第11話「謳歌」
僕は小学生を追っ払った後、クレーンゲームの台に戻ってきた。財布から小銭を数枚取り出す。やっと遊べるよ……。
料金は一回につき二百円か。僕が小学生の頃は一回百円だった気がする。時代が進むにつれて、色々なものが高価になっていく。悲しいなぁ。僕は百円玉を二枚入れ、クレーンゲームを起動させる。
「……」
「よーし」
ヒュッ
「あ、あれ……」
慎重に操作したつもりが、アームがシマエナガの体を掴み損ねた。ぬいぐるみがほぼ綺麗な球体に近いから、絶妙に掴みにくいんだ。クレーンゲームは星羅さんや照也君とよく遊ぶから、それほど苦手ではない。だけど、今回は難航するかもしれない。
「もう一回」
ヒュッ
「ふぇっ?」
またしてもシマエナガはアームから転がり落ち、元いた場所へ鎮座する。ぬいぐるみの形もあるけど、アームの閉じる力が弱かったり、移動する際にフラフラ揺れたりするのも原因だ。
「くっ……」
ヒュッ
「あっ……」
三回目、失敗。
ヒュッ
「うわっ……」
四回目、同じく。
ヒュッ
「ひぃぃ……」
五回目、敗北。
ヒュッ
「ぬわぁぁぁぁぁ!!!」
n回目、撃沈。
これで何回目だろうか。10回目を過ぎた辺りから数えていないけど、多分20回は余裕で超えていると思う。ただひたすらシマエナガがアームから落ちる音と僕の悲鳴が木霊し、小銭が溶けて消えていく時間が続いている。
先程より三分の一ばかり財布が軽くなった気がする。最初は小銭の山で見えなかった財布の底が、今では小銭が埋める面積よりも格段に広くなっている。
ヒュッ
そして、また失敗する。今までこんなに失敗したことなどなかったけど、今日に限ってゲームに嫌われている。せっかく志乃さんに男らしいところを見せようと思ったのに。
「ちょっと貸して」
「え?」
再び調整しようとする僕の横から、志乃さんがぬるりと割り込んできた。そのまま操作レバーが彼女の手に託される。
「……」
ガサッ
「取れた」
「はぁっ!?」
思わずドスの効いた厳つい声が出てしまった。アームはシマエナガをしっかり掴み、小刻みに揺れつつも絶妙なバランス感覚を保ち、穴へと移動した。アームが開き、ぬいぐるみはそのまま景品取り出し口の中へ。見惚れてしまうほどの巧みな操作で、見事景品を手に入れた。
「ど、どうやったの!? なんで取れたの!?」
「普通にやったら普通に取れた」
「普通って……」
志乃さんが「別に普通のことをしただけですが何か?」と訴えるような、あまりにも落ち着いた口調で語るものだから、僕は唖然としてしまった。僕も普通に操作したつもりなんだけどなぁ。どうやら僕の普通と彼女の普通の間には、深くて大きい隔たりがあるようだ。
「クレーンゲームなんて初めてやった。でも、楽しいわね」
「え……う、うん!」
よかった。志乃さんは楽しんでくれてるみたいだ。彼女は自分の手に握ったぬいぐるみを見つめる。不機嫌そうな表情をしているけど、その顔の裏で僅かに喜びが垣間見える。普段表に出せないだけで、彼女も可愛いものが好きなんだ。案外女の子らしいところがあるじゃないか。
「ねぇ、次、プリクラ撮ろうよ!」
「え、嫌だ」
「前に照也君達と来たことあるから、色々教えてあげるね~」
「あなたに耳は付いていないの?」
断る志乃さんを無視して、僕はプリクラコーナーへと向かった。ちょっと無理矢理な気もするけど、文句を言いながらもちゃっかり付いてきてくれる。やっぱり優しいなぁ。
この機会に志乃さんが遊んだことないであろうゲームを、とことん楽しませてあげよう。僕らは時間が許す限り、ゲームセンターを思う存分謳歌した。
「楽しかったー!」
「疲れた……」
僕は志乃さんと一緒にとある喫茶店へやって来た。ここは照也君や星羅さんとよく来る行き着けの喫茶店だ。余裕ができたら、いつか志乃さんも連れて四人でいけるといいな。
「誰かさんが無理やり連れ回すもんだから、もう足がパンパンよ」
「ご、ごめん……」
