第3話 聖女はとにかく男の裸が見たい
「なにこれ意味わかんないんですけど」
たまたまあった大衆誌をパラ見したら見事なステマ記事に遭遇して、私は思わずチベスナ顔になってしまった。
誰だよこの聖女。
うちの神殿にクラウディアって名前の聖女、他にいたっけ?
「なにって、クラウディア様の日々の行いをまとめたものでございましょう?」
「犯人はお前かー!」
しれっと答えたアンナは私付きの侍女だ。そうだよね、わかってた!
アンナ、私のことキレイキレイな聖女にして語るの大好きだもんね!
「私ではありません。神殿の意向です。大衆に向けて聖女の存在をアピールするのは大切ですから」
「ステマよくない!!」
「クラウディア様がそんなこと言ってるから錬金術師や薬師ギルドに舐められるんです!」
どうやら最近ブイブイ言わせてる商売敵と何かあったらしい。ということは。
「……もしかしてまた寄付減ったの?」
「近いうちに食後のデザートは無くなるかもしれませんね」
「まじかー!!」
間髪入れず帰ってきた答えに絶望する。だって私こう見えて一応聖女だからさ、あんまり贅沢しちゃいけないの。ほら外聞ってあるじゃん?
まあ正直宝石だのドレスだのには全然興味ないからいいんだけど……だからこそご飯くらいしか楽しみがないのに。
「うわーん、辛い。何もかもが辛い! ……でもうちの厨房ならきっと食材のランク下げても美味しくしてくれるはずっ。それでも駄目なら闇治癒でもして……」
「ハイ治癒は事務所通してくださいー! 副業禁止ですー!」
「それくらい許してよぉぉぉぉ!」
ステマ記事でも触れざるを得なかったポーションのおかげで、これまで聖女の専売特許だった治癒の仕事と神殿の収入は減り続けている。
聖女の治癒は基本料金が高いので、基本的に一般庶民は手が出ない。だから安価なポーションは庶民たちに大歓迎された。本来であれば、貴族は治癒、庶民はポーションで住み分けができていたはずだったのだ。
でもさぁ……どこにでもクソはいるわけで。ていうか渡る世間はクソばっかり。
錬金術師ギルドや薬師ギルドのやつらは利益優先で、病気を治すどころか悪化するような代物でも平気で流通させやがる。
もちろん中には良心的な人たちもいる。ただ、いい物はいい客ががっちり掴んで離さないから、お金もコネもない人達にはなかなか出回らない。
結果、粗悪品つかまされ、どうにもならなくなって神殿に駆け込んでくる人も多いのだ。
この駆け込んでくる人ってのが、また厄介なのよね……。
だって、少しのお金や手間を惜しんで安いポーション使うような人って、せっかく治してあげてもそのお金出し渋るのよ。
「聖職者のくせに奉仕の心がないのか⁉」とか言ってさ。
奉仕の心があるからこそ、神殿は駆け込んでくる人を絶対に拒絶しないのに。
こちとら伝説の仙人とかじゃないから。霞食ってるわけでもないし。
生きていくために金は要る。
つーか古今東西、誠意の形はお金と決まっています!!
本当にお金がないなら、労働で払ってもらうことも可能だ。まあ大事なところでケチる人は当然労働でも払いたがらないけどね!
そして原因を作った錬金術師や薬師たちは知らん顔。
王家に粗悪品を規制するように訴えても、クソギルドどもが裏で金積んだおかげで訴えは無視され続けている。
はーもう地獄、ここは地獄の何丁目よ?
ああ、辛い。
この世知辛い現実を癒してくれるのは、もうあれしかない!
「……裸の男がどこかに落ちていないかしら」
神に仕える聖女にはあるまじき望みだとわかっていても、いや、わかっているからこそ、言いたい。
男の裸が見たい!
