第19話
GW最終日。春の暖かさに、ほんのりとした夏の香りが交じり始めた風が耳元を吹き抜けて行った。
……昨日は寝れなかったな、楽しみすぎて……まあ、ゲームしてた時もめちゃくちゃ楽しかったけど。
昨日、陽菜さんと一緒にゲームをして、気が付けば数時間が立っていた。あっという間だった。ちなみに謎解きは案の定陽菜さんがサクサク攻略し、俺は陽菜さんが出してくれたヒントに頭を捻るという別のゲームになっていた。……まあ、楽しかったから何も問題ないんだけどね。というか流石陽菜さんだったなあ、俺なんかほとんど初見じゃ解けなかったのに。……きっと俺には向いてなかったんだろうなー(棒)
そして、陽菜さんのお腹が鳴ったところでお開きになりました。めちゃくちゃかわいく鳴ったけど、その後の陽菜さんの赤くなった顔がそれ以上にかわいすぎて……うん、陽菜さんはかわいい。
今更ながら陽菜さんのかわいさに納得し、俺はスマホの電源を入れた。一瞬の間を置いて、キャラクターのイラストを背景にロック画面と時間が浮かび上がった。はいそこ、キモイとか言わない。べ、別に変なイラストじゃ無いからな!?……まだちょっと時間あるな、それに隣町集合だし。
学校近くの駅だと一緒に居るのを見られる可能性があるため、隣町の駅に現地集合することにしている。
まあ、映画館併設の大型ショッピングモールだし、遭遇する可能性はあるんだけど。
でもさ、普通俺と陽菜さんが一緒に映画館に来てるなんて、誰も思わないよな。……そ、そういや陽菜さん当日「軽く変装していくから」って言ってたけど。
なぜか心にダメージを感じながら俺はふと、スマホの画面から顔を上げた。そして、それなりに人の行きかう駅の改札口前の通りに立っていた俺は、一人の女性と目が合った。そして彼女は、懐辺りで小さく手を振った。
白いシャツに、赤いチャックのスカートとこげ茶色のソックス。直ぐに分かった。私服のコスプレをした陽菜さんだと。
「お待たせ。ごめん、ちょっと待ったかな?」
「い、いえ俺も来たばっかりです。そ、それよりその服装は」
「そうなの、ユイカちゃんの私服を再現してみたんだけど」
「すげー似合ってます。一瞬キャラと重なった的な感じで」
ぱっと見た感じは普遍的な私服で街の景色に溶けており、コスプレとしての違和感はない。本当にキャラクターが日常生活の中にいるように思えた。
「ありがと、須郷くんにそう言って貰えるとやっぱり嬉しいな」
そう言って優しい笑顔を咲かせる陽菜さんに、俺は顔が赤く染まるのを堪えつつ、話題を変えるかのように言った。
「そ、そういえばメガネとかは無くて大丈夫なんですか?変装って言ってたのでてっきり」
「うーん、それも考えたんだけど、私学校では普段メガネかけてるから、むしろない方がいいかなって」
「た、確かに。それもそうですね」
俺は納得して頷いた。それから、映画館のあるショッピングモールに視線を向ける。それから一つ気になっていたことを口にした。
「そういえば映画って昼からですよね、まだお昼前ですけど」
そう言うと陽菜さんは、胸の前で両手を合わせて。
「その……実はね、須郷くんと一緒に行ってみたいお店があって。今コラボメニューをやってるところなんだけど」
直ぐにピンときた。ショッピングモールエリアの中のファミレスで、人気アニメとコラボしている店がある。
そういえば前に陽菜さんと、イベント会場でコラボメニュー食べたことあったなあ。外で食べるのってあの時以来だよな。
二ヶ月ほど前の初デート(お礼)を思いだして俺は三度頷く。
「是非行きましょう!俺もコラボメニュー食べてみたいです」
「ありがとう!えへへ、また須郷くんとランチ出来て嬉しいな」
「俺もです」
そう、二人で小さく笑って、ショッピングモールの方に向けて歩き出した。
手を繋いだり、くっつきあったりはしない。あくまでも隣に並ぶだけ。これが俺と陽菜の形。最低限のリスクにするために、二人で考えた結果だった。
——いつかは、陽菜さんが堂々と歩けるように。俺は一度拳を握りしめた。
「コラボメニューって見た目に特化してそうなんですけど、味も美味しいんですよね」
「確かに!このビーフシチューも、一見アニメと合わせて手作り感が強調されてるけど、とってもおいしい!……そうだ、須郷くんも一口食べてみる?」
えっ?……それって、か、間接キスになるんじゃ……
「そ、その……」
俺は思わず口ごもってしまう。どうやら陽菜さんはそのことには気づいていない様子で、俺の方を見ながら怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いえ……その」
「………………………………………………………………………………!!??」
俺の表情を見て気が付いた陽菜さんの顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。
「ち、違うのっ!別にそういう意味じゃなくて!」
「だ、大丈夫です陽菜さん!分かってます!」
「そ、そうだよね。ご、ごめんね大きな声だしちゃって」
「俺の方こそすみません」
「「…………」」
何事かと集まった周りの視線がそれぞれの方向に戻って行くのを感じながら、俺と陽菜さんは顔を見合わせて。
「……ぱっと食べちゃおっか」
「……そうですね」
互いに赤くなった顔を見合わせてから、再びコラボメニューを食べ始めた。
……焦った顔の陽菜さんもかわいかったなあ。
