第10話「自惚れデート」



 その日はいつもより早くチャイムが鳴った。先生達が放課後に職員会議を開くからと、生徒は早めに下校することになっている。普段より階段を下りる生徒達の足取りが軽い。

 帰ったら真面目に勉強するようにと担任の先生は釘を刺してきたけど、今の僕には優先すべきことがある。勉強なんてやってる場合じゃない。母さんごめんなさい。


「それじゃあ、駅前広場で待ち合わせね!」

「ええ」


 志乃さんはいつものように静かに廊下を出ていく。そう、今日の放課後は志乃さんとゲームセンターに遊びに行くのだ。お昼ご飯も一緒に食べて、しかも放課後まで一緒にいられるのだ。こんな幸福、宝くじに当選するよりも奇跡と言えるだろう。


「やけにご機嫌だな」

「何? 優樹、この後何かあるん?」

「え!? いやぁ……」


 星羅さんに問い詰められた。誰かに教えたら間違いなく注目が集まるため、誰にも他言しないでほしいと志乃さんから約束されている。いくら相手が星羅さんと照也君でも、教えるわけにはいかない。


「べ、別に!」

「嘘つけ。お前が人を騙せない性格なの、知ってんぞ」


 流石照也君だ。親友の考えていることなんか、九九を唱えるようにスラスラと思い浮かぶらしい。でも、志乃さんの秘密が発覚する恐れがある以上、頑張って欺き通すしかない。


「分かった。志乃さんとどっか行くんやろ!」

「なるほど。デートか」

「ちっ、違うよ! 志乃さんとじゃないよ!!!」

「ほな、誰なん?」


 まずい……慌ててごまかそうとしたけど、話がおかしな方向に発展しようとしている……えっと……。




「かっ、母さんとデート!!!」




「……は?」


 ダッ!

 僕は二人を教室に置き去りにし、急いで廊下へと出ていく。


「相変わらずマザコンだな……あいつ」

「え……あれホンマなん?」


 どうやら上手く欺けたようだ。 






 ……欺けたのかな?(笑)








 時刻は午後3時24分。約束の待ち合わせ時間まで、残り6分。僕は越河駅前の広場のベンチで、スマフォの時計とにらめっこをしている。別に1分経過する度に分数が増えていくだけの様子が、ひたすら続くだけである。それでも、時間の流れのような無機質なものを眺めていないと、ソワソワして仕方がない。


 だって……志乃さんと初めて遊びに行くのだ。


「はぁ……」


 僕は緊張のあまりため息をこぼす。息を吐いていくらか軽くなったはずなのに、自分の体が大岩のように重たくなってしまったように感じる。

 同い年の女の子と二人きりでどこかに遊びに行くなど、僕は一切経験したことがない。一応星羅さんという異性の親友はいるけども、いつも照也君も付いてきて三人で行動している。複数人で遊ぶことにはもう慣れている。だが、「二人きり」という条件が加われば、話は別だ。


「……」


 志乃さんはどんな格好をしてくるだろう。お互いに一度帰宅し、私服に着替えてからまた駅前広場に集合という話になっている。志乃さんの到着を待っている間、ずっと彼女がどんな衣装を着てやって来るのか考えている。

 彼女のことだから、きっと普段から身だしなみにも気を遣っているだろう。制服以外の姿って、一体どんな感じなんだろう。私服の志乃さんをいまいち想像できないけど、間違いなく綺麗に着こなしてくるという確信だけは持てる。




 あれ……待てよ。今更だけど二人きりで外に遊びに行くなんて、照也君達が言ってたように、これってデートなんじゃ……




「……!?」


 僕はすぐさま脳裏に浮かんだ言葉を振り払った。何自惚れているんだ僕は! デートなわけないだろ! ていうか、これがデートだとしたら、今日が僕の人生最終日だ。交通事故に遭うか殺人事件に遭うかして死んでしまう。


「お待たせ」


 変に意識していたら、志乃さんに恋心を抱いていると、呪いに認識されてしまう。彼女はあくまで友達だ。今日はただ友達とゲームセンターで遊ぶだけ。調子に乗るなよ、浅野優樹。ドキドキするなよ、浅野優樹。これは断じてデートではない。


「優樹君」


 それに、別に志乃さんだって意識してるわけじゃないだろう。僕のことを友達認定すらしていないのだから。そんな僕の誘いに乗ってくれたことは嬉しいけど、内心嫌々に違いない。変に意識していたら、尚更迷惑がかかるというものだ。


「ねぇ、聞いてる?」


 ほら、隣にいる志乃さんだって呆れて……




 ……え?


