第5話 聖女は騎士を癒す
怪我の治癒は、前世でいうところの外科手術のようなものだ。
患部から相手の体内に魔力を注入し、損傷した部分をただひたすら元の形になるように整形していく。地味で根気のいる作業である。
攻撃魔法のような派手なエフェクトがかかることもなく、その人の魔力の傾向によってじわっと熱を帯びたりほんのり光ったりする程度の反応しかない。
まあ見た目重視のエフェクトかけようと思えばできなくはないんだけど、普通の癒し手であればそんな無駄なアピールに力使うより治癒に力使う。少なくとも神殿でちゃんと修行をした人はしない。
つまり派手にキラキラさせて治す人はモグリで詐欺師ってことだよ! はいここ、テストに出ます!
私は怪我を治癒させる時、魔力の針と糸で縫い合わせていくイメージでやっている。フリーランスの外科医になりきると失敗しなさそうだから!
言葉にすれば単純だし見た目も地味な治癒魔法。
でも、実際に他人の身体の中に魔力を注入することは、誰でもできることではない。
というのも、魔力には人それぞれ形がある。魔力の形は魔紋と呼ばれ、指紋や網膜のように、たとえ血の繋がった親兄弟でも同じ者はいない。
だから通常、人に魔力を注入するとかなり強烈な拒絶反応が起きてしまう。
治癒の才能とは、他人のそれと混ぜても拒絶反応を起こさせない魔力を持っていることを指す。
ただ、治癒の力自体は特別珍しい才能ではない。だいたい多胎児が生まれるくらいの確率で生まれてくるという。
でもホント、地味だから舐められがちなんだよなー、治癒。
誰でも使えるポーションの方が便利だし、習得してもあんまり旨味がないって最近は敬遠されがち。
でも医術があまり進歩していないし、ポーションはピンキリでイマイチ頼りにならない。
そんな言いたいことも言えないこんな世界で、治癒が使える人がいなくなったら真面目に大変だと思うんだけど……って、前世でも高給取りなはずのお医者さんは激務だし、看護師さんの勤務は過酷だったわ。どこも一緒ってことか。
渡る世間はブラックばかり!
ま、私も聖女とか持ち上げられていますけどね、聖女って職業も結構ブラックなんですよね。
凄い修行頑張らないとなれないのにできないことやれって無茶ぶりされるし。魔力は生命力だから、文字通り命削って人助けしてる割に、報酬は私のものにならないし!
まあ、私が稼いだお金は親から託された子とか、身寄りのない子とか、修行中の子とかの養育費用になってて、神殿長が私腹を肥やしているわけじゃないんだけどね。
現世の私は、一応貴族の生まれだ。
母は没落貴族で、その美貌を生かして、貴族相手の愛人稼業で稼いでいたらしい。おかげで私も前世の平々凡々な顔に比べたらずっと整っている。
あのくっだらないステマ記事の容姿も別に盛ってるわけじゃない。さらさらの亜麻色の髪も、緑柱石みたいに透明な瞳も、本当だ。
でも愛人稼業に子供って邪魔なんだよね。それも誰の種だかわかんない子供は。
幼い私に治癒の才能があるってわかったら、母は喜んで私を神殿に預けた。
それきり会っていないけど、元気にやってると思う。
アンナも両親を亡くし、行き場がなく神殿にやってきたクチだ。
神殿にいる子は、基本何らかの理由で親といられなくなった子たち。
でも、神殿にきたからには、血の繋がりなんて関係なく、みんな家族。
だからお姉ちゃんは妹弟たちのために頑張って稼ぐのです。
あと、やっぱり食後のデザート食べたいし!
「はい、終わりました」
ゆっくりと患部から手を離しながら告げると、指先から伸びていた魔力が、ふわりと散っていった。
すかさずアンナが濡らした手拭いを渡してくれるので、それを使って患部を優しく拭っていく。阿吽の呼吸ってやつです。
血にまみれていた傷口は綺麗に塞がり、赤い痕を残すのみ。
よしよし、内出血にもなってないし、いい感じの治り方だ。
「痛みはどうですか?」
血をふき取りつつ、細かなところまでチェックしながら問いかける。
「もうありません。……すごいな、こんなに綺麗に治るものなのですね」
「痕は残ってしまいますけども」
「こんなものはものの数にはいりません」
怪我を負って沈んでいたはずの騎士の声が嬉しそうだ。うんうん、治ってよかったね!
私はと言うと、騎士の逞しい腕をじっくり堪能しつつ血をふき取り続ける。
はい、お待ちかね、筋肉補充タイムですよ☆
一応治癒中はちゃんと治癒に集中してますからね、そこは弁えてます。
はーそれはまあ置いといて、やっぱ男性の筋肉質な腕最高~!
この浮き上がった血管とかたまらなくない? ノーベルやばいDE賞!