不満を垂らしながらも、志乃さんはスマフォでダウンロードしたプリクラの写真のデータを眺める。すごく楽しかったんだろう。間違いなく彼女にとって初めての経験だろうから、新鮮な気分を味わわせてあげられてよかった。地味な茶色Tシャツとサングラス姿なのがあれだけど……。
「えっと、志乃さんどうする?」
「……」
僕は志乃さんに注文を尋ねる。彼女はテストで超難問を解く時のような、険しい表情でメニューを見つめる。そんなに睨み付けなくてもいいんじゃないかな……。せっかく可愛くて美味しそうなスイーツ達が怖がっちゃうよ。
「えっと、いち……」
「ん?」
「……」
今、志乃さんが何か言いかけたけど、すぐに口を閉じてしまった。何を頼むつもりだったんだろう。
「ア、アイスコーヒーで……」
「渋いね~。僕は……そうだなぁ……マンゴージュースと、苺パフェにしようかな。ここの苺パフェが美味しいって、星羅さんが言ってたし」
「……」
何だか……視線を感じる。志乃さんが真顔で僕の顔を見つめてくる。どうしたんだろう。
「な、何?」
「別に」
僕は志乃さんと一緒に喫茶店を出て駅へと向かう。欲を言えば晩ご飯も一緒に食べたいけど、彼女だって疲れているだろう。これ以上わがままを言って付き合わせるわけにはいかない。
あ、付き合うっていうのは、分かるよね。恋人になるっていう意味ではないからね。勘違いしないで。殺さないで。
「よし、あと一日だ……」
「……」
志乃さんはかなり悔しそうな顔をしている。最初は諦めるか途中で死んでしまうか、どちらにせよここまで関係が続くなど思っていなかっただろう。あと一日日記を書くことができれば、正真正銘僕と志乃さんは友達だ。
「ねぇ、明日は暇?」
「明日は家の掃除」
「明後日は?」
「大丈夫だけど……」
志乃さんが嘘を付かずに暇であることを認めた。今、彼女は焦っている。そんな状態で別の用事があると嘘を付いても、すぐに勘付かれてしまうと判断したのだろう。
だいぶ彼女の思考が読み取れるようになってきた。きっと彼女に寄り添おうとしてきた努力の賜物だろう。自分で自分を称えるのもアレだけど、何だか嬉しいなぁ。
「じゃあさ、今度は一緒に映画見に行こうよ」
「映画?」
「映画館、行ったことない?」
「家族となら……ある」
ということは、友達と行くのは初めてということか。
「一緒に行かない?」
「……いいわ」
「やったー! じゃあ今度の日曜日、オアシス越河のオーシャンシネマね!」
ゲームセンターに行ったり、喫茶店に行ったり、映画館に行ったり……。今は何かしたいことや目的地がないと誘えないし、やっぱり乗り気には見えない志乃さんのことを考えると、無理やり付いてきてもらっているのではと考えてしまう。
「……分かった」
でも、志乃さんは最終的に僕の誘いを受けてくれるようになった。今日も彼女が楽しそうに遊んでいるところを見られただけで、僕は満足だ。だんだん心が丸くなってきた彼女に、僕もまた喜びを隠しきれなかった。
「あー! さっきのカップルだ! またラブラブー!」
「ほんとだー! ラブラブー!」
「ラブラブじゃなーい!!!!!」
それでもまだ、あくまで僕らは友達だ。
私は駅前広場で優樹君と別れ、越河駅の改札口へと向かう。改札にかざした定期券がピッと音を鳴らす。登校以外で利用するのは、これが初めてかもしれない。
「……」
優樹君が友達日記なるものを書き始めてから、明日で丁度一週間が経過する。何事もなく明日を迎えることができたら、私と彼は友達という関係を築くことになる。今までて一番長く関係が続いた異性だ。
「もう一週間……か……」
そう、彼が呪いで亡くなったのも、あの日から丁度一週間経った後だった。かつての悲劇を塗り替えられる時が、ようやく訪れるのだろうか。不安と期待が入り交じった胸を抱えながら、私は電車を待った。
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