第7話 聖女は騎士に相撲をさせたい
私がひとりテンションをぶち上げていると、アンナがさっと手を挙げた。
「はいアンナさん、早かった!」
「そもそも、相撲とは何ですか?」
「いい質問ですね。相撲とは、土俵の上で力士と呼ばれる全裸の戦士たちが組み合って戦う格闘技です!」
私がそう答えた瞬間、アンナの目が三角になった。
「裸の男が見たいだけじゃねーか!」
「そこは否定しないけど、相撲を選んだのにはちゃんと理由があるの!」
もちろん鍛えた男性の裸は見たい。チャンスは全部ものにしたい!
しかし裸の競技だから相撲を選んだわけではない。
前世で戦う男が大好物だった私は、本当に色んな競技を見に行った。その上で相撲がベストだと思い至ったのだ。
「そう……理由は三つある!」
びしっと指を三本立ててみせると、アンナは「よし聞こうじゃないか」と腕を組む。一応なんでも聞く耳を持ってくれるのがアンナの素晴らしいところだ。
「ひとつ、武器を使わない。殴り合わない。これで怪我は劇的に減る」
格闘技と呼ばれる競技は、大きく二種類に分けられる。
打撃系と組み技系だ。
前者はそのまま打撃の技を主体とする格闘技で、空手やボクシングなどが代表格だろう。後者は投げ技や閉め技、間接技などを主体とする格闘技で、柔道やレスリングなどと並び、相撲もこちらに分類される。
殴り合いを除外するとなると、自然と組み技系格闘技から選ぶことになるというわけだ。
「なるほど」
ただし、柔道、レスリング、相撲、柔術、合気道など、この時点ではまだ選択肢は多い。けれど、次の理由で相撲以外は難しくなる。
「ふたつ、ルールが単純明快でわかりやすい」
試合に対戦者と共にどうしても欠かせない存在が、審判だ。私は多様な競技を知ってはいるけれど、実際に体験した訳でもなければ専門に学んだわけでもない。
柔道もレスリングもなんとなくしかルールを知らないし、柔術や合気道ともなればほとんど知識がない。とてもじゃないけれど、審判なんてできない。
審判がいなければそもそも競技として成立しないのだ。
その点、相撲は違う。
「相撲は「土俵」と呼ばれるスペースから出るか、足の裏以外の部分が地面についた時点で負け。とっても単純明快でしょ?」
「……案外ちゃんと理由あったんですね」
「当たり前でしょー! 馬上槍試合の替わりになるものなんだから、ちゃんと考えますぅ~」
日々筋肉をどうやって眺めるかばっかり考えていることは事実だけど、怪我する騎士を減らしたいと思っているのも本当だもん!
「でもだったら、その裸でする相撲? とやらじゃなくて、前にも話してくれた球を使う競技はどうです?」
どうやらまだアンナは裸に抵抗感があるらしい。両手でボールを投げる仕草をしてみせる。
「ああ、ラグビーのこと? あれもちょっと難しいかな」
ラグビー……あのガチムチ感たまんないよね!
