第18話
陽菜さんの協力の元始まったゴールデンウィーク勉強会は、あっという間に過ぎていき、気が付けば明日が最終日になっていた。……ほとんど俺が、一方的に教えてもらうだけだったんだけど。
最終日前の夕刻、一通り、陽菜さんが作ってくれた俺専用のオリジナルワークを何とか解き終えて、俺は「うーん」と背筋を伸ばした。
「お疲れ様」
すると背後から、優しい声で陽菜さんがそう言って、俺を見下ろした。黒縁メガネの向こうから、小さな包み込むような笑顔を覗かせている。
ラフなメガネ姿もかわいいです陽菜さん。
「なんとか、ですけど」
俺はそんな陽菜さんの笑顔に癒されつつ、そう言った
正直言って、今までサボって来た付けをこれでもかと痛感した。……もし今回、陽菜さんに勉強を見てもらっていなかったら、さらに落ちていったと思う。(もう大分落ちてるんだけどね、順位もほぼ最下位だし)
「この一週間の頑張りは本物だよ。私が保証する。本当にお疲れ様」
「陽菜さんのおかげです。ありがとうございました。まだまだですけど、ちょっとだけ自身になりました」
自分で言うのもあれだけど、結構頑張ったと思う。正直陽菜さんが作ってくれたワークだからってのもあるけど、正直、全部やり切れるとは思はなかったっていうか。
「頑張ったのは君自身だよ。でも、まだテスト範囲はカバーできていないから、もう少し頑張らないといけないけど」
今回は基礎を中心に教えてもらったから、テスト範囲はまだ出来ていない。でも、この短期間で陽菜さんは分かりやすく、それも効率的に解説してくれた。
流石陽菜さん……教師になったらいい先生になりそう。
陽菜さんをがっかりさせたくないし、ここからはちゃんと俺が、頑張らないとな。
「折角陽菜さんに教えてもらったんです。絶対無駄にはしません。説得力はないですけど……」
「そんなことないよ。——そ、それに、私はいつでも君の助けになるからね」
「は、はい。ありがとうございます」
ちょっとだけ頬を赤らめる陽菜さん。
やっぱり陽菜さん。めちゃかわいい。理想すぎるんだよな。
しかし、俺も、そんな陽菜さんの姿に思わず視線を彷徨はせてしまう。
くっ、やっぱり陽菜さんを見ると、つり合いがなさ過ぎて……そりゃそうだよな。
陽菜さんが理想なのは努力の先に掴んだものだから。
こんなんじゃ、何もかも足りないよな。
半分照れたのと、相変わらずの陽菜さんとの違いに、押し黙る俺。
「……そ、そうだ!須郷くん、ちゃんと頑張ったし約束通り、え、映画、いかない?」
そんな訪れた静寂を切り裂いたのは陽菜さんだった。
「え、映画?……あ」
これでも、それなりに勉強会に集中していたため、頭の端に追いやっていた映画
デート
が、飛び起きたように思考回路のすべてを満たしていく。
そうだ、最終日に陽菜さんと映画を見に行く。俺はなんて重大なイベントを忘れかけていたんだ……!う、裏を返せば、それだけ勉強に必死になれていたってことかも知れないけど。
映画デート……陽菜さんと、デート?
