7.さくらさく
街中に突如として山が聳え立ち、《夢邪鬼》が暴れ回った事件のその後。
結果として、発生した事態の異常性と規模の割には、被害は極めて少なく済んだと言えるだろう。
残された映像や調査の結果、街中に現れた山は、富士山の頂上部分であると断定された。
アズマ等の証言により、一連の事件の首謀者は【不知火】の副ギルドマスター、カミシロであるとされたが、カミシロの遺体の発見と共に本人の死亡が確認された上に、証拠も無かったため、事件の結末としては非常に曖昧な所に落ち着きそうである。
責任の所在を求め、カミシロが所属していた【不知火】のギルドマスター、紅に、《協会》から何らかのペナルティが与えられるという話もあるが、紅本人は全く気にしていない様子である。
ただ彼女は、自分がカミシロと最後に言葉を交わせなかったことについて、「少しだけ残念ね」と言っていた。
とても、不思議な出来事だった。
当時、暴れ回る《夢邪鬼》に襲われていた街の人々は、こう証言する。
もう自分はここで死んでしまうのではないかと覚悟していた時、急に空が明るくなって、意識を失い、目を覚ますと《夢邪鬼》は消え、自らが受けた傷も治っていた、と。
一方で、死者も多数いた。
一つの見解としては、空が明るくなるという異常現象の以前に、既に死んでいた者は、傷も癒えず、そのまま帰らぬ人になったのだとされている。
空が明るくなった瞬間、生存者の傷がひとりでに癒え、それを観測した者達が一人残らず眠りに付き、暴れていた《夢邪鬼》も消えたという謎の現象に関しては、その詳細は一切不明となっている。
――――だが、確かにアズマはあの時見たのだ。
天空に昇り、鮮やかな炎を纏っていた美しくも神々しい鳥――不死鳥の姿を。
しかしながら、アズマ以外に、その不死鳥の姿を見たという人物は居なかった。
唯一ほたるだけが、今際の際、意識が消える寸前に、綺麗な鳥が羽ばたいていくのを見たかもしれない、と自信なさげに言っていた。
一連の異常現象により被害を受けた街も徐々に復興し、各々が日常を取り戻し始めた九月ごろ、アズマは《夢幻特区》に向かった。
【不知火】が所有しているプライベートヘリを用いて、富士山に最も近い
事前の道具の準備や情報取集など、万全を期したつもりだったが、やはりその道程は困難なものだった。
奈落森林よりもずっと危険な《夢邪鬼》や《夢想現象》をどうにか回避しながら、アズマは進む。
安全を最優先しての登山だったため、想定していたよりも時間をかけてしまったが、登り始めてから約三日後、アズマは頂上付近へと辿り着いた。
そこは確かに、あの日街に現れた山の一部と同じ様相を呈していた。
多種多様な植物が鬱蒼と茂り、生命に溢れている。
《就寝開闢》以前は、富士山の頂上部はこんな風に青々としていなかったらしく、これも不死鳥の影響を受けた結果という話だ。
このように標高が高い場所の気温が、晴れた春の日のように温かいのも、不死鳥がここに眠っているからだと聞いた。
記憶を頼りに足を進めていくアズマは、やがてその眼を見張ることになる。
辺り一面が、鮮やかな薄桃色で彩られていた。
一帯に生えた樹木は薄桃色の小さな花に覆われ、包まれており、温かな風に吹かれてその可憐な花弁を散らしている。
視界一杯にその光景が広がっており、アズマは息を呑んだ。
綺麗な景色だと思った。アズマは今まで《夢幻特区》にある様々な絶景を目にしてきたつもりだが、そのどれにも引けを取らない美しい眺めだ、と。
アズマは、さくらの修練に付き合い始めた頃、彼女が言っていた言葉を思い出す。
富士山の頂上部には、〝千本桜〟と呼ばれる桜という花が辺り一帯に咲いた素敵な光景があるのだ、と。いつかきっと見に行ってみたいとも、言っていた。
その時、アズマは無意識の内に、拡張ポーチの中を探って、カメラを取り出そうとしていた。
そしてすぐに、今はもうカメラを持ち歩くことは辞めたのだと思い出す。
この光景をカメラに収め、さくらに見せてやろうとしていた自分のあまりに自然な思考に、アズマは何とも言えぬ感情を覚え、ふと自嘲めいた微笑を零した。
そのままアズマは千本桜の中を進んでいき、見覚えのある大樹が聳え立っている場所に出る。
鮮やかな桜の樹に取り囲まれるようにして、天を衝くように聳え立つ大樹と、その前に置かれたシンプルな造りの赤い石碑。
アズマはその前に座り込むと、ポーチから一つの指輪と、《夢晶》を取り出した。
