やるぜ、大相撲!

第9話 黒髪の騎士は聖女に救われる

 生まれた時から僕には居場所が無かった。

 

 一応貴族の家に生まれたものの、四男なんてただのごくつぶし。だから僕は生まれた瞬間、近い将来家を出てひとりで生きていくことが決められていた。

 ごくつぶしを延々と養えるほどの経済力が、我が家にはなかったから。

 別に珍しくもない、よくある話。

 

 そんな家に生まれたから、地位やお金は当然ながら、居場所どころか、未来すらなかった。

 死なない程度の食事と、恥にならない程度の教育。


 それだけが僕に与えられた全て。


 八歳の時、親はとある騎士に僕を従者として預けた。


 ごくつぶしの貴族子息の行きつく先など、騎士になって命をすりつぶすか、官僚になるくらいしかない。官僚になれるほどの教育は与えられなかった僕は、騎士になることを強要された。


 預けたというと聞こえはいいけれど、いくばくかの金と共に厄介払いをしただけ。家を追い出される頃には、僕の下に妹と弟が出来ていたから、きっと部屋が足りなかったのだろう。

 平民の貧しい家ほど子供を作るのは、子供が無料の労働力になるからだ。

 しかし金のない貴族にとって、育てられない子供は負債にしかならない。


 ……ならば最初から作らなければよかったのに。


 騎士の憂さ晴らしのために暴力を振るわれた時はいつも、この世に僕を生み出した親を恨んだ。


 きっと僕は誰にも必要とされず、ひとりきりで死んでいく。


 期待しては、裏切られ、はねつけられ、踏みつけにされる日々。

 まるで永遠のように繰り返される暴虐。


 生きている意味なんて何もわからず、ただ、必死で身体を鍛えた。そうしなければ明日、目覚めることすらできないとわかっていたから。


 騎士になって馬上槍試合で金を稼ぎ、トップへと登り詰める。

 

 僕の師匠である騎士は酒を飲むたびに「そうすれば全てが手に入る」と言っていた。しかし師匠を見ている限り、それはとても実現できるとは思えなかった。


 でも、夢を見ることは許されるのだ。

 騎士であるならば。

 それを目指す従者であるならば。


 騎士になって馬上槍試合で勝つ。


 それは僕が初めて抱くことが許された希望で、救いだった。


 従者として暮らして七年、師匠であった騎士が馬上槍試合で死んだ。

 騎士に身内はいなかったから、彼が遺した装備と馬は僕のものになった。


 自分の力で勝ち取ったものではなかったけれど、ようやく僕は夢を具体的な目標にすることができたのだ。


 ただ、師匠が死んだおかげで騎士になれた僕には実績も伝手がなく、雇ってくれる貴族はそう簡単に見つからない。


 結局僕は「騎士殺し」として有名な男に仕えるしかなかった。

 無謀な賭けのために騎士を使いつぶすギャンブル好きしか、僕のような新参者ノービスは受け入れられない。

 戦争が過去のものとなった現在、騎士はその活躍の場をほとんど失っていた。

 試合ゲームのための戦いだけが唯一、騎士の力を示せる場だった。


 僕は何度も馬上槍試合に臨み、負け続けた。

 他の騎士たちに比べ、僕は圧倒的に体格が小さかったから。どんなに力があっても、攻撃が届かなければ何の意味もない。

 短い腕を補うために、ひとより長い槍を誂えた。それを思う通りに振るえるように必死に鍛錬した。

 従者であった頃が、あの暴虐の日々が懐かしく思えるくらいの、苦痛に満ちた毎日を繰り返した。


 それでも、勝てなかった。


 騎士になって、三年。

 

 僕はついに下手を打ち、聖女の治癒でも治せない怪我を負い、クビになった。


 目標は夢まぼろしと消え、僕は絶望と共に全てを諦めた。


 だから、本当に生まれて初めてだったんだ。誰かに認めてもらえたのは。


 「あなたは頑張った! あなたは努力した! それはあなたの身体を見ればわかります!」


 そう言って、聖女様は僕を抱きしめてくれた。

 

「あなたは何も悪くない! あなたは誰かにないがしろにされていい人間ではない! あなたは宝物なのよ!」


 ……聖女様。あなたはきっと誰にでも救いをくれる優しいひとだ。


 でも僕にとっては、唯一無二のひとだ。


 こんな僕を認めるだけでなく、宝物だと、言ってくれた。


 だから僕は、僕の全てをあなたに捧げる。


 全てといっても、差し出せるのはこの役立たずの身体しか、ないのだけれど。

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