第11話 騎士の傷は勲章です

 着替えを終えてやってきた裸同然のふたりを見て、私は言葉を失ってしまった。


 その見事な筋肉に見惚れたから、というだけではない。


 彼らの身体に刻まれた、無数の傷が、私から言葉を奪ってしまったのだ。


 アンナも動揺からか、目を見開いたままふたりを凝視している。

 ……それだけ、彼らの身体は傷だらけだった。

 職業柄人の傷というものを見慣れている私とアンナが言葉を失うほど。


「ほらほら~、騎士の裸なんか見るもんちゃうやろ? どん引いてるやん」


 私たちからの視線に耐え切れなくなったのか、ベーグルは「あんま見んといてぇ~」とわざとらしく上半身を隠すようにくねらせた。

 そんな彼だって、右肩から腹にかけて縦に大きく裂いたような、引き吊れた醜い傷跡がある。

 治癒で治したら、こんな派手な痕はつかない。……恐らくろくに縫合もされず、血止め程度の治療しか受けていないのだろう。


 しかしそれよりも酷いのは、ブレッドの方だった。

 上半身だけでなく、下半身にまで傷がある。どんな攻撃を受ければここまで酷い痕が残るのか、これまで数え切れないくらいの騎士を癒してきた私にもわからない。


「……申し訳ありません、こんなみっともない身体で」

 

 私の視線に気づいたブレッドはベーグルのように身体を隠すことはしなかったけれど、少し申し訳なさそうに呟く。


「いやっ! みっともなくない!」


 筋肉が人の努力を表すように、刻まれた傷は、その人のこれまでの人生を表す。

 全身を覆う痕を見て、彼らがどれだけ苦痛に満ちた人生を送ってきたのかが今、わかってしまった。

 神が、先人たちが「肌を晒すな」と教えたのは、医療行為が発達していないこの世界で、傷ついた人を守るためだったのかもしれない。


「それより、その傷は、身体は大丈夫なの⁉ 痛みは⁉」 


 彼らの元主は、騎士の治癒代をケチる男だったのに! 想定できたはずの事態をすっかり忘れていた自分に腹が立つ!

 マジあのデブ許さねぇ! 一族郎党どころか関わりある奴も全員お断りじゃ!


 詰め寄った私に、ブレッドが軽く首を振る。


「痛みはありません。どれも古いものですので」


「騎士の身体はみんなこんなもんやでぇー。殴られ蹴られて育つってな!」


 ベーグルは呵々と笑うけれど、こんな傷ばっかりの騎士見たことないんですけど!

 ……いや、きっとたくさんいるんだろう。そういう人は、私の所に来ないだけで。聖女の癒しは高価だ。身代金を払うのがやっとな貴族に仕える者たちに手が届くわけがない。


「本当の本当に大丈夫なのね? 一度定着してしまったら機能は元に戻せないけど、痛みなら取ってあげられるから、ちゃんと教えてね!」


「いやぁ、治癒代払えへんって」


「何言ってるの! 身内からお金取る訳ないでしょ!」


 私が頬を膨らませて反論すると、ベーグルはなぜかちょっと面食らったみたいに目を見開いて自分を指さした。


「えっ、俺、身内?」


「当たり前じゃない! 同じお鍋のご飯食べたら身内に決まってるでしょ! あーもうホントあのデブどうしてくれようか! マジ許せん!!」


 口から火を噴く勢いの私にベーグルは恐る恐る続けて問いかけてくる。


「聖女様、俺らの身体醜いとか思わんの?」


「は? 醜い? どこが?」


 言われてまじまじとふたりを眺める。


 治癒も碌な治療も施されなかったのだとしか思えない傷が、見事な筋肉の上に走っている様を改めて目の当たりにして――私の中で何かが弾けたのがわかった。


「これはありよりのあり!!!」


 筋肉×傷跡=ありです! これは前世だと絶対味わえなかったコラボレーションじゃない⁉


「ていうか、素晴らしすぎるわよ! 確かに予想外ではあったけど、ただでさえ最高の身体なのに傷がプラスされることでなんということでしょう……色気とか精悍さが増してる気がするぅ! 傷は無いに越したことはないはずなのに、ある方がいいとか思っちゃうぅぅぅ! だめよ、だめだめ!」


「……本当に幻滅されてはいませんか?」


 ブレッドまで心配そうに問いかけてくる。幻滅⁉ 馬鹿言ってんじゃないよ!


「幻滅なんてするわけないでしょ!」


「……よかったです」


 そう言ったブレッドの表情はあまり変わらなかったけれど、ほんの少しだけ赤くなった頬とぴくぴくと動いた胸筋で喜んでいることは伝わってきた。

 身体は正直!!!!


 はー!! ヤバイ!!!!


 これこれこれこれ!

 これだよこれ! 私が求めていたのはこれ!


 ふたりとも胸筋はパンパンに張ってるし、当然腹筋は板チョコみたいなバッキバキのシックスパック。こんもりと盛り上がった三角筋と首とを繋ぐ僧帽筋が襟のように立っている。

 しかもこれ、マシンとかプロテインとか無しの天然ものだよ! 最&高じゃん!!!!


