第6話「友達日記」



「それで、一緒にスイーツ食べに行かないかって誘ったんだけど、断られちゃって」

「うんうん、それでそれで?」


 優樹は帰宅後、志乃のことを家族に相談する。仲良くなるにはどうすればいいのかと悩む。だが、優樹の中では何となく志乃が誘いを拒む理由を察することができていた。相手が男であることを警戒しているのだ。

 優樹は友達として彼女を誘っているわけだが、異性である以上次第に友情から恋愛感情へと変化していき、恋心を抱いてしまう可能性がある。その瞬間、呪いの力によって優樹の命は狩り取られる。志乃はそのことを危惧し、必要以上に関わろうとしない。


「どうしたら一緒に遊んでくれるのか分からないんだ」

「いいね~、青春してるね~♪」

「母さん……ちゃんと聞いてる?」


 優樹の苦悩を、母親の浅野凛奈あさの りんなはニヤニヤしながら聞いている。明らかに真剣な悩み相談を受ける態度ではない。可愛い息子に青春の気配を察知し、微笑ましく感じて楽しんでいる。


「あっ、ごめんね……ゆうちゃんに仲の良い女の子ができたのが嬉しくて」

「そのゆうちゃんって呼び方やめてよ……もう高校生なんだから……」


 優樹は凛奈の子供扱いに日々呆れている。17歳になった息子に、未だに小学生を相手にするような接し方をしてくる。無駄に美人でナイスバディであるため、近所でも有名だ。授業参観時はその美貌で優樹よりも注目を集めており、息子としては恥ずかしくてたまらない。


「ふぅ……何の話してんだ?」

「あ、父さん」


 風呂場から父親の浅野陽真あさの はるまが顔を出した。頭に湯気が立ち込んでおり、肩にバスタオルをかけ、艶やかな肌を光らせている。濡れたはねっ毛のある黒髪は、いつ見ても惚れ惚れとするほど美しい。彼も妻と同様、近所で噂になるほどのイケメンだ。


「ねぇ、父さんは母さんとどうやって仲良くなったの?」


 志乃との関係を深めるため、優樹は興味本位で質問を繰り出す。息子から見て陽真と凛奈の夫婦仲は、異常と言っても過言ではないほど良好だ。二人からなら効果的な方法を引き出せるのではと考えた。


「優樹……」


 ふと、居間のソファにもたれてドラマを見ていた優里が、優樹を睨み付ける。優樹は少々遅れて、決して聞いてはいけない質問をしてしまったことを思い出し、「しまった……」という表情を浮かべる。


「そうだなぁ。小学3年生の頃だったか? 俺が転校してきたのは」

「そうね。懐かしいなぁ……」

「いじめられてたお前を助けたことがきっかけだったよな」

「んもう、恥ずかしいってば……。でもあの時の陽真君……最高にカッコよかったよ……///」


 陽真と凛奈は、自分達が知り合った頃のことを語り始める。凛奈が二児の母親から、一人の乙女へと変わる。

 優樹と優里は頭を抱える。語り出したら、我が家の両親はもう止まらない。二人に馴れ初め話を振ろうものなら、胸焼けをするような思い出を呆れるほど長々と聞かされる。


「でも、やっぱりフォーディルナイトの冒険だよな」

「もぉ~、あっちでの出来事は無し!///」

「なんでだよ。話してもいいだろ?」

「う、うん……いいよ……///」




「優樹……」

「ごめん……」


 物心が付いた頃から何度も経験していたはずが、ここに来てなぜ気付けなかったのだろうか。子供が見ているにも関わらず戯れ合う両親に、優樹と優里は呆れ返る。

 初めは一緒に遊んだことから知り合い、そこから一緒にお泊まりをしたり、旅行に行ったり……。数多の忘れられないかけがえのない思い出を積み重ねてきたという。そのような馴れ初め話が、その後延々と続けられた。


『そうだ、いつまでも忘れないよう、ここに記すんだ。僕達が生きた証をね』


 ふと、先程まで優里が見ていた韓国ドラマの音声が耳に入る。記憶喪失となったヒロインが、主人公と共にいろんな経験を積み重ね、日々を日記に記録する場面だ。

 彼女は長く記憶を保てない障害を抱えており、不定期に家族や友人、恋人の記憶を失ってしまうという。今後再び記憶を失っても日記を読み返し、記憶を呼び起こせるようにするためだろう。二人は優しげな手つきで日記の表紙を撫でる。


