第3話「呪い」
「何やねん、あいつ! 人が死んどるっちゅうのに!」
「いつも冷たい奴だとは思ってたが、想像以上だったな」
翌日、僕はクラスメイトと一緒に昼食を楽しむ。寛太君が亡くなって間もないというのに、僕らの教室は普段の日常を変わりなく続けている。
皮肉なことだけど、特に彼と関わりが深いわけではない人達にとっては、クラスメイトが一人亡くなったというだけの出来事だ。人の死など軽く片付けられ、世界は続いていく。
「昨晩のあの態度、思い出しただけで……ああもう! 腹立つわぁ……」
「落ち着け。考えるだけ心に毒だぞ」
星羅さんは相当ご立腹なようだ。隣に座る
彼女が先程から怒っているのは、寛太君の葬式で口にした志乃さんの台詞だ。人の死を侮辱するような最低な発言がとても許せないらしい。人のことをどうこう言いたくはないけど、確かにあの発言に対しては僕も同意見だ。
「なぁ! 優樹もそう思うやろ!」
「う、うん……あ、えっと、僕、トイレに……」
先程から星羅さんの愚痴が止まらないため、僕は避難するために教室を出ていく。トイレは逃げるのに適した口実になる。彼女とは結構仲が良いけど、こうも愚痴が長引くと流石に聞いていてモヤモヤする。仲間思いな子ではあるんだけどね。
「はぁ……」
男子トイレから出て、僕は廊下をとぼとぼと歩く。居心地の悪さを感じる僕だけど、自分自身も頭の中で志乃さんのことばかり考えていた。彼女が葬式で放った酷い一言が、色濃く頭に残っているのだ。
どうして彼女はあんなことを言ったのだろう。どうして彼女は普段から嫌われるような態度をとるのだろう。
彼女の裏には、一体何が隠されているのだろう……。
「あ、お父さん? 私……」
すると、どこからか小さな声が聞こえた。ほんの1,2秒聞いただけで、瞬時に志乃さんの声だと察知することができた。誰かへの罵倒しか聞いてこなかったため、逆に印象に残りすぎている。
「ごめんなさい、また……」
志乃さんの覇気のない不安げな声が、階段の踊場から聞こえてきた。どうやらスマフォでお父さんと電話をしているらしい。僕は手すりの影に隠れて聞き耳を立てる。何やってるんだ僕は……趣味が悪いぞ。
「うん、クラスメイトの男の子……」
だけど、興味本位でこっそり聞いてしまいたくなった。誰とも交遊関係を持とうとしない彼女の、プライベートな一面を確認できるのは今しかない。
それに、いつになく不安げな声が、僕の好奇心を不思議なほどに駆り立てる。クラスメイトの男の子って、寛太君のことかな。一体何の会話をしているのだろう。
「私、怖いよ……また私の呪いのせいで誰か亡くなるのが……」
「え……」
志乃さんから何気なく放たれた言葉に、僕は思わず声を上げる。呪い……? 呪いって何のことだ? まるで存在して当然だと主張しているように、自然と彼女の口から聞こえてきたものだから、動揺が収まらない。
彼女ははっきりと「私の呪いのせいで」と口にした。まさか、志乃さんが寛太君を呪い殺したとでも言うのだろうか。そんな非現実的なオカルトじみた話、冗談か何かだと疑いたい。
「うん、分かってる。なるべくみんなとは関わらないようにはするから」
志乃さんは人の死と絡んで冗談を考えるような人ではないと思う。人の命を侮辱するような発言はしたけれど、彼女がそれ以上に最低な人間性だとしたら、ここまで動揺している自分が嘘になる。
お父さんと話す彼女の今の表情を見て、とても彼女自身が望んで今の現状を作り出したとは思えない。彼女の語る呪いという言葉は、不本意で働いた未知の力のように感じられる。
ともかく、確かめる必要がありそうだ。志乃さんには一体どんな秘密が隠されているというのか。
