第10話 騎士は馬を降りたら力士になる
私が
「……ホンマにこれが制服ですか⁉」
「そう」
ふたりに渡したのは、なんの変哲もない下履き……この国における男性用下着である。薄手の生地で太ももの半ばくらいまでの丈があるので、パンツというよりスパッツという感じだ。
「いやいやいや、これどう見ても下着やないですか! さすがにこの他に何かあるんでしょ?」
「そう、あとその上にこれを巻きます」
これぞ真打ちという感じで特製のブツを出すと、ベーグルは再び叫んだ。
「ただの布やん!」
「違います! 神殿の総力を結集して作った特製のまわしです!」
相撲に必須のまわし。でも本物は装着方法がわからなかったので、なんとかそれっぽいものを作ろうと試行錯誤した結果、腰に巻いただけで魔法でほどよく締め付けるマジカルまわしを開発することに成功しました!! すごくない⁈
神殿には治癒を行う聖女だけでなく、実は魔術師も結構いる。その子たちが手伝ってくれた。
癒し手を育てるための魔法教育のノウハウが神殿にはあるので、それを応用して素質のある子供に教えてあげているのだ。
魔力って平民より圧倒的に貴族の方が多い。でも神殿には私みたいに貴族の生まれだけど……みたいな子もいっぱいいるからね。
権力のない神殿が政治や金儲けのことしか考えていないギルドからの干渉を辛うじて退けられているのは、神殿から巣立った彼らが魔術師としてこの国を様々な場所で支えてくれているからだ。
みんな「騎士に必要以上の怪我をさせたくない」って私の気持ちを理解して協力してくれたんだよ! 最高じゃない?
……ん? 下心? 知らない子ですね。
「いや待ってよ下履きだけってあり得なさすぎひん? せめて肌着でいいんで上に何か着るもんを……」
「駄目です。説明したでしょ?」
私が腰に手を当ててにじり寄ると、ベーグルは「はいはい」と呆れたように続ける。
「まあ、理屈はわかりましたわ。せやかて聖女様、俺ら騎士やで? 騎士は騎乗して戦うもんやろ。そこは納得でひきん」
「大丈夫、馬から降りた騎士は力士になるの」
ベーグルの頭に大きなはてなマークが浮かぶのが見えた気がするけど気にしない!
「りきし……それはすなわちRe:騎士! 一度騎士としての力を失っても相撲ならもう一度輝ける……騎士は力士になって蘇るのよ!」
Reは再生を意味する「reborn」の略だよ! 我ながらうまい事言った!
でも残念ながらベーグルには全く伝わらなかったらしい。なんでよ。
「いや意味わからんって……。頼むよアンナちゃん、聖女様の翻訳してぇな」
「翻訳と言われても、クラウディア様はいつもこんな感じです」
「マジか!? ブレッドお前大丈夫?」
「大丈夫も何も、僕はクラウディア様の仰る通りにするだけだ」
「ブレッド……もうちょっと自分の頭で考えた方がええで」
「考えてる。クラウディア様は僕に再び戦う場をくれた。それで十分だ。……裸になることくらいなんともない」
とかいいつつも恥ずかしいのか、あまり表情が動かないブレッドの頬がちょっと赤く染まっている。
うわーうわー恥じらうマッチョよき!!
期待膨らんじゃうぅぅぅ!!
「でもさぁ……」
「クラウディア様のお申しつけを受け入れられないなら、ベーグル殿はバレイショー男爵の元にお戻りになられては?」
それでもなお渋るベーグルに、アンナが冷たく言い放つ。
ちなみにバレイショー男爵ってのは、ブレッドとベーグルの元主である、あのデブのことである。
あ、一応私普段は人様の外見あげつらうような真似はしないよ? ただあのデブはマッチョ殴ったからね。許さねぇよ。
それはともかく、ベーグルはクビになってたわけではないらしい。ただ本人曰く「ブレッドひとりだとほんま危なっかしいから~」ということで自主的に辞めてついてきた、とのこと。
私としてはマッチョがひとり増えるだけだから全然構わない。ただ、ここに来たからには脱いでもらいますよ!
「うわぁ、それは勘弁やでぇ~! ここの塩肉団子鍋食うてしもうたら、あそこの飯は豚の餌や!」
そうだろう、そうだろう。神殿のご飯は私の前世の知識でアップグレード済みだからね! それにうちの料理人のセンスがプラスされてめちゃ美味しいのよ!
神殿名物の塩肉団子鍋は、ちゃんと鶏ガラから出汁をとって、野菜もたっぷり入った栄養たっぷり鍋だ。
前世で好きだった塩ラーメンのスープをイメージして作ったんだけど、隠し味のショウガがポイントなの! 肉団子は食べる人みんなの口に入るようにちょっと小さめだけど、味は抜群よ!
「ほらほら往生際が悪い! さっさと着替えていらっしゃい!」
なおも不満を続けようとするベーグルにアンナが痺れを切らし一喝する。するとブレッドは相方を置いてさっさと更衣室へと歩いて行ってしまう。「信じられねぇ」と喚きつつベーグルも後に続いた。
「うふふ、楽しみね、アンナ!」
「筋肉を前にして取り乱さないようになさいませ」
「それは無理!」
だって生まれ変わってようやく大好きな筋肉を思う存分眺められるんだもの!
もうテンションマックスになって当然じゃん!
「ていうか、アンナも見てみたいでしょ?」
呆れたようなため息を吐いたアンナににやにやと笑いつつ尋ねる。するとアンナは私からわざとらしく視線をそらした。
そう。ベーグルって、結構アンナ好みの外見してるんだよね!
ふわふわの茶色の髪には似つかわしくない鋭い三白眼が見る者にちぐはぐな印象を与えるためか、彼はとにかく胡散臭い。また西なまりの話し方が軽薄さをこれでもかとプラスしている。そして背が高いせいか、鍛えているのにシュッとして見える体躯の持ち主。……これはどう見てもアンナの好みど真ん中だろう。
「ベーグルってば絶対脱いだらすごいから♡ 楽しみだねぇ♡」
「……クラウディア様って、結構意地悪ですよね」
図星を刺されたアンナがちょっと頬を膨らませる。
いつも私をいさめてばかりのアンナだって、年頃の女の子だもん。萌えちゃうのは当然よねっ!
好みの外見のマッチョを見て、マッチョに目覚めてくれたら私超嬉しい♪
けれどそんな浮ついた気持ちは彼らが着替えた姿で現れた瞬間、吹き飛んでしまった。
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