第2話 聖女の朝は早い

 聖女クラウディアの朝は早い。


 日が昇る前に起床し、身を清めたのち神へ祈りを捧げることから、彼女の一日は始まる。


「やっぱり、私に使命を授けて下さったことへの感謝は欠かせません。それに、祈ることで自分を見つめ直すことができます。神殿外の方には毎日同じことを繰り返されているように見えるかもしれませんが、雨のしずくが全て異なる形をしているように、一日として同じ日はございません」


 今日は馬上槍試合トーナメントの日。


 彼女は簡素なドレスとエプロンを見に纏い、会場である騎士の広場へと向かう。

 元は貴族のご令嬢であった聖女クラウディア。美しい亜麻色の髪と輝く緑柱石ベリルの瞳に、その平民のような姿はおよそ似つかわしくない。

 その装いでは神に仕える身としての威厳が損なわれるのではないかと問えば、彼女は笑顔で首を横に振った。


「時と場合と場所によって、装いは変化するものです。癒し手として奉仕する身としてはこれが最も相応しい。馬上槍試合の主役はあくまで騎士様です。私如きが服の汚れを気にして勤めを疎かにすることなどあってはなりません」


 彼女が最も重視することは、聖女としての役割を全うすることなのだ。


 聖女の矜持、ここにあり。


 今、一番の問題は怪我を治癒できる聖女の不足であるという。病気よりも怪我の治癒には技術と知識が必要なのだ。

 数十年前の戦乱の頃は多くいた怪我の癒し手は、今では聖女クラウディアひとりになってしまった。

 漠然と癒しの力を注ぐのではなく、身体の構造を学び力の調整やどのように修復されるのかの予測を立てるのに五年はかかると、聖女は語る。


「病気であれば痛みを感じる部位全体に癒しの力を注げばある程度解決します。ですが、怪我の場合、たとえば骨折なら患部を固定し正しい骨の形に整えますよね。同じように元々の形を頭に思い描きながら力を注がなければ、正しくは癒せないのです」


 しかしここ数年は、錬金術師や薬師が作る安価なポーションに押され、怪我の治癒の依頼は減っていると言う。辞めることを考えたことはないのだろうか。


「いえ、私は続けますわ。ポーションはものによって性能にばらつきが大きいですし、何より待っていて下さる方がいますから……」


 怪我の治癒だけではなく、そもそも聖女の力を持つ者が年々少なくなっている。


「やっぱりアレですね。大抵の子は修行を嫌がりますから。……素質を持つ人自体が減っているわけではないのですが、親と縁を切り、神殿で祈りを捧げる日々に拒否感を抱く子は本当に多いです。でも、それを乗り越える者も、もちろんおります。それに他の技術や魔法が進歩しても、全ての癒し手たる聖女はこれからも必要だと考えています」


 最近では国一番の癒し手として聖女クラウディアの名は轟いている。


「私はただ神の意向に沿って動いているだけですから」


 そう言って彼女ははにかむように笑った。

 今日も彼女は日が昇るよりも早く目覚め、神に祈りを捧げ、額に流れる汗を拭いながら、怪我を負った者を癒している。


 明日も、明後日もその姿は変わらないだろう。


 そう、聖女の朝は早い――。

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