第1章「友達日記」

第4話「優しさの裏返し」



被恋慕死別ひれんぼしべつ呪縛じゅばく……?」

「そう、私が昔住んでた村で、代々受け継がれてきた呪い」


 智隆の葬式の帰り道。優樹と志乃は夜道を共に並んで歩く。その間に、志乃の口から衝撃的な事実を打ち明けられる。

 志乃は「被恋慕死別の呪縛」という呪いをかけられているという。この呪いをかけられると、自分に恋愛感情を抱いた者が近日中に死亡するという。志乃を好きになった男性は、誰一人例外なくこの世を去っていった。


「そんな……呪いなんて……」

「信じたくなければ信じなくても結構よ」


 優樹は頭の整理で精一杯だった。つまり、寛太や智隆は志乃に恋心を抱いたことにより、呪いの力で命を落としたということになる。確かに、二人に共通していたのは「志乃に告白していた」ことだった。つまり、二人共彼女に恋愛的な意味で好意を抱いていたのだ。


「受け継がれたって言ったよね。呪いって、ずっと昔からあるものなの?」

「ええ。まぁ、私も詳しくは知らないけど」


 呪いとは、古くから人々の間で行使されてきた、目に見えない不吉な力だという。優樹も漫画やアニメでよく見聞きする言葉だったため、聞き馴染みはあった。

 だが、現実で当たり前のように扱われる様を見ると、異質な恐怖を感じる。科学技術が発展し、常識が次々と乗り替えられていく現代では、あまりにも非現実的な光景である。


「志乃さん……」

「着いた」


 二人は最寄駅の越河こすごう駅に到着する。これから志乃は電車に乗って帰路に着く。その場に置いていかれる優樹には、まるで彼女が常人の範疇の外側にいる事実を示しているような気がした。

 先程の志乃の言動から、呪いの力は彼女が意識的に発動させているわけではないようだ。彼女に恋心を抱いた時点で呪いの対象となり、自動的に命を狩り取られてしまうらしい。


「だから、私なんかと関わろうとしない方がいい。命が惜しかったらね」


 志乃は優樹の方を見ず、背中を向けて呟く。






「志乃さんは優しいんだね」


 優樹は駅の出入口に向かう志乃が見えなくなる前に、優しげに口にした。志乃は想定外の言葉が飛び込んできて、足が止まってしまう。何も答えず、背を向けたまま耳を傾ける。


「だって、みんなに酷いことを言ってたのは、みんなを守るためなんでしょ?」


 優樹は今までの志乃の態度の意図を理解した。彼女は自分に恋心など抱くことがないように、わざと冷たい態度をとって嫌われるようにしていたのだ。いくら誰もが惹かれるような美貌を持っていたとしても、性格が優れないと印象は最悪である。


「みんなが死なないように、わざと嫌われるように振る舞ってさ」


 志乃は自分の呪いから守るために、あえて嫌われるように振る舞っていた。既に二人犠牲者を出してしまったとはいえ、志乃は自分の印象を落とすことと引き換えに、仲間の人命を選んだのだ。


 それは、不器用でもあった彼女なりの、精一杯の優しさの裏返しだった。


「だから、志乃さんは本当はいい人だ」






「……そんなんじゃないから」


 志乃は優樹の励ましに対し、素っ気なく吐き捨てた。そのまま振り返らず、エスカレーターに乗って改札へと向かっていく。しかし、優樹は聞き逃さなかった。彼女の返事に少し間があったことを。


「志乃さん……」


 少なくとも自分から望んで他人から嫌われようとするほど、彼女は人間性を捨てた者ではない。それは、優樹の中で疑いようのない事実となっていた。

 クラスメイトへの態度で印象が悪化してしまっていたが、事情を知ると彼女がまた違った姿で見えてきた。もはや別人だ。


 明日から彼女を取り巻く世界は、全く異なるものとして見えてくるだろう。優樹にとって、それがなぜか楽しみで仕方なかった。




 プッ プー


「あっ……」


 すると、近くで車のクラクションが聞こえた。優樹が振り向いた先には、水色のムーヴキャンバスが停まっていた。サイドガラスがゆっくりと開き、中から眼鏡をかけた茶色い長髪の女性が顔を出した。


「お待たせ」

「姉さん……」






「大海老天丼セット二つで」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 彼女の名前は浅野優里あさの ゆうり。優樹の姉であり、葬式帰りの優樹を駅まで迎えに来たのだ。夕食がまだ済んでいなかったため、二人で外で食べようという話になった。


「二人きりで外食って久しぶりだね」

「今日も父さん帰りが遅いし、母さんが二人で食べてらっしゃいって」


 スマフォをいじりながら答える優里。優樹とは正反対のクールな性格で、大人びている。優樹とは普段から一緒に食事に行ったり、家でゲームで遊んだりと、姉弟としては割と仲が良い二人である。


「わざわざ迎えに来てあげたんだから、今日はあんたの奢りね」

「クラスメイトが亡くなって落ち込む弟に、夕食奢らせる姉ってどうかと思うよ……」

「冗談よ」


 志乃と似ていて少々冷めているように思える彼女だが、冗談を言うほどの剽軽さは兼ね揃えている。


「落ち込んでるって、そんなに仲が良かったの?」

「あ、えっと……」


 寛太や智隆が亡くなったことは、学校の仲間として確かに悲しいことではある。だが、今優樹の頭を悩ませているのは、志乃の呪いについてだ。彼女の普段の言動には事情が隠されていたことを知って安心した。

 だが、同時に不安を感じていることも事実だ。普段の志乃に対するクラスメイトの反応から、彼らは彼女の呪いの存在を知らない。事情を知ったとはいえ、自分も赤の他人の一人だ。今後、彼女とどう向き合えばよいのだろうか。

 

「まぁ、何で悩んでるのか詳しくは聞かないけど……」




「お待たせしました。ごゆっくりとお楽しみください」


 目の前に天丼の器が置かれた。カラッと揚がった大きな海老が、金塊を思わせるような艶やかな衣を纏って乗っている。周りに添えられたナスやサツマイモ、大葉やレンコンなどの野菜が彩りを与え、ボリューミーな天丼が完成していた。


「美味しいものを食べれば、大抵の悩みなんてなくなるものよ。たくさん食べて忘れちゃいなさい」

「姉さん……」


 スマフォ片手に語るため、励ましているのかどうか分からなかった。だが、確実に無関心というわけではないことだけは伝わった。自分が悩んでいることが、まるで目の前に用意された大海老よりも小さなことのように思えた。


「この間ダイエットするとか言ってなかった?」

「優樹……マジで奢らせるわよ」

「ひぃっ!? な、何でもありません! いただきます!」


 優樹は自分の財布が破滅する前に、慌てて天丼に口を付けた。この姉もまた、不器用故に優しさが裏返り、言動に分かりにくい形で出てしまうタイプのようだ。

 だが、似たような人間が身近にいたおかげで、優樹は再び安心した。優しさには優しさで返せばよい。自分なりの志乃への接し方が、きっと見つかるはずだ。優樹は期待を膨らませ、海老天を口にかき込んだ。


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