第7話「友達とは」
「よし!」
優樹は志乃の後ろ姿をロックオンする。四時間目の終了のチャイムが鳴り、挨拶を済ませると同時に彼女の席へと向かう。
「優樹」
「あ、照也君。一緒に食べよ~」
「おう」
「そうだ、今日は志乃さんも……って、あれ?」
優樹は志乃の紺色の長髪を探すも、その色はどこにも見当たらない。志乃は誘う前に教室からいなくなってしまった。狙いを定めた時は確実に席に座っていたはずだ。照也を誘うために僅か2,3秒顔を合わせていなかったとはいえ、瞬間移動のごとく姿が消え失せてしまった。
「優樹~、照也~、お昼食べよ~。って、どしたん?」
代わりに星羅が合流した。志乃は人との関わりを避けるという点に関しては、忍者顔負けの力を発揮するようだ。昼食も教室を離れてまで孤独に楽しむ。優樹は仕方なく照也と星羅と三人で食べることに。
「なあ、例の死んだ二人、両方宮脇に告白してたらしいぜ」
「マジ? それほんとか、
ふと、優樹の耳に聞き心地の悪い会話が聞こえてきた。優樹がハンバーグを頬張るすぐそばで、
「マジマジ。宮脇に告白したら死ぬって噂があるらしいぞ」
「怖ぇ……俺一生アイツと関わりたくないわ」
「それがいいな。関わっただけで死ぬとか、もはや疫病神だろ」
「ははっ、言えてんな!」
ガタッ
「優樹、言っただろ。やめとけって」
「でも……」
またもや席を立ち上がろうとする優樹を、照也がなだめる。あまりにも人道性を欠いた発言を見過ごせず、説教してやりたくなった。だが、あのような人種は元来まともな言葉は通じないことは、照也には目に見えている。
せっかくの特性ハンバーグ弁当が、クラスメイトの心ない陰口によって味気なくなってしまった。優樹は箸を握ったまま、うつむいて固まる。
「好き放題言う奴らは好きに言わせておけばいい。そういう奴らは大抵いつか痛い目を見る」
「まぁ、あないな態度とっとる志乃さんもどうかと思うけどなぁ」
星羅の視線の先には、すれ違ったクラスメイトと肩をぶつける志乃がいた。どうやら彼女はトイレに向かおうとしているらしい。
志乃にぶつかった女子生徒は、熊に遭遇したように驚いて冷や汗を垂らす。重大ミスを犯したビジネスマンの如く全力で頭を下げるが、対して志乃は彼女の謝罪を無視して廊下へ出ていく。
「今日も食べるの早ぇな」
「上級生の話だと、毎日中庭のベンチで食べとるらしいで。普段の態度を考えたら無理もないけどなぁ」
志乃は常に孤独を望んでいる。その姿は学年を超えて噂になっており、逆に注目を集めている。その度に誰もが黒い話を立てるため、優樹は必死に弁明してやりたくなる。彼女がそのような態度を見せるのには、誰も想像できない悲痛な事情が隠されているのだ。
「でも、一人ぼっちなのはやっぱり可哀想だよ。志乃さんは本当はみんなのことを思いやれるすごく優しい人なのに」
「ほんまに?」
「本当だよ」
志乃が冷たい態度を続けることにより、今後も更に悪目立ちしてしまう。何とか彼女の心に秘めた優しさを、他の人に理解してもらいたい。優樹は志乃がクラスメイトと当たり前に笑い合える未来を望んでいた。
「今はそれで十分だろ」
「え?」
「俺らはよく知らねぇけど、優樹は宮脇のいいところ、知ってんだろ? なら今はそれでいい。それだけであいつは救われてると思うぞ」
「照也君……」
照也から思いがけない激励が返ってきた。少なくとも自分が関わっている友人達は、志乃のことを普段の態度だけで判断し、批判するようなことを言わない。そのことを知って安堵する優樹。
「うん、そうだね。とにかく今は自分のできることをして、志乃さんを支えてあげたいな」
「ほんま、よう志乃さんに執着するようになったなぁ。マジで志乃さんと何かあったん?」
「べっ、別に……」
「……」
ドアの裏側で、トイレに向かったはずの志乃が静かに立っていた。自分のことについて語る優樹の話を聞き、静寂に足を取られる。
* * * * * * *
翌日、僕はリベンジに挑んだ。
