初詣の淡い恋

小林蓮

初詣

 二礼二拍手一礼。

 この日のために自力で調べた方法で神様に頭を下げる。

 十二月三十一日の深夜、年越し直前の初詣だ。毎年親と共に来るのが通例だったが、今年は一人で神社に来ていた。一人で来たい理由があった。

 昔、小さい頃は半ば無理やり親に連れられて参拝に来ていた。

 冬真っ盛りな上に深夜、服を何枚重ねて着ようとこの時期の寒さは隠せない手足に突き刺さり、深夜の眠気は子供には抗い難かった。

 お年玉やおせちなどは好きだったが、このイベントだけは嫌いだった。

 寒い上に眠く、長い列に並ばされた挙げ句にやることはただの無意味な儀式。

 『神様が願いを叶えてくれる』とは何度も聞いたが、信じることはできなかった。それは所詮誘い文句であり、小さな子供を騙そうという魂胆が簡単に透けて見えた。

 正直何度も初詣など行きたくないと思ったものだ。

 だが今年、今回だけは違う。

 手には五円玉を携えて、少し遠くの大きな神社までやってきた。寒さが感覚を奪おうが音が響くように手袋を外し、何度もシミュレーションしたように願う。


(高梨沙織と付き合えますように)


 高梨沙織は中学の同級生だ。成績優秀、文武両道、天真爛漫、才色兼備、いわゆる高嶺の花という人で一般人には近づくことすら憚られる。

 俺は彼女に恋してしまった。どうしようもなく好きになってしまった。彼女を見るだけで胸が高鳴り、会話をすれば心が安らぐ。彼女と共に居られるならどんなことでもできるくらいに俺は彼女を好きになってしまった。

 そう、それは信じていない神様にでも可能性があるのであれば真剣に願う程に。

 神頼みが成功する保証はない。

 だが神頼みが成功しない保証もない。

 そう信じておおいに真面目に手を合わせた。


………


 神社からの帰り道。大勢の人が並んでいた参道とは一転、人気の消え失せた暗い道。

 閑散として空気の冷たい、いつもの道だ。

 俺はその道を「凶」と書かれたおみくじを握りしめて孤独に歩いていた。

 先程、深呼吸し覚悟を決めて掴み取ったおみくじだ。恋愛の欄を見るとご丁寧に「無理」と書かれ、ああそうですかと解説を見ると「焦らず、何事も自分の力で成し遂げましょう。弱い心は身を滅ぼします」と迂遠に「お前の心は弱い」と告げられた。

 溜息をつくと、傷ついた心に追い打ちをかけるような冷たい風に晒される。

 ただの偶然だとは分かっていても傷付くものは傷付いてしまう。俺の心は弱いそうですし。

 肩を落としつつ歩いていると、学校が見えてきた。

 昼間は賑わい、明るく輝く中学校の窓も夜になるともれなく暗く静かになる。

 それはまるでこの学校に俺の春は存在しないと言われているようで、また一つ溜息をついた。


「どうしたの? 深夜に学校を見て溜息ついて。そんなことしてたら不審者と間違われちゃうよ?」


 背後からかけられた、明るく心の傷を吹き飛ばす声色に振り向くと、そこには高梨沙織が居た。

 夜にも関わらずその瞳は星の光を反射して綺麗に輝き、その笑顔は優しく暖かく柔らかい。そして彼女にしてみればクラスメイトF程度の俺に対しても、落ち込んでいると見れば明るく話しかけてきてくれる。

 

「女神……?」


「どちらかというと天使かな? 神様になるには修行が足りないよ。というか翔太君も冗談言う人だったんだね。中々のセンスに称賛だよ!」


 名前呼ばれた……! 褒められた……!


「べつに冗談じゃないんだけど……」


「またまたーそういえば、翔太君も今から参拝?」


「いや、俺は終えた所だよ」


「そっかーもしまだなら一緒に参拝できたんだけどね。あの行列に一人出並ぶのちょっと心細いんだよ。深夜だから友達も呼べないし、誰か知ってる人が居ると嬉しかったんだけどな」


「そっか、ごめん」


「謝ることじゃないって! クラスメイトに会えた事自体奇跡みたいなものだし。それじゃ、私も参拝してくるよ。また学校でね」


「あ、うん。また」


 そういうと綺麗で美しく可愛い少女は一人歩いて行ってしまった。


「――っ!!」


 ……何してるんだ俺は。千載一遇のチャンスだっただろうが。

 ついて行けば良かった。参拝が終わったとしても隣に居るだけで良かったはずだ。

 ここで出会えたのは奇跡だった。少し時間がずれれば会話すら起こらず、道を変えていれば会えていなかった。

 どうして一言「行く」と言えなかった。

 何故行こうとしなかった。

 ――ああ、そうか。神様の言う通りだ。

 俺は心が弱かった。大事な所で、ありえないような大チャンスで一歩踏め出せない小心者だ。


「……はぁ」


 深い溜息を吐いた。真冬の夜は吐いた息を凍り付かせ、手袋の無い素手からは体温を奪う。

 先程の胸の高鳴りは既に消失し、残るのは絶望的な虚脱感と自責の念。

 やはりお前は駄目なのだと。冷たい空気に言われた気がした。


………

 

「――ぃ」


 意識が溶けゆくような微睡みの中、遠くから声が聞こえた気がした。その声はこの世で俺に何よりも幸福を与えてくれる声色で。答えねばと自然に意識が覚醒する。


「おーい。起きて翔太君。早く起きないと年明けちゃうよ。初詣行くんでしょ?」


「最高の彼女に起こされるだけで初詣の役割は果たされたと思う。このままこたつでぬくぬくしながら年越しそば一緒に食べない?」


「抗い難い魅力的な提案だし、私としては乗る気満々だけど……どうせ今年も行くんでしょ?」


「流石、最愛の彼女。俺の事をよく理解していらっしゃる」


 「そうでしょ?」と、高梨沙織は俺の心の内を当てて誇らしげに胸を張る。

 それを見て、俺は安堵に全身の力が抜けた。

 夢だったのだ。先程見ていたものは十年前の過去の夢だった。

 十三歳の年末、俺は盛大にミスをした。それから中学三年間、高梨沙織と話すことすら無かった。だが、全力で勉強して高梨沙織と同じ県トップクラスの高校に入学し、高校三年間をかけて彼女と付き合うことに成功したのだった。

 今は二十三歳の年末。同棲を開始した最初の年だ。


「今年は神様に何をお願いするの?」


「いや、今年はお礼かな」


 神様なんか信じてなどいなかった。事実居ないのだと今でも半分思っている。

 だけど、彼女と今二人でこうしていられるのは確かに「神様」のおかげだから。

 今年は手を合わせて告げるのだ。


(神様、頑張るきっかけをくれてありがとう)


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