食事を終えた後、俺と陽菜さんはそのまま映画館に向かうことにした。
煌びやかな店が次々に顔を出すショッピングモールのストリートを歩いていると。ふと、アニメの公式サイトに載っていた特典の事を思い出した。
「——そういえば来場者特典があるみたいですよ、あ、これです」
俺は公式サイトの画面から、お知らせにあった来場者特典のページをタッチした。そのまま下にスライドすると、キャラクターのイラストが描かれた色紙が5種類ほど表示されていた。どのイラストもキャラクターの特徴を生かしたデザインで描かれており、ファンにはたまらない一品になっている。
「ほんとだね。うーん、私は、やっぱりクレアちゃんかな。も、もちろん他の子も好きだけどね?」
「クレア、かっこいいですよね。めっちゃクールで、でも、そこからのギャップがいいんですよね」
「それ!クールに振舞っていても、一番みんなの事を心配しているところとか、……ちょっと憧れちゃうな」
そう呟く陽菜さん。その瞳はほんの少しだけ、揺らいだ気がした。
「——陽菜さんは凄いと思います」
「えっ」
「俺なんかじゃきっと推し量れない程努力していて、それなのに、誰かに憧れを持つくらい上を見ていて……こう、上手く言えないですけど、本当にすげーって思います。それこそ、俺なんかとは比べものにならないくらい……」
まだ陽菜さんと出会ってからたったの二ヶ月だけど、それでも陽菜さんが今まで見て来た誰よりも努力していると俺は思う。だって周りが求める理想であり続けている。——俺じゃ絶対に出来ないよな。
しかし、陽菜さんは少し考え込んだ表情になると、顔を隠すように俯いた。それからゆっくりと顔を上げて。
「ありがと、でもね、君も自分が思っているよりも凄いって人だってことを覚えておいて欲しいな」
「……俺が、凄い?」
「うん、だって、苦手なことに自分から向き合うことは、誰でも出来ることじゃない。もしそうだったとしても、向き合って、頑張った事実は変わらないから」
陽菜さんは優しく微笑むと、「だからね」と付け加えるように紡ぐと。
「そんなに自分を蔑む必要はないんだよ」
なぜだか分からないが、少しだけ、淀んでいた何かが晴れるような気がした。好きな人にそう言って貰えて嬉しかったからかも知れない。あるいは、認められた気がしたからなのか——
「あ、着いたね、映画館」
気が付くと、映画館のあるフロアまで来ていた。左端には券売機があり、真ん中にカウンター、そしてグッズコーナーが、ショッピングエリアよりも少し暗い照明に照らされていた。
「あ、俺チケット買って来ます」
「あ、実は前売り券があるの。はい、須郷くんの分」
「あ、ありがとうございます。いくらですか?」
俺がそう言って財布を取り出そうとすると。
「これは私からのご褒美だよ」
「そんな悪いです。払います」
「いいの、プレゼントさせて。それに、今回は先輩として、ね?」
「……分かりました。ありがとうございます」
……陽菜さんにも思いがあるだろうし、これ以上は断るのは失礼かも知れないよな。
俺はありがたくチケットを受けとると、俺はカウンターに視線を向けた。
「俺。ポップコーン買って来ますね」
「あ、う、うん。ありがとう——」
——改めて思うんだけど、まさか彼女と映画に来るなんて考えたことなかったな。べ、別に煽ってるわけじゃないぞ?……ただ、なんというか、ここまで上手く来すぎっていうか、関係が関係だから、もちろん俺と陽菜さんが付き合ってる事がばれてないことに、越したことはないんだけど。
そのあたりは流石陽菜さんだよな。……俺は絶対陽菜さんに迷惑をかけないようにする。それが俺のやるべき最重要項目だし、気を付けないと。
俺はそう陽菜さんとの関係を再確認しながら、売店の列に並んだ。
★★★
天上から微かに注照らされた小さな灯りだけを頼りに、私と須郷くんは柔らかいシート上に腰を下ろした。視界いっぱいに広がるスクリーンには、広告が流されている。
「ポップコーン置いておきますね」
「あ、うん、ありがと」
そう言ってにこやかな表情で、隣に座る須郷くんいる。
……菫以外と映画館に来ることになるなんて思はなかったなあ。
完璧な浅木陽菜であるために、当然オタクであることをずっと隠して来た。特に寂しさや苦しさはなかったし、自分が好きでいられたらそれで良かった。
それに、一人じゃなかった。菫とは、好きなアニメやラノベのお話することが出来たから、それだけで十分だった。
……でも、菫が言っていたっけ。
『——もし陽菜の前に、理想のオタク男子が現れたら……ふふっ、想像しただけで楽しそう。そして私それを遠くから眺めて……』
以前、菫と二人で来た時の事を思い出すて、私は口元が緩んだ。
『いつか陽菜にも、私以外の誰かと好きを共有できるようになってもらわないと、いっっっつも、私が陽菜の話を聞かないといけないからねー、まあ、別に嫌じゃないけど』
「——菫と須郷くん。二人とも私にとってどっちも大切な人だから。だから、また付き合ってよね、菫」
刹那、広告の音が途切れた。館内の照明が落ちて、世界が闇に包まれる。そして、広がったスクリーンが、暗闇の向こうから、誘うように世界が映し出されてゆく。
「いよいよですね。めっちゃ楽しみです」
「ふふっ、そうだね」
私たちはそう小さく呟いた。
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