第0話 序幕 

 轟音が、響いた。

 石造りの天井からパラパラと砂や小石が落下し、壁に這う配管がパキンと音を立ててひび割れた。吹き出す熱と水蒸気。

 響く怒声。鳴り止まない銃声。

 誰かの罵声が飛び、誰かの悲鳴が遠くで上がる。

 襲撃を知らせる警鐘が、伝声管を通して通路に響き渡る。

 恐慌の波はあっという間に伝播し、革命軍のアジトモグラの巣は一瞬で喧騒に包まれた。


 ──あぁ、はじまってしまった。

 

 配管から漏れ出た水蒸気が空気を歪ませる。

 微かに耳朶じだを打つ音を感じながら、銃のグリップを握る手を強めた。

 照準器リアサイト越しには青ざめた友達の顔が見え、その瞳は戸惑いと絶望の色に染まっていた。


「どうして」

「何故」

「嘘」


 聞きなれた彼の疑問符。けれど普段の彼から程遠いと感じるのは、その言葉に迷いが滲んでいるせいだろうか。

 けれど、信頼を裏切られてもなお、彼の口からは恨み言一つ出てきやしない。

 なんて無垢で……──なんて愚かな友達だろう。

 

「アオ……なんで!?」


 葡萄酒ワインレッドの色をした瞳が涙で歪む。けれど、決して目は逸らさない。逸らせない。

 まっすぐに向けられた双眸が場違いなほど綺麗で、いっそ憎らしい。

 

 再び大きな爆発音がすぐ頭上で鳴り響いた。それに交じって石畳を蹴る足音が近づいてくる。

 ここが崩れ落ちるのも時間の問題だろう。

 通路の奥が炎で赤く染まりはじめていた。


 ──後戻りはもう、できない。


 深く息を吐き、全ての喧騒を自分の中から排除する。

 色も景色も音さえも消え去った空間で、彼だけがそこに存在していた。


「さよなら、ユーエン。……もう、きみとは一緒にいられない」


 そう静かに告げると、引き金にかけた指を引いた。

 

 

 閉じた世界で錆びついていた歯車は、ようやくこの時、この瞬間からまわりはじめる。


 ──……そうしてこの日、おれは裏切者になる道を、選んだ。




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