「クラウディア様、裸の男がそのあたりに落ちていたら大問題です」
今度はアンナがチベスナ顔になる。
「大丈夫よ、私が拾って大切に愛でるから」
「はい犬や猫みたいに言わない! っていうかそういう話は口に出さない! ねずみはどこにでも潜んでいると言うでしょう! 口に出したら終わりなんですよ⁉」
「平気よ。こんなにうるさくちゃ誰にも聞こえないって」
壁は石造りな上に、今は窓も閉めている。だというのに広場からは高揚した人々の歓声や指笛が、足踏みが、地鳴りのように響き伝わってきていた。
たとえ扉に耳を張り付けていたとしても、こちらの会話が聞こえるとはとても思えない。
私たちは今、馬上槍試合が開催されている騎士の広場に近くにある、控えの館で待機していた。馬上槍試合に怪我はつきものだからだ。
昔神殿の力がもっと強かった時は、観覧席にいい場所もらって見物しつつ待機みたいなこともあったみたいだけど、今や聖女といえど完全に裏方扱いである。
「だとしても自らを律することの大切さをクラウディア様は重々承知されておりますよね?」
やばい、アンナが説教モードに入ってしまった。目が三角になってる!
「酷いわ! アンナは私のことわかってくれていると思ってたのに!」
わざとらしく泣き真似ししてみせれば、アンナは「ええ、わかっておりますよ」とこめかみを指で押さえながら言った。
「クラウディア様のお目当ては男の裸ではなく筋肉でございましょう」
「そうよ! 筋肉! 私は筋肉が見たいだけぇぇ!」
私、聖女クラウディアは筋肉が好きだ。
大好きだ。
いや、そんな言葉では足らない。
愛していると叫びたい!
「聞いてよ、今朝は誰も腕まくりしてなかったの! 酷くない⁉」
「近頃朝は冷えますものね」
「肌寒い朝に汗かいて湯気の立つ身体もいいものよね……、いや本題はそこじゃないわ。腕よ、筋肉が見られなかったのよ⁉ 裸の男を求めてしまうのは当然じゃない?」
「当然ではございません」
太陽が昇るのは東からでしょって勢いで問いかけたのに、アンナは無情にもばっさりと否定する。
「同意もしてくれない!」
「同意してほしくばもっとまともなことを言いなさい!」
「わかってるわよ。でも私、男の裸が、筋肉が直接見たいだけよ? 別に取って食いたいわけじゃないのよ⁉ ただ見たいだけなのよ⁉」
「そもそも見るにしたって女性の前、それも神に仕える聖女様の前で男性が裸になれるわけないでしょう! クラウディア様は使用人たちや信者からは『毎朝下々の者にまで挨拶をし、目を駆けて下さる素晴らしい聖女様』だと思われているんですよ! たまに腕を眺めるくらいで我慢してください!」
「筋肉が見られるなら素晴らしい聖女様になんて思われなくていいー! 破廉恥な聖女様で全然オッケー!!」
私が早起きするのは下働きの男たちの筋肉を眺めるためだ。
そして神への祈りを欠かさないのは筋肉を見られた時は神に「ありがとうございます美味しかったです」と感謝を捧げ、見られない時は「明日はどうぞ見られるようになんとかお計らい下さい」とまた願っているだけ。
「正直! 自分の欲求に正直! 聖女なのに!」
アンナが絶望した顔で天を仰ぐ。
「聖女だって人間よ⁉ 我慢できるわけないでしょ⁉ 前腕筋だけなんて、しかもちらっと見るだけなんて、美味しそうな料理の匂いだけ嗅いでいるようなものじゃない!」
「この聖女、食い意地と筋肉欲がありすぎるっ!」
「いつも言ってるけどアンナは聖女に夢見過ぎ! 大体下働きの人たちじゃ細すぎるの! 満たされないの! もっとムキムキマッチョじゃなきゃ! 私に戦う男の筋肉を、ちゃんと味わえる料理をちょうだいぃぃぃ!」
「だから人から誤解されるような発言は慎めー!」
広場から響いてくる歓声に負けず劣らずの勢いでアンナが叫ぶ。
「……あなたが筋肉を受け入れてくれないなら、私たちここで終わりね」
「クラウディア様……それ本気で仰っているのですか」
悲壮感たっぷりに呟けば、アンナも声を震わせて応じ、私たちは束の間、見つめ合う。
「……本気だったら、こんなバカみたいな言い合いしないわ」
「ですよねぇ」
私たちは見つめ合いながらえへへと笑い合ったのち、二人そろって盛大にため息を吐いた。
「はぁぁぁ……。なんでこの世界の人って軽率に裸になってくれないのかしら。前世なら見放題だったのにぃ」
「私の方からすればクラウディア様の前世の方が驚きですよ」
嘆き悲しむ私にアンナが呆れたように言い放つ。
私がここまで筋肉に執着する理由は他でもない。――前世の記憶があるから、だ。
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