道を渡ろうとした歩行者と、普通自動車が衝突する事故が発生しました。市立の高等学校に通う男性1名が重症を負い、病院に搬送されました。目撃者の証言によると……”


 どこをどう切り取っても、これから待ち合わせをしている優樹のこととしか思えなかった。事故に遭った男子高校生は、意識不明の重症で病院へ搬送されたらしい。だが、意識を失うほどの事故となると、結末は望み薄だろう。

 志乃は心臓が張り裂けるような衝撃を受けた。彼が自分とは関係なしに、勝手に亡くなったのであれば気に病むことはない。しかし、ある程度の友好的な関係を築いているのであれば話は別だ。


 間違いなく彼は被恋慕死別の呪縛によって、事故に巻き込まれた。彼は志乃に恋心を抱いてしまった。


「……!」


 志乃はすぐさま事故現場へと駆けていった。検索結果には現場の映像もヒットしたため、そこから正確な場所を割り出して向かった。既に被害者は病院に搬送されたため、現場にはいない。しかし、それに気付く頃には既に現場に近付いていた。




「ハァ……ハァ……ハァ……」


 志乃は息を切らしつつも、事故現場へと辿り着いた。電柱を軸に多くの立ち入り禁止のテープが貼られ、周りは大人数の野次馬で近付けなかった。志乃は荒ぶる心臓を必死に押さえながら、野次馬の背中を見つめる。


「優樹……君……」


 ついに彼が犠牲となってしまった。故意ではないとはいえ、自分が呪いで彼を殺した。常に明るく振る舞い、多くの友人に囲まれていた。そんな彼の笑顔が花咲くことは今後二度とない。

 そう思うと、罪悪感と恐怖が次々と体中を蝕んでいった。そして、初めて自分が彼の存在を心から受け入れていたことに気付いた。鬱陶しくて仕方なかった彼の優しさを、無意識に望んでいた自分に驚いた。


「い、嫌……優樹君……」


 そう、自分達はもう既に……








「……志乃さん?」


 すると、背後から声をかけられた。志乃は恐る恐る振り向く。


「優樹……君……」

「志乃さんもここに来たの? だいぶ近かったからね……」


 優樹がいた。普段の屈託ない笑顔を浮かべながら、志乃に歩み寄る。


「優樹君こそ……」

「あ、遅刻してごめんね。財布を家に忘れちゃって、途中で気付いて家に取りに戻ってたんだ。そしたらここら辺が騒がしくて……」

「そう……だったの……はぁ……」


 志乃はその場で深くため息を吐く。事故に遭った男子生徒は優樹ではないことを知り、安堵する。


「えっ、志乃さん、涙が……どうしたの……」

「なっ、何でもないわ」


 いつの間にか無自覚に涙を浮かべており、優樹に心配されたしまった。志乃は表面上強がりながらも、心の中で良かったと安堵する。


 同時に、優樹に死んでほしくないと願っている自分に驚いた。今までは自分の呪いのせいで誰かを失い、悲しい思いは何度かしたものの、呪いの存在があるためにどこか仕方ないことだと割りきっている部分もあった。

 しかし、本気で優樹に死んでほしくないと願っていることから、自分は既に優樹を親しい仲間として認めているのだと気付く。


「優樹君、行きましょ」

「あ、うん、そうだね」








「楽しかったね~」

「まぁまぁね」


 優樹と志乃は帰り道、夕日に照らされた街道を並んで歩く。結局今日も映画を見た後、近くの喫茶店でお茶をした。こんなに満喫した日曜日は久しぶりかもしれない。志乃にとっても、優樹にとっても。


「ねぇ、一週間、経ったよ」

「……」

「僕達は友達ってことで、いいかな?」


 優樹は恐る恐る志乃に尋ねる。恋心を持たず、一週間生き延びたら、友達として認めてもよいという約束だった。切り出すのにも相当な勇気がいるが、なんせ自分は呪いの影響を一切受けず、今日という日を迎えたのだ。優樹は自信を持って聞いた。


「何言ってんの」

「え?」


 志乃の返事に驚く優樹。ここに来てまさか約束を無かったことにされてしまうのではと、手に汗を握る。




「私達、もうとっくに友達じゃないの」

「えっ……」

「あなた、言ってたでしょ。友達はなろうとしてなるものじゃなくて、いつの間にかなってるものだって」


 これまた意外な台詞が出てきて驚く優樹。まるで友達が一人もいない彼女の方が、友情とは何たるかを十分に理解しているようだった。まさか彼女の方から同じことを教えられるとは思わなかった。


「じゃあ、僕達友達でいいんだね!?」

「だからそう言ってんでしょ」

「やったー!!!」


 優樹はまたもや子供のように跳び跳ねて喜ぶ。これまで積み上げてきた努力の成果が、最高の結末をもって迎えられた。志乃は幼稚な性格に呆れるも、優樹が生き延びてくれてよかったと、安心している自分がいることに気付く。

 恋心を抱いているわけではないが、ここまで彼女と友好的に接し、一週間生き延びた者は初めてである。


 誰かと友達という関係として生活することは、今も不安でたまらない。しかし、自分が誰よりも他人との繋がりを求めていることは確かだ。優樹と過ごす今後の日々に賭けてみようと、志乃は彼の笑顔を見て思った。


「それじゃあ、今日のことも日記に書かなきゃ! これからもよろしくね、志乃さん!」

「えぇ」


 優樹も持ってきた友達日記を開き、七日目のページに今日の日記を書き始める。今後も彼の日記が途切れることはない。これは命絶えることなく続いていく友情の証明だ。志乃と共に過ごす今後の生活に、一体何が待っているのだろうかと、優樹は期待を膨らませながら帰路に着いた。


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