そう言葉を並べてみると、一気に想像力が爆発してしまう。
俺が、彼女とデート……それも、理想のお姉さん系美少女の陽菜さんと。
「どうかな?」
「もちろん行きます!」
「よかったぁ、実は私ずっと楽しみにしてたから、須郷くんと一緒に行けて嬉しいな」
「お、俺も、めちゃくちゃ嬉しいです!」
「えへへ、ありがとう」
眩しいくらいの陽菜さんが笑顔に顔が熱くなるのを感じて、俺はまた、目を逸らしてしまう。だって陽菜さんが超かわいいんだもん(今日何回目だよ)。
「あ、そうだ!ねえ須郷くん」
「どうしたんですか?」
「今日は私、まだ少し時間あるから、その……ちょっとだけ一緒にゲームしない?ほ。ほら!須郷くんすごく集中してて、GWなのに息抜きらしいことできなかったから」
え?陽菜さんとゲーム?やばい。絶対楽しいやつじゃねーか。
「そ、そうですね。俺も陽菜さんとゲームしたいと思ってました!」
映画デートの前の、まさかの神イベントに、俺は思わず興奮するのを抑え込んで俺は平常心を装いつつも、明らかに顔に出ているとはずの、上ずった声でそう言った。
「あ、直ぐに準備しますね」
「手伝うよ」
「大丈夫です。電源入れるだけですし。あ、コントローラー渡しますね」
「あ、うん。ありがとう。ごめんね、任せちゃって」
「これくらい気にしないで下さい。陽菜さんはお客さんですから。そうだ、なんのゲームにしますか?」
「須郷くんの好きなゲームがやりたいな」
——俺の好きなゲーム?……陽菜さんとならどれでも楽しいと思うけど。
「俺の好みになっちゃいますよ?」
「それがいいの。君の事を、その……もっと知りたいなって」
「——そ、それじゃ……これなんかどうですか?」
「これって」
「君は探偵様の謎解きゲームです。昔このアニメにはまって勢いで買ったんですけど。難してやめちゃいまして……陽菜さんとならクリアできるかなって思ったんですけど」
「——私、謎解き得意だけど」
「そんな気はしていました」
「そ、そう?」
「はい、なんとなくこう、陽菜さんが一瞬で解く未来が見えるっていうかサクサク攻略しちゃいそうっていうか」
実際、陽菜さん頭いいから、まじで簡単に解いちゃいそうなんだよな。
それもそれで見てみたいし、それにもし陽菜さんが解けなくて俺が解けたりしたら……無理だよな。すみません調子に乗りました。
「あ、で、でも、もし私が解いちゃったら須郷くん、見てるだけになっちゃうよ?」
「その時は、陽菜さんすげーって感じで楽しむので大丈夫です」
「ちょっとよく分からないけど……でも折角なら一緒にやってみない?それに私も君様好きだから、ね?」
「そうですね。それじゃ分かった方がヒントを出すって感じにしましょう」
「賛成。あ、でも、須郷くんが君様好きだったなんて、推理系も見るの?」
「普段はそんなにですけど、キャラが好きで見てました。それがいつの間にかはまってて」
「分かるよ!私もよく好きな声優さんとかが出てたりして見始めたアニメに、いつの間にか熱中したりしちゃうから」
「分かります!そこもアニメやラノベの醍醐味ですよね」
こういう何気ないオタク話で盛り上がれる。それがこんなに楽しいなんて。それに気づけたのも、陽菜さんのおかげなんだよな。
夢にすら見なかった彼女とのオタクライフに感慨しつつ、俺は「君は探偵様。真実の古城と偽りの妖精」と書かれたディスクを箱から取り出して、取り出し口に差し込んだ。ちなみに最新のものではなく、一世代前のゲーム機である。
最近あんまりやってなかったんだよな。どこまで進めたかよく覚えてないし……途中で投げ出したのは覚えてるんだけど。
「……あ、須郷くん。その、ちょっとだけ、洗面所借りてもいいかな?」
「自由に使ってもらって大丈夫ですよ」
「う、うんありがとね」
そう言うと陽菜さんは、持ってきていた紙袋を持ってリビングを出ていった。
そういやあの紙袋何が入ってるんだろ。……いや、陽菜さんだって女の子なんだし、変に詮索すべきじゃないよな。と、取り合えず、準備進めとかないとな!