「志乃さん、一緒にお昼食べない?」
「また? しつこいわね……」
案の定志乃さんには鬱陶しく思われ、冷たくあしらわれる。それでも僕は引き下がらず、志乃さんに微笑みかける。何度も何度も昼食に誘う。このまま彼女が承諾するまでお昼ご飯を食べないくらいの勢いで、僕は彼女の快い返事を待った。
「どうして私なの?」
「志乃さんのことを色々聞きたいんだ」
「私のことを知ったところで、あなたには何のメリットもないと思うけど」
「それはどうかは僕自身が決めるよ」
ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。今まで散々振り切られてきたけど、今回は志乃さんのガードが緩い。呪いの存在を向こうから打ち明けてもらった功績が大きい。このままじっくりと距離を積めていけば、懐に入り込める瞬間は近い。
「……はぁ」
志乃さんがため息を付いた。流石の彼女も心が折れたらしい。
「中庭のベンチならいいわ」
「やった! ありがとう志乃さん!!!」
僕はプラチナチケットを手に入れたような幸福感を抱き、思い切り跳び跳ねた。彼女は自分と昼食など楽しみの欠片もないと感じていることだろう。でも、僕は自分でも驚くほどに彼女のことが気になって仕方ない。
もちろんそれは、志乃さんのことを異性として意識しているわけではない。彼女の事情を知ってしまった身として、彼女の抱える悲しみや苦しみを、友達として共に背負う手伝いがしたいだけだ。
「いただきまーす!」
僕と志乃さんは隣同士ベンチに座り、お弁当に手をつける。幸いにも中庭には人の気配はない。先程チラッと見かけたけど、購買で惣菜パンの割引セールが行われており、そこに生徒が集中しているのだろう。
だけど、今はそんなものいらない。志乃さんと一緒に昼食を楽しめることの方が、僕の人生にとって余程お得だ。
「どうして私を誘ったの?」
「今日は志乃さんとお昼ご飯を食べたって、もう日記に書いちゃったからね」
「まだ書いてるのね。その無意味な日記」
僕は友達日記のページをめくり、先程書いた文章をなぞる。日記を書き始めて、今日で三日目。僕は毎日欠かさず書き続けている。志乃さんと昼食を食べられなかった日も、必ず何かしら書くようにしている。
今日は書くことが多くなりそうでよかった。志乃さんに友達として認めてもらうためにも、三日坊主で終わらせるわけにはいかないぞ。
「絶対に志乃さんの友達になってみせるからね!」
「ああ、そう」
相変わらずのつれない返事だけど、その反応を見せられる度に僕のやる気は増していく。きっと僕の心が折れることに、向こうも絶対的な自信を持っていることだろう。余裕綽々な志乃さんをギャフンと言わせたい。何より孤独に苛まれる志乃さん自身のために。
「何でこんなことするのか謎なんだけど」
「友達っていうのはね、一緒にお昼を食べるものなんだよ」
「友達って分からないわ……」
志乃さんは誰かと遊んだり、一緒に美味しいものを食べたりしたことがないのかな。今までたくさんの友達を作ってきた僕にとっては当たり前のことだけど、彼女にとっては全くの未知の世界のようだ。ここは僕が根掘り葉掘り教えてあげなくては。
「一緒に遊んだり、勉強したり、食べたり、笑い合ったり……こういう楽しい思い出を積み重ねていって、いつの間にかなっていくものなんだよ。友達っていうのはね」
「そう……」
志乃さんはまだしっくりとこない様子だ。彼女にとって友達なんて言葉は、辞書の端くれに載っている目に映らない単語のように、まだ馴染みのないものなんだろう。
それに、呪いを掻い潜って生き延び、一週間日記を書き続けなければ、彼女に友達として認めてもらえない。関係が一週間続いた人はいない。
ならば、この僕がなってやろうじゃないか。世界で初めての、志乃さんの友達に。
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