恋人日記

KMT

序章「呪い」

第1話「冷たい彼女」



     KMT『恋人日記』



 初めは「顔は良いけど、ちょっと冷たい性格の、ただのクラスメイト」という印象だった。決して交わることのない境界線の外から、ずっと彼女を見てきた。一年生の頃は別のクラスだったけど、その時から彼女のイメージはもっぱら悪かった。


「あの……宮脇みやわきさん」

「何?」

「私、単語の意味調べの宿題やり忘れて……宮脇さんの写させてもらえませんか?」


 彼女に話しかける女子生徒。どの学校にも一人はいるような、変に厳しい先生よりも尚怖い。同い年でクラスメイトなのに、話す際に敬語になってしまっていた。まるで取引先に交渉を図る平社員だ。


「無理」

「ご、ごめんなさい!」

志乃しのちゃ~ん! よかったら俺と……」

「キモい。話しかけないで」

「ひぃっ!?」


 返事は薄々想像できた。その後、間髪入れずに陽気な男子が、彼女に話しかけに行った。だけど、用件を言う前から避けられ、心無い言葉を投げつけられた。彼女は男子には特に当たりが強い。


 二年生となって同じ教室で生活することになったが、そこにいたのは最初と何ら変わらない彼女の姿だった。




「志乃……さん……」


 彼女の名前は、宮脇志乃みやわき しの。僕のクラスメイトだ。優等生と呼ぶにふさわしい勤勉な女子生徒で、容姿端麗だった。肩を覆い隠すほどの紺色の長髪は、艶やかな輝きに包まれていた。

 肌も目元も眉も驚くほど整っており、裏で雑誌のモデルとして働いていると言われても疑わないほど綺麗だった。


「ねぇ、宮脇さん」


 彼女に惹かれる男子は多かった。あれだけ優れた容姿を持っている女の子だ。大勢の男子に好かれるのは当然だった。距離を近付けようと、今まであらゆる男子が話しかけに行ったことだろう。今も一人の男子が声をかけた。


「何? 話しかけないでくれる?」


 彼女の冷徹な一面を知るまでは。


「ご、ごめん……」


 決して悪くはない。謝る必要もない。彼は話しかけただけだ。しかし、不機嫌な表情しかしない彼女に対して、熱々のヤカンに触れてしまって手を引っ込めるように、反射的に謝罪を繰り出してしまう。

 そう、彼女は他人に対してとにかく当たりが強い。頼み事をしては断り、楽しげな話題を振っては冷たく流される。女の子らしく笑顔を見せないし、友達と仲良くする姿なんて見たことがない。


「どしたん? 優樹ゆうき

「あ、いや……」


 志乃さんに意識を奪われ、やや反応が遅れた。先程から志乃さんのことが気になって仕方ない僕は、浅野優樹あさの ゆうき越河市立藤川こすごうしりつふじかわ高等学校に通う男子だ。

 自慢するわけではないけど、僕には心が通じ合う親友がいて、一緒に勉強したり遊んだり、それなりに幸せな日々を送っている。志乃さんとは真反対だ。同じ教室にいるのに、彼女とは住む世界がまるで違っている。


「……」


 だからこそ、自分とは真反対の人間である志乃さんのことを、僕はとても気になっていた。志乃さんがみんなと冷たく接している姿が自然と目に入るから、その度に考え込んでしまう。


“志乃さんと、仲良くなりたいな……”


 まるでここではないどこかを目指したくなる子供の冒険心のように、僕は不思議とそう思うようになっていた。好奇心というものだろうか。

 何でもいい。彼女と友好的な関係を築くことができたら、新たな世界を知ることができるような気がした。僕は実に抽象的な思考で、「友達100人作るぞ」みたいなノリで、彼女と仲良くなろうと考えた。




「志乃さん!」


 そして、一歩を踏み出した。




「……」


 志乃さんは僕を華麗にスルーし、横を通って教室の外へ出ていった。僕に一言申すことなく、廊下へと歩いていった。

 僕を無視する所作でさえ、磨きがかかっていた。ふわっとなびく紺色の長髪が実に美しかった。やっぱり綺麗な人だなぁ。


 ……じゃなくて!!!


「えっと……」


 冷たくあしらわれるどころか、完璧に無視された。これじゃあ何か一言食らった方がマシだと思えるかもしれない。いや、そもそも何の用も無いのに、声をかけて何を伝えるのか準備もしていないのに、急に話しかけた僕も僕だ。


「宮脇さんひでぇ……」

「もう話しかけないようにしよ」

「怖ぇなぁ……」


 僕はもう見えなくなった志乃さんの真顔を思い返し、眉をひそめる。日頃から冷たい態度を繰り返しているおかげで、学校中の彼女の評判は最悪だ。

 陰口が飛び交うのは日常茶飯事で、優れた容姿でありながらあまり好感を持たれない。当然だが、いくら美人でも性格が悪ければ印象はがた落ちする。そうして、彼女はいつしか孤独に見舞われていった。






「……」


 でも、この時の僕は知るよしもなかった。彼女の冷徹な態度の裏には、地球をも温めるような優しさが隠されていたことを。彼女の冷たい心の底には、計り知れない温もりが眠っていたことを。

 それは、彼女が抱えるにはあまりに残酷で、儚くて、悲しい運命だった。それを知った時、僕は固く決心したんだ。彼女の血塗られた悲惨な過去を、僕も一緒に背負って生きていくと。




 これは、これは死と隣り合わせの人生を強いられた僕が、ひたむきに一人の少女を愛し続ける命懸けの恋物語だ。


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