第9話「一緒にやりたいこと」



 翌日の昼休み。僕は再び志乃さんの元へ赴き、昼食を共にする。まだ人目を避けてしか一緒にいられないから、いつもの中庭のベンチで待ち合わせだ。志乃さんは常に先にベンチに座って待っている。


「よし!」


 中庭へ出る渡り廊下の人通りが少なくなったタイミングで、僕はベンチへと駆け寄る。僕が志乃さんと一緒にいるところを誰かに見られたら、そこからまたしても黒い噂が帯を広げて多くの生徒に口にされる。

 面倒くさいと感じてしまうけど、これも志乃さんに友達として認めてもらうためだ。友達認定まで、今日を含めてあと四日!


「お待たせ!」

「うん」


 志乃さんの昼食は今日も菓子パンだ。30円引きシールが貼ってあるのと、苺牛乳は昨日と同じ。焼きそばパンから卵ロールパンに変わっている。まだ口を付けていない様子だった。


「志乃さん……僕が来るまで待ってくれてたの?」

「勘違いしないで。私もついさっき来たばかりだから、まだ食べてないだけよ」

「凄い! 生ツンデレだ!」

「そんなんじゃないって」


 今日は珍しいものが見れたなぁ。志乃さんのツンデレが見れるなんて。漫画やアニメの世界だけの代物だと思っていた。

 まぁ、呪いの存在を教えてもらった夜も、それっぽいものを見せてくれたけどね。でも、映画の撮影の舞台裏を見学できたような、何だか得した気分だ。後で日記に書いておかなくちゃ。


「でも、本当にありがとね。今日もお昼一緒に食べてくれて」

「うん」


 僕は志乃さんの隣に座り、弁当箱を開ける。今日も母さんが作ってくれた幼稚なおかずだけど、志乃さんと一緒に食べられるだけで恥ずかしさが中和されていくような気がする。


「何だか友達って感じがするよね!」

「まだよ。あと三日残ってるから」

「厳しいなぁ」


 一週間日記を書き続けて生き延びたら、友達として認めてもらえるという約束だ。今まで彼女の懐の奥の奥に入り込めた人はいなかったのだろう。

 みんなどこかしらで志乃さんの女性的魅力に惹かれ、恋愛感情を抱いて呪いの餌食となってしまった。命懸けのゲームのようだ。僕は決して脱落はしないぞ。


「志乃さんは友達を作ったことないの? 友達と一緒にお昼食べたり、遊んだりとかさ」

「こんな呪いを抱えながらできると思う?」

「何かごめんね……」


 余計な水を差してしまったかな。申し訳ないや。しかし、今まで相当辛い孤独に苦しんできたことだろう。友達と昼食を食べたことも、一緒に遊んだこともない。それではあまりに可哀想だ。人生一度きりの学生生活を、志乃さんにも思う存分楽しんでほしい。


「志乃さん、僕でよかったら付き合うよ」

「優樹君……付き合うって……」

「え? あっ、つ、付き合うってのは、彼氏になるってわけじゃなくて! 恋愛とかそんなんじゃないから! これはノーカンで! お願い!」


 僕は思わず滑らせた言葉を必死に訂正する。今の発言を恋愛感情を抱いたものとして認識されたら、僕の人生は終了である。たった一瞬の不用意な発言で命の危機に晒されるとは、なんて危ないデスゲームなんだ……。


「お願いって言われても、呪いの力は故意じゃないから……」

「とにかく、付き合うっていうのは、一緒にご飯食べたり、遊びに行ったりするのに付き合うよって意味!」


 僕は値切りを交渉するように必死に訂正を続ける。志乃さんは友達と一緒に楽しい思い出を作った経験がない。何も楽しめないまま限りある学生生活を終えてしまうなんて勿体無いし、可哀想で仕方ない。上から目線で聞こえたら申し訳ないけど、僕が相手になってたくさん経験させてあげたい。


「ほら、見て」

「友達とやりたいことリスト……?」

「昨日ちょっと考えてきたんだ」


 僕は友達日記の最新のページを開く。そこには、普段仲の良い友達と一緒にする他愛もない行動がずらりと書き連ねられている。「美味しいご飯を食べる」「ゲームで遊ぶ」、「勉強する」「旅行に行く」「カラオケに行く」「喫茶店でお茶する」など。