 首から下、日に焼けていないまっ白い肌を包むのは、下履きとまわしだけ。

 その身体を守るものなど何もないはずなのに、ふたりの身体は鎧をまとっているみたいに筋肉で武装されている。


 ブレッドの方が上腕や胸筋が発達していてその分、身の厚さが凄まじい。筋肉の上にうっすらと脂肪があって、それが絶妙なむちっと感出しててまたよし!

 対するベーグルはずいぶん腰が細く見える。でもわかるよ、これはくびれているというよりも引き締まっているんだよねっ。

 例えるならば、ブレッドは総合格闘技で、ベーグルはボクシングって感じだろうか。

 私はもちろんどっちも大好きですよ!!

 はー最高! キレてるよ! めっちゃくちゃ仕上がってますよー! って叫びたい!

 ボディビルの大会で掛け声かけるの本当にわかる。芸術品のような見事な筋肉を見た時、人は声をあげずにはいられないのよ!


 しかもまわし!

 マジまわしってすごい。それ身に着けただけでもうお相撲さんって感じになる。

 もちろん前世で馴染みのある力士とは違うけど、これが私の求めていた戦う男ですよ……!!!!(感涙)


「やばい今新たな扉が開かれてしまったわ! 戦う男って最高! ねえそう思わない⁉」


「思いません」


 堪らずアンナに同意を求めると、秒で否定されてしまった。酷い!


「なんでよ! ここは感動で打ち震えるところでしょ!」


「感動はいいですけど、さっさと相撲ってやつ、やりましょうよ。……いつまで彼らに裸同然の恰好させておくつもりですか」


「あっ!」


 ある意味私は目的達してたから、すっかり忘れてた!


 慌ててふたりを神殿の中庭に連れて行く。


 相撲をするために必要なもの……それは力士だけではない。


 戦う場である「土俵」だって、欠かせない。


 そんな土俵は、まわしと同じように、神殿のマンパワーによって既に完成しております! ハイ!

 俵を用いない「皿土俵」じゃなくて、ちゃんと稲わらならぬ麦わらを編んで作った俵を使い、地面に土を盛り、叩き固めて作った本格的な土俵だよ!「徳俵」と呼ばれる四方に俵ひとつ分の出っ張りまで再現しました!


 まあどういう形のものなのかみんなに説明するの大変だったし、形状は説明出来ても細かなサイズとかは私もわからないからかなり試行錯誤したけど、なんとか満足のいく出来になったと思う。


 中庭にどかーんと出現した土俵を見て、力士のふたりは「おお」と小さく感嘆の声を上げた。


「なんや、舞台ステージみたいやな」


「近いね。でも神様に奉納するわけだから、ちょっと高さがあった方がいいでしょ」


 本来の土俵がどういう意図であの形状をしているかはさすがに知らないけれど、地面そのままよりはやはり高さがあった方が見やすいしね。


 ところが私の説明を聞いたベーグルは驚いた様子で問いかけてくる。


「えっ、奉納? なんやそれ」


「それが神のご意思ですからね」


 ちなみに、神殿で相撲をやるのは神託ってことで通した。


 責任者である神殿長は「悪い事じゃないならいいんじゃない?」くらいのノリでOKである。ていうか「もしかしたらこれが収入になるかも」って囁いたら速攻許可出ましたー。

 年々神殿への寄付減って厳しくなってるから仕方ないね。世知辛い世の中だよ!

 まだ辛うじて食後のデザートは出てるけど、ひとり分はだいぶ少なくなってしまった。食べ盛りの子たちにとってデザートとか間食ってほんと大事だから、早急になんとかしてあげたいのは神殿にいる大人たちの総意だ。


「嘘はよくないと思うでぇ」


 そんな私の目論見を察しているかのようにベーグルが呟く。往生際が悪いのかまださりげなく身体を腕で隠している。

 対するブレッドは堂々としたものだ。……胸筋がぴくぴくしてるから、緊張はしてそうだけど!


「神様のご意思を疑うの? 相撲を神殿でやるのには、ちゃんと意味がありますから!」


 元々相撲というものは前世私が住んでいた日本の宗教である神道と深いつながりがあり、神事として行われていた。

 この流れで神社仏閣が建物の修復などに使う資金を調達するための興行として相撲を行うようになり、元々は武家ものだった相撲が庶民の間にも広まったのだ。これが、今日まで続く大相撲の始まりだと言われている。

 それを証明するように、江戸時代の相撲は寺社奉行の管轄で、寺社の境内などで行われていた――というのは相撲を激推ししていた前世の友達からの受け売り。


 だから神事として行われていた相撲を神殿で行うのは、間違ってないと思うんだよね! 世界違うけど!


「ふたりとも、ルールは覚えてる?」


「足の裏以外が地面に付くか、この丸いところから出たら負けやろ? 忘れるわけあらへん」


 ベーグルはそう言うと、ひょいと土俵上に飛び乗った。ブレッドもその後に続く。


 さあ、本当に相撲の始まりだ!



 


 

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