とはいえ、こちらも他の格闘技と同じで、試合を見ている時は筋肉友達が隣で全部解説してくれていたから、ルールなんて簡単なものしか覚えていない。結局ネックはそこなのだ。
「それにラグビーって団体でやるものだから。やっぱり個人戦じゃなきゃ」
馬上槍試合にも団体戦はあるけれど、結局戦い自体は個人戦と変わらない。柔道とかの団体戦と同じだ。そもそも騎士は個人事業主みたいなものなので、チームを組み協力して行う競技なんてとてもじゃないけど出来そうにない。
それに、一般的なラグビーチームは十五人。個人でそれほどの騎士を抱えている貴族は限られてしまう。他のチームスポーツ、サッカーや野球だってそれなりの人数が必要だしこちらも審判がいない。
「だから相撲がいいんだって!」
「でも全裸なんでしょ⁉」
「安心してください、履いていますよ! 正しくは『まわし』と呼ばれる下履きは身に着けます」
「なるほど! って下履きひとつって裸と変わらないじゃないですか!」
「いやこの下履きが重要なのよ。そこを掴んで投げ飛ばしたりするわけだから!」
組み技系の格闘技で重要なのは、着衣を掴むことができるか否かだ。
実際の着衣の有無ではなく、掴めるか掴めないかで分類すると相撲は着衣格闘技なのだ。断じて裸ではない。
「……いつも思いますけどクラウディア様の前世の世界はなんというか、色々あり得ないことばっかりですよね……。まあ実際にやってみたとして、そんな危ない試合に参加する騎士がいるわけないと思いますけど」
「いや、いると思う。……相撲って、参加者にお金かからないのよ」
三つ目の理由を口にすると、アンナは理解できないとばかりに首を傾げた。
「裸ってことは武器も防具もいらないから、参加するハードルが下がるでしょ。……身ぐるみ剥がれた人も再チャレンジできるってわけ」
「あ……」
馬上槍試合に出るためには、正確には「身代金」だけではなく武器や防具、馬も必要だ。身代金は主が出すけど、装備は騎士本人が用意しなくては、騎士になるためのスタートラインにも立てない。
騎士は制度的に平民でもなることは可能なのに、結局貴族出身者ばかりだったり世襲が多いのはこの慣習のせいだ。
「だから騎士は馬上槍試合じゃなくて、相撲をすべきなのよ!」
力強く拳を握りしめた私に、アンナは少し可哀想な子を見るような目を向けつつ言った。
「理由は思ったよりかなり真っ当でしたけど……無理ですね」
「なんでよ!」
「少なくとも自分が最初のひとりになりたくないです」
「……だよねぇ」
だって全然権力はなくても、やっぱり神殿の、神の教えはこの国の人々に深く根付いている。前世の記憶を持つ私でさえ、今は肌を晒して歩くことに抵抗を覚えてしまう。貴族出身の騎士たちが素直に裸になってくんずほぐれつしてくれるとは到底思えない。
そんな中、先陣を切るのは勇気以上のものが必要になる。
「……なんだか、空しいわね。治しても、治しても、きりがない」
傷を癒すのが私の仕事だ。けれど、自ら望んで傷つけあう人を治すのは、空しい。
数十年前、戦乱の世を生きた聖女たちは、一体どんな気持ちで騎士たちを癒していたのだろうか。彼女たちの心情と、今の私の感傷なんて、比較することすらおこがましいけれど。
ふと今日癒してあげた、黒髪の騎士を思い出す。
「……あの黒髪の騎士さんは、大丈夫かしら。帰ってからデブに殴られてないといいんだけど」
「クラウディア様が治癒した人を心配するの珍しいですね」
「うん、すっごいナイスマッチョだったから……」
「結局筋肉かい!」
アンナは呆れたようにツッコんできたけど、むしろそれ以外に何を心配しろと言うのか。
「あの人が脱いでくれたら最高なんだけどな……。張りと丸みのある胸筋に、引き締まったお腹、ぷりんと上向きになったお尻……想像するだけでぐっときちゃう……」
「クラウディア様が仰っているのは筋肉と相撲のことだとわかってますけどその言い方なんか卑猥だから止めましょ……」
アンナの言葉を遮るように扉がノックされる。
「やだ、早く帰れって催促きちゃったんじゃない?」
叶わぬ夢語りをしていたせいで、外はすっかり暗くなってしまっている。
「すみませーん、今出ます!」
アンナと共に慌てて身支度を整え扉を開けると、そこにいたのは見知った使用人ではなかった。
「……先ほどはお世話になりました」
いきなり深々と頭を下げてきたのは――今しがた話題にしたばかりのナイスマッチョな黒髪の騎士だった。そして彼は、頭を下げたまま、言葉を続ける。
「聖女様、あなたの奴隷になりに参りました」
うん? どういうこと?
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