第5話 変化する自我

 番号で呼ばれる事が多かった。

何の意味も無い数字の羅列、それは単純に入ってきた順番を記しただけのランダムなもの


 「246番!」   「……ちっ。」

長い間収容されている人間の中には、自らの名を忘れている者もいた。そうならないように入りたての新人は、牢獄の壁に名前を掘って忘れないように頭に記憶を残し始めた。


 「それがこれじゃあ、結局無意味だな」

鉄の扉を開き庭へ飛び出すと同時に、背中を追って無数の囚人が解き放たれた。


「……貴様、何をしている!?」

部下の指導で忙しい中、囚人までもが暴動を起こした。しかし明らかに様子がおかしい。


「あれは...襲われている?

共に外へ繰り出す筈じゃないのか。」

よく見れば顔つきがかなり異質だ、口は裂け瞳が黒く大きい。


「あの顔、こいつらと同じか⁉︎」

手元に握る首を折られた警官の顔を見ると、暴れる囚人と全く同じ顔をしている。


「何が起きている?」

動きにも違和感があった。初めは背後から襲われている感覚をもったが、見ている相手が違うと気が付いた。警官が見ているのは看守長エメラナではなく囚人ギラ、牽制の腕を止めてみれば真っ先にそちらへ走り寄っていく。


「アイツが狙われているのか、だとすれば..」



「邪魔だな、コイツら。

戦力にしてやろうと思ってたのに敵が増えやがったじゃねぇか、クソッタレが!」


『君は本当に人気者なんだね、普通はこれ程の広がりを見せないものだよ。奴らはより深い憎しみを弄って操る外道だからね』


「オレが一体何したってんだよ..。」

強盗、殺人、脅迫とあらゆる犯罪をしてきた



「うおぉぉっ!!」 「…なんだ?」

警察の代名詞パトカーが警官や囚人を見境なく纏めて吹き飛ばし、ギラの前へ停まる。


「乗れ!」 「……何のつもりだ?」

易々と囚人と手を組むような人物ではない、しかし乗車を促している以上行動を共にしたいという意思表示と見える。


「いいから乗れ、話はそれからだ!」


「…どうするよ?」


『いいんじゃないか、同乗しよう。』

ダラダラとしてもいられない、吹き飛ばした連中は直ぐに起き上がり攻めてくる。


「乗ってやるよ、正義の味方!」

助手席に乗り込み刑務所を出る、その後をかつての部下や仲間たちが追う。


「で、聞きたい事ってのはなんなんだよ?」


「..様々あるが、先ずは外の事よりお前の中の存在だ。そいつは何者だ」


「聞かれてるぞ〜?」

気の抜ける声で内側に呼び掛けると、丁寧な声が囚人の口を遣って返事をした。


『僕の名はリヲン、訳あってココに住み着いている。とある星からこの星に用があってね』


「とある星だと、宇宙人だとでもいうのか?」


『まぁ、そんな具合かな。

〝地球外生命体〟とでもいうべきか、とにかく空から落ちてきたってことだね』

支離滅裂、というよりは悪ふざけに近い。大の大人に本気で理解を示せというのだろうか


「だったら連中もお友達か?」


『奴らは敵だよ、一緒には落ちて来たけど。

追いかけて来たらココに行き着いた』


「オレたちと一緒だな、ガハハ!」


「..括るな下衆が。」

一通りの説明は、リヲンがしてくれた

何故連中が襲ってくるのか。何故ギラばかり狙われているのか、寄生対象の関係も含めて


「しかし、よりによって何故これ程の嫌われ者の中に入ったのか...憑く人間を選ぶべきだ」


『咄嗟の事だったからね。

..僕は人気者だって聞いてたけど?』


「物は言いようだ、地球外生命体さんよ。」

話し込んでいると車は発端とも言える長い道路にまで行き着いていた。


「お前、街を追い越したのかよ!」


「街だと?

逃亡犯が人気の多い所を好むのか」


『違うよ看守長さん、僕らが街へ向かうのは憎しみに寄生した根源があるからで..』

仮にも看守長、及び警備隊を統率する身として脅威に追われている以上街の住人を危険に晒す訳にはいかない。


「目的が有るのはわかるが理解してくれ、狙われているのが死んで当然の犯罪者といえど罪のない人々が犠牲になりかねん。少し距離を取り安全を確保してから改めて向かう」


『死んで当然って...。』


「安全を確保ってよぉ、さっきっから静かなもんだぞ。誰一人追ってきやしねぇ」

後ろをついて蠢いていた集団が道路に差し掛かってからパッタリと姿を消した。


「……ききぃ..」 


「なんだ?」 「なんでもねぇよ」

鈍い金切り声が響いた気がした。何度か聞いたものとは少し違う、異質で鋭い音がする。


「‥おい、ありゃなんだ?」

助手席のサイドミラーから、こちらへ向かって迫り来る大きな存在が見える。


「…き、ききぃっ..‼︎」

蜘蛛のような八本の脚で地面を叩き、髪を振り乱し荒れ狂う巨大な女性の姿。


「あれもお前の友達か?」


『ウソだろ..あそこまで形を変えるなんて。』

憎しみを持つ多くの寄生体が一同に結集し、一つの生命体となった。


「いくら女でもあれじゃ相手は出来ねぇな」


「お前が招いた種だ、責任を取れ。」

運転席から手を伸ばし助手席の扉を開く


「…あ?」 「じゃあな」

ギラを蹴飛ばし道路へ転がすと、再度助手席の扉を閉めた。


「てめぇ..何しやがんだ!!」

目的はギラ、幸い人気の無い道路の真ん中であれば犠牲者は生まれない。標的を車から下ろしさえすれば、最早関係は皆無になる。


「そこでお前が死ねば問題は解決だ。

..悪く思うなよ下衆野郎」


『見捨てられたね』 


「あの野郎、あとで覚えてやがれよ..」


「ききぃぃぃ!!」 


「うるせぇぞクモ女!

腹いせにてめぇをぶっ潰してやるよ!!」

理性なき暴力が憎しみを叩く。

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