そして、石碑前の土を素手で掘りながら一人呟く。
「カミシロ、お前がやったことは間違ってるし、お前の都合で多くの人が傷付いた以上、俺がお前を許すことはない。罪を償う前に逝ったお前が許されることもない。……だけどな、……なんつーか、理解できちまったんだ。俺は一目惚れをしたこともないし、《夢邪鬼》に好意を抱くお前の気持ちが微塵も分からねえから、想像にはなるんだが、もし仮に、お前が、本当に心の底から愛していた誰かにもう一度だけ会いたくて、あんなことをしたってんなら、納得はしなくても、理解はできる。理解は、できちまう」
アズマは持って来た指輪と《夢晶》を土の中に埋め終えて立ち上がると、言う。
「お前とそこまで仲良くしてた記憶はないが、お前のことは、まぁ、嫌いじゃなかったよ。――じゃあな、カミシロ。地獄でも元気でな」
富士山に登頂した後、四日かけて【ギルド不知火】の本部ビルに戻って来たアズマは、まず自分の住まいに向かった。一週間ぶりの我が家に安心感を覚え、シャワーを浴びてからアズマは物入れの奥にしまった一眼レフカメラを取り出す。
たった二、三か月触っていなかっただけなのに、その手触りに酷く懐かしさを覚えた。
今なら、上手くシャッターを切れそうな気がする。
アズマはカメラを手にしたまま家を出て、ビルの一階に降りた。
まだ昼過ぎだというのに、酒場では何人かの冒険者がバカ騒ぎしている音が聞こえてくる。
受付カウンターで忙しなくしている従業員を見やりながら、外に出ようとすると、酒場の方から一人の少女が駆け寄って来る。
全力で飛びついてきたほたるを受け止め、アズマは言う。
「久しぶりだな、ほたる」
「ケイくぅぅんッ! ケイくん! どこ行ってたんですかぁ! いきなりちょっと遠出するからしばらく帰らないって居なくなって! 一週間も! 一週間も!? ほたるがどんな思いで夜な夜な自分を慰めたか、ケイくんは分かってるんですか!?」
「悪かったよ、個人的な用事でな」
アズマは、胸元に鼻先をこすり付けてきて、鼻息を荒くしているほたるの頭を撫でる。
ほたるに心配をかけたことは申し訳なく思うが、今回の用事の詳細を彼女に伝えることはできなかった。
「ケイくぅん、ケイくん、はぁ、ん♡ はぁんあぁっ、ケイくんの、ケイくんの匂いがします。はぁっ、はぁ……っ♡ もっと、もっと撫でてください! ナデナデしてください!」
「はいはい、わかったよ」
アズマは仕方ないという笑みをこぼして、ほたるを撫で続ける。
周りから向けられている視線の事を思うと、今すぐ逃げ出したいのが本音ではあるが、今日の所は我慢しよう。
「――あっ! アズマさん帰って来てたんですか!?」
続けて、酒場の方からもう一人、薄桃色の髪を揺らす少女が駆け寄って来る。
さくらがブンブンと振っている片手には、一枚のカードが握られていた。
いつか見た冒険者の仮ライセンスではなく、正式な冒険者になった者に与えられる本ライセンスだ。
「見てください! アズマさんが居ない間に、私試験に受かったんです! ほら、ちゃんとしたライセンスですよ! 凄くないですか!?」
アズマはハッと小馬鹿にしたような笑いを零して、言う。
「俺が鍛えてやったんだ、当たり前だろ。むしろ冒険者としてはここからが本番ってことを忘れんなよ」
「むぅ……、ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃないですか」
アズマの前で立ち止まったさくらは、不満そうに唇を尖らせながらアズマを見上げる。
そんなさくらを、アズマから離れたほたるがよしよしと撫でた。
「大丈夫ですよさくら、ケイくんはこういう時素直じゃないので、きっと内心ではすっごく褒めてくれていますよ」
「あ、ですよね! アズマさんツンデレですもんねーっ」
「お前ら……」
ほたると一緒に笑い合うさくら。
まるで、桜の花が咲いたような華々しい笑顔。
――この世には悪夢のような出来事もあるけれど、自分の力で夢を叶えて幸せに笑うこともできるのだ。
アズマは手に持っていたカメラで、口元に笑顔の花を咲かせたさくらとほたるの写真を撮る。
そして、手元に刻まれた最高の一枚を確認し、静かに微笑んだ。
了
夢の世界の〝冒険者《ドリーマー》〟 青井かいか @aoshitake
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