「……ねぇ」
「え? うわぁ!?」
僕は突然志乃さんに話しかけられ、慌てふためいた。彼女はいつの間にか電話を終え、踊り場から教室に戻ろうとしていた。途中で手すりに隠れている僕を見つけて、鋭い目付きで睨み付ける。
「あ、あの……これは……」
彼女のきつい眼孔には、明らかに含みがあった。これは、電話の内容を聞かれたのではと怪しんでいる表情だ。それほど他人には知られたくなかったのだろう。僕は偶然聞いてしまった。果たしてどうごまかすか。はたまた、彼女の方からごまかしてくるか。
いや、ごまかしなんて……僕は嫌いだ。
「えっと、の、呪いって……一体……」
僕は勇気を出して聞いてみた。
「……見た方が早いわ」
「え?」
志乃さんはきつい目付きから一変、落ち着いた表情に戻った。そして、彼女もごまかすことなく、僕に事情を打ち明ける覚悟を決めてくれた。いや、正確には事情を知るのはまだ先になるのだけど。やっぱり、誠意には誠意が返ってくるもんだ。
「見た方がって……?」
「浅野優樹君……だったよね」
志乃さんはブレザーのポケットから一枚の便箋を取り出し、僕に見せてきた。真ん中にハートのシールが貼られ、可愛く封をされていた。
これって……ラブレター?
「今日、放課後に中庭まで来て」
「私、あなたに興味ないから。諦めて」
「そ、そんな……」
志乃さんは冷たく吐き捨てる。あ、勘違いしないでほしい。僕が振られたわけではない。ラブレターの差出人である
確か隣の1組の生徒だったかな。また新たな男子に告白されてしまうとは。普段の彼女の態度とは裏腹に、意外と彼女に好意を持つ男子は多いようだ。
「志乃さん……」
ラブレターを見せられて放課後に呼び出された時は、まさか今度は僕が告白されるのかと内心調子に乗ってしまった。でも、しっかりそんなことはなかった。いや、告白を断られるよりはマシか。
そんなことより、わざわざ彼を振る場面を僕に見せるなんて、一体どういう腹積もりだろう。
「……もうすぐ分かるから」
「え?」
ショックを受け、その場に崩れ落ちる智隆君。そんな彼をよそに僕の方へ歩み寄り、耳元で僕にぼそりと呟く志乃さん。そのまま昇降口へと向かい、詳しいことは何も説明せずに下校してしまう。
もうすぐ分かるとは? 志乃さんの所作一つ一つが理解不能で、僕はその場に置いていかれた。
彼女の言葉の真意を、僕は四日後に知ることになった。正確には彼女から聞かされたわけではなく、葬儀所に置かれた智隆君の遺影から何となく察知した。
智隆君は告白の四日後、交通事故で亡くなった。
「信号無視したトラックに轢かれたんですって」
「この間木枯君が亡くなったばかりでしょ? どうなってるの……」
「立て続けに二人も……呪われてるんじゃねぇの?」
偶然とは思えない続出した悲劇に、葬式に参列したクラスメイトは騒ぎ出す。まさかの同じ学校から短い期間に二人も死者が出るなんて、みんなが噂するように呪いのような力が働いているとしか思えなかった。
そうか……彼女が言っていた『呪い』って……。
「ねぇ、志乃さん……」
「私を好きになると、ああなるの」
志乃さんは感情の見えない表情で、智隆君の遺影を眺めていた。彼女の一言が、彼女が今まで見せてきた他人への冷たい態度も、人間性を欠いた言動も、理屈を持って僕の頭の中に飛び込んできた。
そんな僕も、彼女の奥底に秘めた悲しみや罪悪感を丸め込んだ心を、じっと見つめた。
それは、僕にとっても、彼女にとっても、あまりに残酷で儚い青春が始まった瞬間でもあった。
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