俺は邪念を払うようにかぶりを振って、それからゲーム機本体の電源を入れた。
☆☆☆
——勢いで持って来ちゃったけど……大丈夫、かな。
私は須郷くんのお家の洗面所で、紙袋から取り出して、腕に抱いたコスプレ衣装を見つめながらそう呟いた。
きっと須郷くんは『似合ってます』って言ってくれる。……私、いつの間にか自信過剰になってない?いくら須郷くんが優しいからって。
ほんの一瞬、私の中で迷いが生まれた。でも、文字通一瞬だった。
「——待たせちゃうわけにはいかないよね」
私は再度折りたたんである衣装を広げた。
赤と緑が特徴的な異世界風デザインのスカートとタイツ、それに胸元が開いたリボン付きの白のワンピース。ある異世界アニメに登場するヒロインの衣装。
彼女もまた、私の理想の一人。芯の強さを持つ心優しい少女。
須郷くんがこのアニメを知っているかは分からないけど。ううん私がコスプレをするのは自分のため。も、もちろん!須郷くんに『似合ってる』って言ってほしいけど。
コスプレは私が好きでやっていること。でも、そんな私を見て須郷くんが喜んでくれれるなら、それが理由でも構わない。だって私は、君の笑顔をもっと見たいから。
私は衣装を身にまとった。私の動きに合わせて、煌びやかな袖が宙を踊り裾が可憐に翻る。
久しぶりのコスプレ。それも須郷くんと二人だけ。
先程の、彼の期待の眼差しが頭に浮かんだ。
……うん。お姉さん。ちょっと頑張ってみるね。
そう、一度胸に手を当てて、重みのある衣装に近いながら、私は歩き出し、ドアを開けた。
☆☆☆
「ごめんね、待った、よね?」
「大丈夫ですよ。それにちょうど準備も終わって——」
俺はその見覚えのある姿に、意識の全てを割かれた。
——サリア。
大手アニメ制作会社が手掛けたオリジナルアニメ作品。そのメインヒロイン。
……毎度、思うんだけどさ、陽菜さんのプロのレイヤーさんにも勝てるんじゃ……
「どうかな?サリアちゃんってキャラクターなんだけど」
「ノーツゼロですよね?めちゃくちゃ似合ってます!」
「えへへ、ありがと」
「ノーゼロ面白いですよね!俺も好きです、レイヤがクライマックスで剣を向くとことかかっこよくて」
「分かる!私も好き。鳥肌立ったもん」
「サリアもいいですよね。かわいいだけじゃないっていうか、こう何事にも真っ直ぐ、ていうか」
ノーゼロにはメインヒロインが三人いる。サリアはどっちかというと、常に落ち着いた雰囲気なキャラだ。でも、その中に信念があってそれを最後まで守り抜くそんな姿が視聴者の心を揺さぶった。だから。
陽菜さんがサリアを好きなの、何となくわかる気がするな。かく言う俺もそうだし。でも、陽菜さんと好きなキャラが一緒って、ちょっと嬉しい。なんかこう、同じ作品を共有してるっていうか。別に深い意味とかなはないんだけどさ。
「でも嬉しいな、また須郷くんとアニメの話が出来て」
「俺もです。その、陽菜さんぐらいしかアニメの話できないですし」
「……ねえ須郷」
「どうしたんですか?」
「……その、私が言えることじゃないんだけど」
少し申し訳なさそうな表情になった陽菜さんが、人差し指を胸元で重ねて俺の方を伺うように言った。
「友達って大事だよ」
ぐはっ!
俺はボディブローでも食らったかのように、その場に膝から崩れ落ちたのを見て、慌てて陽菜さんが両手を振った。
「ごめんなさい!深い意味はないの。ただ、少し気になって、本当にごめんなさい。無神経だったよね」
「い、いいんです。友達がいないのは事実ですし、む、むしろ心配してもらえて嬉しいです。それに、今は陽菜さんとオタク話が出来るんで寂しくないですよ」
「それとこれとは話が違う気がするけど……」
「彼女がいたら友達と出来ることは大抵できそうですけど」
「うーん。それはそうなんだけど。でも私は友達を作るのも大切だと思うよ、私は何度も助けてもらったから」
俺には友達はできない、ほんの少し悪い目つきのせいってのもあるけど、それ以上に、自分には出来ない、だから出来ない事はしない。そう割り切って来たから。今まで友達はいなかった。そして今も。
「もちろん無理にとは言わないから。でも、一応一年だけだけど、人生の先輩として、かな」
「分かりました、考えてみます。俺も別に、友達がいらないって思ってるわけじゃないですから」
「うん。私はいつでも相談に乗るからね」
「はい、ありがとうございます」
友達かー、やっぱたけーよな。ハードル。……でもさ、ここで無理だって決めつけた俺が、ちょっとでも努力してみようかなって思えるのも、やっぱり陽菜さんが、こうして優しく背中を押してくれるからだよな。
刹那テレビから音声が流れた。どうやらロードが終わってゲームのホーム画面が開いたのだろう。
「……折角だし、ゲーム、しよっか」
「そうですね」
そう言って、俺と陽菜さんはソファに腰を下ろした。
人生で初めて、彼女とゲームをした。
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