「志乃さんと一緒にやってみたいことをまとめたんだ。志乃さんも友達とこういうのあまりしたことないんでしょ?」

「あまりと言うか、全くないわ」

「じゃあ丁度いいね! 一緒にやろう!」


 僕は志乃さんに微笑みかける。今よく行動を共にする星羅さんや照也君も、一緒にカラオケに行ったことがきっかけで仲良くなった。日常に溢れる他愛もない楽しみを経験し、思い出を積み重ねていくうちに、いつの間にか仲良くなっていく。友達とはそういうものだ。


「友達ってそういうものなのね」

「そうだよ。案外なろうとしてなるものじゃないかもね」

「いつの間にかなるもの……勉強になるわ」


 お、志乃さんも思ったより興味を示しているぞ。最近は僕の言うことに対して批判したり、冷たくあしらったりするような素振りが見られなくなってきた。日記を書き始めて四日目。ついに現実的な可能性が見えてきた。これは日記に記録すべき案件だ。


「そうだ! 早速今日の放課後、一緒にゲームセンター行かない?」

「無理。宿題あるから」


 あ、冷たい……出来立てのかき氷のように冷たい。宿題は断る理由のために無理やり捻り出したのだと、流石に鈍感な僕でも分かる。宿題が課されているのはみんな同じだろう。やっぱり志乃さんの心にはまだまだ近付けそうにないようだ。




「……でも、明日ならいい」

「ほんと!?」

「下校時刻早いから」

「うん! 行こう! やったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 僕は立ち上がって飛び跳ねる。志乃さんと一緒にいるところを見られてしまうかもしれないことも忘れ、子供のように喜ぶ。思わぬ変化球が流れ込んできた。しかも一緒に行ってくれる方向で。何だ何だ? 今回の志乃さんはやけに積極的だぞ?


「でも、本当に私でいいの? いつも一緒にいる友達と行った方が楽しいと思うけど」

「みんなともいいけど、志乃とも一度行ってみたいって思ってたからさ」


 志乃さんが珍しく前向き……って言っていいのかな? とにかく、珍しく誰かと何か行動を共にしてくれる雰囲気だから、このチャンスを逃すわけにはいかない。僕は志乃さんを離すまいとするためだけに言葉を並べた。この時だけは、明日が来るのが遅く感じて仕方がなかった。






「というわけで、志乃さんと一緒にゲームセンターに行くことになったよ!」

「どういうわけやねん!!!」


 昼食から帰ってきた僕は、教室で星羅さんと照也君に志乃さんとの間であったことを報告する。昨日からの日課となっているのだ。

 早速星羅さんから関西人お得意のツッコミが返ってきた。まぁ、あの冷徹な志乃さんが僕とゲームセンターに遊びにいくことを許可したのだから、その反応は分かる。それにしても驚きすぎな気もするけど。


「優樹……お前すげぇな」

「えへへ……」


 だんだん志乃さんが心を許してくれているのを感じる。まだまだ友達として認めてくれてるわけではないけど、認定されるのも時間の問題ではないかと思うほど、事が上手く運びすぎている。得体の知れない何者かに幻を見せられているのではと、不吉な妄想までしてしまう。


「でも男女二人きりでゲームセンターとか、もはやデートやんけ」

「デッ!? デ……」


 星羅さんがニヤニヤした表情で僕を見つめてくる。頬杖をついていて、白い歯がギラギラと輝く。格好のおもちゃを見つけたいたずらっ子のようだ。


「もしかして優樹君、志乃さんのこと好きなん?」

「ちっ、違う!!! 違うから!!!!!」


 僕は勢いよく椅子から立ち上がり、机がひっくり返ってしまうのではと思うほどの声量で全否定する。神様……に頼めばいいのか分からないけど、とりあえずどうか勘違いしないでください。今の発言で恋心あり認定しないでください。


「志乃さんとはあくまで友達!!! 友達だから!!! いい!? 友達!!! そんなんじゃないから!!!!!」

「わ、分かった! 分かったって! そんなマジにならんでええやん!」

「迫力のあるツンデレだな」


 志乃さんとの交流は、まさに命懸けだ。


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