第2話「葬式の夜」



「僕、宮脇さんに告白しようと思う……」

「はぁ!? ごふぉっ……」


 唐突に衝撃的な発言が耳に飛び込んできた。あ、ちなみに勘違いしないでほしい。今のは僕の発言ではない。近くの席で縮こまっている木枯寛太こがらし かんた君の台詞だ。彼の隣に座る友人が、驚きのあまり口にかきこんでいたわかめご飯を吹き出す。


「お前、本気か!?」

「うん……」


 彼が驚くのも無理はない。僕も同意見だ。宮脇さんのような高嶺の花……いや、彼女の日頃からの態度が問題だから、そう表現するのはおかしいかもしれない。

 だけど、そんな彼女に冷たくあしらわれるのを覚悟に、告白しようというという。あの気弱な寛太君が告白するというのも意外だ。


「やめとけよ、あんな奴。フラれるのは目に見えてんぞ」

「でも……好きなんだ。後悔を残したまま死にたくもないし」


 死ぬって……大袈裟だなぁ。でも、確かに志乃さんは彼女にしたいほど容姿が優れているのも事実だ。意外と面食いな寛太君だけど、相手の冷徹な性格故に誰も挑戦しなかったことに、勇気を出して踏み込もうとしている。


「結果がどうであれ、僕はやるよ!」

「そ、そうか……まぁ、頑張れよ」


 友人は乗り気ではないみたいだ。相手が志乃さんだから無理はない。とりあえず、僕は心の中で応援しておくことにした。


「頑張れ、寛太君……」








 翌日、へこむ寛太君がクラスメイトから慰められていた。告白の返事がどうだったか、聞かずとも一目で察することができた。まぁ、志乃さんのような女の子と付き合うなんて、人生がいくらあっても足りないほどの高難易度ミッションだろう。


「『アンタみたいなナヨナヨした男なんかと付き合いたくない』……だって……」

「マジか……」


 彼を慰めようと集まった友人達が、言葉を失った。それが事実だとしたら、なんと衝撃的なことだろう。勇気を出して告白してきた彼に、まさかそんな台詞を吐き捨てるなんて……。僕は志乃さんの人間性を疑った。


「そんな落ち込むな。あいつと付き合うなんざ、無理ゲーみたいなもんだ。お前ならもっといい女がいるだろ」

「いや、まだ諦めないよ」

「え?」

「僕はまだ宮脇さんのことが好きだよ。今は無理でも、いつか絶対に振り向いてもらいたいんだ」


 寛太君の覚悟には、まだ続きがあった。彼は落ち込みながらも諦めてはいないようだ。今後も積極的にアプローチし、今度こそ振り向いてもらおうと努力することを決意する。彼にとって、宮脇さんは簡単に諦めきれる相手ではないようだ。


「寛大君……」


 往生際が悪いとも思えるけど、僕は一世一代の告白を成し遂げた寛太君に敬意を表したい。結果はどうであれ、誰かを好きになれるというのも立派な才能だ。素晴らしいことだ。




 僕もいつか……誰かを好きになったりするのかな……。








「え……」


 僕は寛太君の遺影を呆然と眺める。誰がこんな未来を予想できただろうか。寛太君が志乃さんに告白した三日後、なんと彼は自分が住んでいたマンションの屋上から投身自殺した。担任の先生から唐突に訃報が告げられた。


「なんで……」

「あんなこと言ってたけど、やっぱり思い詰めてたんだな……」

「自殺とかマジかよ……」


 僕は寛太君の葬式の日程を友人つてに教えてもらい、その日の夜に参列した。僕以外にもクラスメイト数人が参列し、彼を弔った。あまりにも突然の訃報だったため、みんなは驚きを隠せない。息が詰まりそうなほど空気が緊迫している。


 それに、僕はあの寛太君が投身自殺に至ったという事実に対し、心から溢れ出てしまいそうなほどの不信感が募る。僕の感性でしか語れないのがもどかしいけど、彼が自殺を考えるとは到底思えない。

 だって、三日前に見たあの時の寛太君の覚悟の強さは、確かに本物だった。告白してフラれたわけだけど、諦めずに志乃さんを愛し続けると誓っていた。そんな彼が三日後のある日、急に自殺を図るだろうか。


「木枯君、相当ショックやったんやろなぁ……」


 彼の志乃さんへの告白と自殺のタイミングが近いため、みんなは二件の因果関係を結び付けている。納得しかけているけど、僕に言わせれば今回の話はあまりに不自然だ。彼の自殺には何か裏があるのではないかと疑ってならない。




「……あっ」


 ふと、クラスメイトが小さな声でざわめき始めた。僕は声のする方へ顔を向けると、意外な人物がそこにいた。


「志乃さん……」

「……」


 宮脇志乃さんだ。あの彼女が藤川高校の制服を着て、こちらに向かってゆっくりと歩いてきた。葬式に参列するつもりらしい。彼女は何も言わず、参列者用に用意された椅子に座る。葬儀場にいたクラスメイトは目を丸くして彼女を見つめた。





 僧侶による読経や弔電、弔辞、焼香などを終え、閉式を迎えた。寛太君の亡骸を乗せた棺は、火葬場へと運ばれた。親しい人の死なんてまるで実感が湧かないものだけど、この日だけは体にまとわりつくように身近に感じた。


「まさか意外やな。志乃さんが葬儀に来るなんて」


 僕の親友、立川星羅たちかわ せいらさんが、志乃さんに向かって話しかける。星羅さんも志乃さんのことが気になっていたようだ。

 いや、この場にいる誰もが、志乃さんが来たことに驚いている。普段は冷徹な彼女も、自分に告白してくれた相手としては、大切に思っているのだろうか。


「……悪い?」

「あ、いや、そういうつもりで言うたわけやなくて……」


 うぅぅ……やっぱり当たりが強いなぁ。






「ていうか、正直彼のことなんてどうでもいいし。むしろ死んで精々した」




「……は?」


 志乃さんの衝撃的な発言により、星羅さんがドスの効いた声を漏らす。


「なんや、その言い方……死んだ人に向かって、そないな言い方ないやろ!」

「……」

「ちょっ!」


 志乃さんは星羅さんの叱責を無視し、出入口へと歩いていく。その場にいた誰もが眉をひそめ、彼女に対して不信感をつのらせる。僕も声には出さずとも、少なからず怒りを覚えながら彼女を見つめる。

 確かに亡くなった人に向けて、しかも自分に告白してくれた人に対して言う台詞ではない。彼女が何か語る度に、彼女の人間性が危うくなっていく。


「志乃さん……」






 でも、この時の僕はまだ知らなかった。彼女に隠された想像もつかない悲壮な事情を。彼女に背負わされた、目を背けたくなるほど残酷な運命を察することができるほど、僕は賢くはなかった。


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