「日記……そうだ! 日記だ!」

「何? どうしたの?」


 突然大声を張り上げた優樹に驚く優里。優樹は期待を染み込ませた眼差しでテレビ画面を眺める。







「というわけで、一緒にクレープを食べに行こう!」

「どういうわけよ……」


 翌日、優樹は再び馬鹿正直に願望を口にした。昨日とは違って周りの視線を気にしたのか、志乃が下校し、校門からそこそこ離れた位置まで歩いた瞬間を見計らって誘った。

 ここは既に越河駅前の大通りである。志乃は電車登校であるため、必然的に駅付近の道を通ることになる。駅前通りには都合よく苺スイーツの専門店がある。自然と彼女を店へと誘うことができる。


「この後時間ある?」

「あるけど、付き合わないわよ」


 志乃はきっぱり断り、優樹を横切って越河駅へと向かう。端から見れば完全にナンパである。やり口がかなり強引であるため、もはやスカウトやストーカーより達が悪い。


「たまには学校帰りに買い食いってのもいいんじゃない?」

「行かないってば。買う余裕もないし」

「残念、実はもう買ってあるんだ」

「何? 私に拒否権はないの?」


 優樹は志乃の目の前にクレープを差し出す。必ず彼女と共に食べると決めていたため、あらかじめ二人分買っておいたのだ。クレープの生クリームに乗った大粒の苺が、赤信号のように彼女の行く手を塞ぐ。


「ああもう、分かったわよ。食べればいいんでしょ」

「やった~! あっちのベンチで食べよ!」


 あまりのしつこさに志乃は呆れ、心が折れた。ここで振り切って帰ろうとしても、優樹は地獄の果てまで追いかけてくるだろう。この後も引き続き付け狙われるより、付き合う方がマシだろうと考えた。


「はむっ、うーん、美味しい! 美味しいね、志乃さん!」

「この苺、酸っぱいわね。旬じゃないから当然だけど」


 満面の笑みでクレープを食べる優樹の横で、わざとらしく嫌みを言う志乃。普段通り悪い印象を与えるためだ。二度と自分とクレープを食べたいなんて思わないように、しかめっ面を維持する。一緒に仲睦まじく食べるつもりが、破局直前のカップルにしか見えない光景が出来上がってしまう。


「えー、志乃さんにはこの美味しさが分からないかなぁ」

「うざ……」


 しかし、優樹は逆にからかってきた。志乃は優樹の腹の底を計り知ることができなかった。理由もなく無理やりクレープを一緒に食べたいと言い出し、こちらの冷徹な態度に嫌気を差さない。疑問は募るばかりである。


「一体どういうつもり?」

「何が?」

「なんで私を誘ったの?」


 精一杯の腹いせのつもりで、志乃は優樹に尋ねた。




「……だって、日記に書いちゃったから」

「日記?」


 優樹はあっという間にクレープを全部頬張り、学校鞄から一冊のノートを取り出した。一般的な文房具店で購入されたと思われるありふれたノートだ。彼はノートの最初のページを開き、志乃に見せる。


「ほら、今日は志乃さんと一緒にクレープを食べた……ってね」

「先に出来事を書いてしまったら、日記の意味がなくなるような気がするんだけど」

「意味はあるよ。この『友達日記』は僕にとってすごく大事で、意味のあるものなんだ」


 優樹は日記の表紙を優しく撫でる。表紙には優樹が書いたであろう少々曲がった字で『友達日記』と記されていた。

 優樹は考えた。恋仲ではなく、友人として志乃と接することを。一度彼女に恋心を抱けば、呪いによって死を迎える。しかし、恋人として意識せず、友人としての関係であれば呪いの影響を受けることはない。


「これから一週間、僕は日記を書き続ける。大丈夫、君を恋愛的な意味で好きになることはないから。僕はあくまで友達だから。そしたら死ぬこともないでしょ?」


 自分が死なずに生き残ることで、仲良くなりたかった。そこで、志乃と共にしたことや起きた出来事を日記にしたため、呪いで殺されることなく生き抜いた証拠として残すという。


「もし僕が一週間生き延びたら、僕らは友達。どう?」

「……好きにすれば」

「やったー!」


 思いがけない提案を持ち出してきた。だが、志乃はあまり動揺はしておらず、信用もしていなかった。精々彼が見せる生前の足掻きを想像し、まだ成功してもいないのに喜ぶ優樹をさらりと流した。本当に能天気な男だ。






 そして、この日記が優樹と志乃の心と体を近付けた最大の鍵であったことを、この時の二人は知るよしもなかった。


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