第13話 騎士は変化に戸惑う
身体の砂を払ったベーグルがなんだか楽しそうに所定の位置に戻って行く。それを目で追っていたブレッドの眉尻は、僅かに下がっている。
……これはしょんぼりしているな。
神殿に来てからそう日は経っていないのに、ブレッドからはあの殺伐とした雰囲気と悲壮感が薄れていて、感情がこちらに伝わりやすくなっている。
きっと今まで色んなことを我慢して生きてきたんだろう。
わかっちゃうんだよね~、神殿に来る子はみんなそんな子ばっかりだから。
美味しいご飯と暖かい寝床、そして安心できる環境があれば、我慢ばっかりが身に付いた子も自分を出せるようになっていくんだよ、うん。
ごめんね、ベーグルを贔屓してるわけじゃないんだよ!
相撲をもっと上手くなってほしいから、そのための提案だよ!
私が心の中で言い訳している間に、再び両者が向かい合う。
そしてゆっくりと腰を下ろし、両者呼吸を合わせて踏み込む……と同時に、ベーグルは曲げたままの肘を勢いよく振り上げた。
「……っ!」
ブラッドは反射的に鋭角な肘を避ける。初めてなのにほとんど予備動作がなかったベーグルもすごいけど、避けるブラッドもすごい!
けれどのけ反るようなその動きで、完全に上体が浮いてしまう。
これこそが、狙いだ。
すかさずベーグルはブラッドの懐に入り込み、
ブラッドの身体は完全に起き上がってしまっていて、最早抵抗などできず。
――次の瞬間、勢いそのまま押されたブラッドの身体は土俵を割ってしまっていた。
これまでの長い取組が嘘みたいな、秒の勝負だった。
「やったー! 勝ったで!」
思惑通りの勝利にベーグルが飛び上がって喜んでいる。負けてる時は不貞腐れていたくせに、現金なやつだ。
対するブラッドは土俵下から、呆然とした様子で私を見る。
「今のは……許されるのですか? 打撃は使えないはずでは」
「うん、拳で殴るのは駄目。でも、平手と肘は禁じ手じゃないよ」
ブレッドの顔が「それは屁理屈では?」とでも言いたげに歪む。
でも実際そうなんだもん!
相撲における禁じ手は八つある。
まず、握り拳で殴ること。
同じように胸、腹を蹴ること。
これのふたつは組み合いという競技の性質上、除外されるだろう。殴り合いだとかキックを見たい人は相撲じゃなくて別の競技を見よう。他に素晴らしい打撃系競技いっぱいあるし。
次に目またはみぞおちなどの急所を突くこと。
両耳を同時に両手のひらで張ること。
一指、二指を折り返すこと。
まあこの三つをOKにしてしまうとそもそも競技として成立しない。ただの喧嘩だ。指を折り返すなんて想像しただけでぞっとしちゃうよ。
この他に喉を掴むことも禁じられている。しかし
筈、というのは親指を広げつつ他の四本の指は閉じてYの字のような手の形にすることだ。ミトン型の手袋を想像してもらうとわかりやすいだろうか。
指でがっちり掴んだり締めたりするのはアウト、という感じだ。まあ力士がそんなことしたら命に係わっちゃうしね。握力すんごいんだよ。
あと
……ちなみに出ちゃうと負けなので、たまたま外れちゃうのは相手ではなく自分が負け。まあ、マジカルまわしだから外れたりはしないので除外していい。
残りのひとつ、八つの禁じ手の中で最も多く反則として適用されているであろう頭髪をつかむこと……いわゆる髷つかみも、この世界では除外になるだろう。
私がベーグルに入れ知恵したのは、禁じ手スレスレのズルではなく、相撲では「かちあげ」と呼ばれるれっきとした技である。
一撃KOを狙いにいくというよりは、先程のブレッドのように相手の身体を起こすことや体勢を崩し隙を作るための打撃という要素が強い。
ちなみにこの技は相撲に限った話ではなく、格闘技やアメフトなどのコンタクトスポーツなどでも使われている。
「足の裏以外が地面につくか、土俵から出れば勝ち。つまり、勝つためにはまともに組み合うだけじゃなくて、色んな方法を使うのも大事ってこと!」
もちろん組み合ってぶん投げるのは相撲の華だ。でもそれだけではない。
多種多様な技も魅力の一つなわけよ!
まあ実際のところ、相撲の決まり手は大体押し出しと寄り切りなんだけどねー。
だから体を大きくして、前に出るっていうのが相撲の王道なのだ。
「なるほど……クラウディア様が仰っていた『展開がない』という意味がようやく理解出来ました」
ブレッドがそう呟きながらすっと立ちあがる。
その瞳にはこれまで見たこともない物騒な光が燃えていた。
……あ、これは何かスイッチが入っちゃった感じ?
異世界大相撲~男を裸にするために手段は選びません~ 夏場所りんご @yen
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