はーこの人めっちゃいい腕してる。むふふ。
見てるのは怪我をした左腕だけだけど、鎧を脱げば見事に盛り上がった僧帽筋がこんにちわしてくるし、この三角筋と上腕二頭筋のつき方! 見ただけでいかに鍛えていらっしゃるかわかりますよ! 最高!
なーんて心の叫びは決して口にも表情にも出しませんよ。ええ。
趣味はあからさまにひけらかすものではありませんからね!
密かに、密かに楽しむものです!
「はい、これでもう大丈夫です。損傷していた部分の治療は終わりました」
綺麗になった腕からそっと手を離した。名残惜しいけれど、必要以上に触れてはいけません。
セクハラ、駄目、絶対。
「ありがとうございます、聖女様」
「ただ、見た目にはよくなったように見えるかもしれませんが、身体は傷ついたことを覚えています。動かす時はゆっくりと慣らしていくようになさってください」
続けて言うと、騎士は何かに気づき、確認するように何度か指を動かした。
「……これは、元通りになりますか?」
以前と全く同じように動くかどうかは、わかりません。
とはいえなくて、私はつい曖昧な笑みで誤魔化してしまう。
今治癒した騎士は手首から先を激しく損傷し、指を動かす腱が切れてしまっていた。つなげることは出来たけれど、機能が戻るかどうかは本人次第としか言えない状態だった。
……申し訳ありませんが、リハビリは聖女の管轄外です。
ポーションが万能回復薬ではないように、治癒だって全て元通りに治せるわけじゃない。
たとえば一度切り落とされてしまった手足はくっつけられないし、緑色の宇宙人みたいに新しく生えさせることもできない。流れ出てしまった血も新たに増やせるわけではないので、傷を塞いでも結局最後は本人の生命力がものを言う。
「それにしてもなぜこのような怪我を?」
馬上槍試合で装甲も付けている手に怪我を負うのは正直あまり見たことがない。外傷の多くは落馬しての骨折や打ち身、砕けた槍の破片による裂傷だ。
「落馬した後、相手の馬に踏まれました」
「……っ⁉」
話を逸らそうと思って軽い気持ちで質問したのに、答えがやばいんですけど! 想像したら無いはずの玉がひゅんってなっちゃったよ! やだーやだー聞くんじゃなかったー! 痛い、痛いよー!!
「き、傷自体は塞ぎましたから、日常生活は普通に送れると思います」
「それでは、駄目なのです。……私は、騎士ですから。馬上槍試合に出られなければ、なんの意味もない」
どこか悲壮感が漂う声に、私は初めて騎士の顔を見た。
いつも、基本的に騎士の身体しか見ていない。だって治癒しながら筋肉を一生懸命観察してたら、顔なんて見てる暇ないし、あんまり興味ないし。
整った顔立ちだな、と思った。癖のある黒髪に、グレーの瞳は黒目がちで、とても澄んでいる。ちょっと童顔というか、年齢不詳な可愛さがある。
これは騎士萌えして騎士の広場でキャーキャー騒いでるご婦人がたからめちゃ人気出そうな感じ……と思ってふと気づく。
パーツは可愛いのに、この人全然可愛くないと。
ああー、大きなグレーの瞳の可愛らしい印象を、この殺伐とした雰囲気と悲壮感漂う声が完全に打ち消しちゃってるんだ。
惜しい、実に惜しい!
ちょっと着飾って笑顔でも見せれば全然見違えると思うけど、多分本人はその辺に全く無頓着なんだろうな。今身に着けてるのも実用一辺倒のものだし。
あとなんかすごい真面目そう。少なくともめっちゃ我慢強い。なにしろ治療の間「動かないで」ってお願いしたら身じろぎひとつしなかったもん。
騎士でも結構いるんですわ、痛みに耐えられなくて暴れちゃう人。治癒中はポーション、というか魔法薬が使えないから。
治癒って魔力で人の体内に干渉するわけだから、そこへ魔法薬の中に含まれている第三者の魔力が混じるとちょっと面倒なんだよ。
前世の麻酔みたいに、薬で痛覚麻痺させてから治癒できたらいいんだけどねぇ。
個人的にはポーションと治癒をうまく組み合わせる研究とかやってみたいんだけど、今錬金術師と薬師ギルドは完全に神殿の敵状態だから無理なのよね、悲しいことに。
「騎士の役目は馬上槍試合だけではないでしょう」
戦乱の頃とは違い、戦うだけが騎士の生き方じゃないですよ、と伝えようとした、その時。
「ブレッド、何やってるんだ!」
ノックもせずに扉が開け放たれ、ぼよんとした塊が飛び込んできた。
「治癒中ですよ、お静かに!」
アンナからの厳しい注意が飛んでも意に介する様子もなくぼよんとした塊――ものすごく太った男はどすどすと騎士の元へ近づいてくる。
うん、あれは何かな?
豚かな? オークかな?
まあそんなツッコミはさておいて。
騎士を呼び捨て+めっちゃ太ってる+着てるものが無駄に豪華。
つまりこのデブ、……この騎士の、主だ。
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