「うわっ!? 志乃さん! いつの間に!?」

 「今着いたところ。あなたの方から誘っておいて、無視とはいい度胸ね」

「ごっ、ごめんなさい!!!」


 僕は咄嗟に土下座する。そのまま地面をペロペロ舐めてしまいそうなほどの勢いのある土下座だ。


「やめてよ、恥ずかしいんだけど」

「あははっ、ごめんごめん……」


 志乃さんのことを考えていて志乃さんの存在に気が付かないとは、非常に申し訳ないなぁ。




「それで……志乃さん……その格好は何?」


 そろそろ触れていいかな。僕は志乃さんの格好をまじまじと見つめる。彼女はハンチング帽を深く被り、サングラスをかけてボーイッシュな茶色いシャツを着ていた。例えるなら、まるでパパラッチから逃れる有名アイドルのオフショットのようだった。


「こんな格好でもしないと、私の美貌を見て好きになった人達が次々と殺されちゃうでしょ」

「そんなつもりはないと思うけど、なんかナルシストみたいな発言に聞こえるよ……」


 志乃さん、出かける時はいつもこんな格好をしてるのかな。学校に行く時は流石に制服を着て行かないといけないけど、休日はこの格好で外出していると思うと、失礼ながら笑いが込み上げてくる。

 でも、確かに呪いの存在が邪魔になっては、お洒落もろくに楽しめないだろう。彼女が一度着飾れば、たちまち彼女に見惚れた男達が呪い殺されてしまう。考えれば考えるほど可哀想だ。殺される男達も、志乃さん自身も。


「それで、ゲームセンターはどこにあるの?」

「あ、えっと、この先のデパートだよ」


 志乃さんの格好に気を取られて、今日の目的を忘れかけていた。僕は志乃さんと一緒にデパートへ向かって歩き出す。端から見たら「何だこの人達……」って思われるんだろうなぁ……。






 デパートの二階、東端にあるゲームセンターに到着した。クレーンゲームやレースゲーム、リズムゲームなどの数々のゲーム台を眺め、志乃さんは宝物を見つけた探検家のように目を輝かせる。


「……うるさいわね」


 しかし、すぐに緩んだ頬を固め、空気を悪くするような台詞を口にする。子供のように内心浮かれていることを悟られたくないんだろうなぁ。何だか可愛いや。


 ……って、可愛いっていうのは言葉のあやだから! 別に僕は異性として意識してるわけじゃないから! か、勘違いしないでよね! 


「あ、見て、シマエナガだよ。可愛いね」


 そう、可愛いというのは、クレーンゲームの景品になっているシマエナガのぬいぐるみのことだ。決して志乃さんのことを言ったわけではない。……これまでの文脈だと無理があるか。


「あんまり可愛くない」

「よし、取ってあげるよ」

「いらない」

「あ、僕が今日は誘ったんだから、僕がお金出すよ。待っててね」


 僕は志乃さんの返事を無視し、財布を取り出す。冷たい台詞を次々と吐くけど、それが彼女の本心ではないことくらい、もう僕には判別できる。欲しそうにしている心を隠しきれていないよ。


「あ、見てー、ラブラブだー!」

「ほんとだー! ラブラブー!」

「ちっ、違うから!!!」


 すると、突然通りすがりの生意気な小学生が、僕らを見て指差し騒ぎ立てる。僕は慌てて彼らを追い払う。年上のくせに取り乱して恥ずかしいけど、ただほんのりと赤く染まった頬を、恋心を抱いたと認識されたくないだけだ。だって死んじゃうんだもん。

 決して志乃さんと二人きりの時間を、デートと思ってはいない。これはただの友達との外出だ。


 僕は自惚れてなんか……ない……。


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