第16話

 

 美桜との再会から一週間ほど経った、四月の暮れのとある木曜日。俺はいつになくソワソワしていた。なぜなら。

 明日からゴールデンウイークなんだよな!

 そう、明日から毎年恒例の大型連休。学生のオアシス。GWなのである。だだ、いつもなら単に連休というだけで、そこまで浮かれたりはしない。

 つまり、ここまで浮かれているのには理由がある。それもそのはず——


 なんたって、陽菜さんと映画デート……これってさ、神イベントなんじゃね?だってさ、前の時はお礼っていう理由があったけど、今回は、正真正銘のデートなんだぜ?そりゃー浮かれちゃうよな!

 ……でもまさか、GWなんて一人でアニメ見て、ゲームして、ラノベや漫画を一人で楽しんでいた俺が、あろうことかデートにいくなんてな。もちろん、一人でオタクライフを満喫するのは大好きだし、それは今も変わらないけど。でも、自分の好きなことを誰かと共有出来るのがこんなに楽しいなんて考えたこともなかったな。陽菜さんだからなのかも知れないけど。


 いつも独りで、ぼっちだった俺にとって、陽菜さんとの時間は全く新しい世界だった。彼女なんて二次元の世界だけだと思っていたから。

 ……去年の俺に、彼女が出来るぜ。しかも美人でかわいいお姉さん系美少女の~、なんて言ったって信じないだろうな。

 一応言っておくけど、俺が今日まで歩んできたオタクライフを否定する気は一切ない。これからだって一人でアニメを見たりラノベ読んだりもする。でも、それを共有して、一緒に楽しむことが出来る人がいる。それもオタクとしての楽しみ方の一つだって思えるようになった。

 ……よくセリフとかでさ、出会いが人を成長させる的なのがあるけど、あれって本当なのかも知れないよな。

 実際、ここに、考えが変わったって程じゃないけど、違う、考え方。それも避けて来た、誰かと共有することを、ありだと思える自分がいる。……と言っても苦手な事には変わらないし、陽菜さん以外とはまだ無理なんだけどね。


 遠くを眺めるようにして、俺はそう呟いた。そんな若干黄昏筒ある俺の横を、幾人かの生徒たちが通り過ぎていった。きっと部活に出も向かうのだろう。

 ……堅苦しい話は終わり終わり。生徒会準備室に行かないといけないからな。

 俺と陽菜さんしか知らない、秘密に花園。俺、最近は生徒会の仕事の手伝いなんかもやってるんだぜ?陽菜さんと負担を減らしたいと思って。……まあ、簡単な整理ぐらいしかすることないんだけどね(陽菜さん超ハイスペック)。

 でも、陽菜さんの役に立てるのは嬉しい。『自己満足だろ』って言われたらそれまでなんだけど。


 ……と、取り合えずゴールデンウィークは楽しみ――


「再来週からテストか~」


「だりぃ」


 うわ、そういやテストも近づいてんのか。やっぱり賢い人たちって、GWぐらいから復習とかしてるのかね?……別に忘れてたわけじゃないけど、考えないように毎回してるっていうか、それでいつも底辺の成績なんだけどね、笑(笑えない)

 中間テスト。学生が避けては通れない道の典型的な催し物。――我々はテストの縛られているのだ。学生を縛り付けるテストに終焉を。

 ……なんか、一気にテンション下がったきがするんだけど。陽菜さんは、もうとっくにテストの準備始めてるんだろな、やっぱりすげーな、陽菜さん。俺なんかいつも一夜漬けなのに。……勉強、しないとな。

 無意味な反逆を脳内で想像して、俺は、右肩下がりの気分を引きずりつつ、生徒会準備室に向かった。

 ちなみに、学校では基本的には浅木会長と一人の一般生徒の関係を継続している。陽菜さんの理想を壊したくはないし。なにより、まだ、陽菜さんの隣に自信を持って立てる程、努力出来ていないから。

 こうして、短時間だけでも、陽菜さんと会えることに、感謝しないとな。

 ……取り合えず、陽菜さんの前では、テスト勉強やってることにしよう。ちゃ、ちゃんと今日からするつもりだからな?



「須郷くん、そういえばテスト対策とか大丈夫そう」


「……………………………………………………………………………ダイジョウブ、デス

 」


「えっ?すごい間があったけど」


 到着してそうそう、俺は陽菜さんの一言に心臓の鼓動が限界突破する勢いで跳ね上がった。

 心がっ、心が痛い……もし陽菜さんが俺の成績知ったら、がっかりするよな。だから、今は堪えろ……!今回のテストで、ちゃんと良い結果を出すまでは……


「……ごめんね、須郷くん。実は……その、偶然知っちゃって」


「な、なにを、ですか?」


「その、須郷くん。あんまり成績が芳しくないって……」


 あ、終わった。サボっていたのが悪いんだけど……つり合いってさ、思ったよりも難しいよな。努力しているって自分で言っても、それは相手だって同じ、陽菜さんがそれ以上の努力をしているんだから、比べる度に、離されていくのを自覚するんだよな。


「だ、大丈夫!今から頑張ればちゃんと伸びるよ!」


「ほ、本当ですか」


 明らかに、がっくりと肩を落とした俺に、陽菜さんが慌てて両手を振りながら、そう言ってくれた。

 陽菜さんの慰め、心に沁みる。

 ――でも、陽菜さん。どこで俺の成績知ったんだ?生徒会長と言っても流石にそこまでの権限はない気がするけど。

 と、こんな感じで俺が不思議そうにしていると、陽菜さんが察したように言った。


「実は小町先生がね、『須郷くん。しっかり掃除伝ってくれたいたし、浅木さんとも相性よさそうだったから生徒会の役員として入ってもらおうかなとも思ったんだけど、彼、成績が芳しくないから、生徒会役員の規定ラインに引っかかるのよね』って、それで、その……ごめんなさい」


「い、いいんです。あんまり成績よくないのも事実ですし。それに、俺の方こそ黙っていてすいません」


 陽菜さんに嫌われたくなくて、遠ざけていた部分。まさか、小町先生から伝わるなんて思わなかったけど。


「そ、それでね、良かったら私とお勉強会とか、どうかな?分からないところが合ったら教えられると思うよ。私、勉強には自信ありますからっ!」


 胸元で、両手を合わせて、陽菜さんが自身気にそう言った。

 た、確かにこれ以上ない提案だけど。でも、陽菜さんだって自分の勉強があるはずだし、それに、また陽菜さんに頼ることになっちゃうんじゃ。


「で、でも、いいんですか?陽菜さんだって自分の勉強があるのに」


「そこは大丈夫だよ。普段から対策はしているし、それに、君に教えることで二年生の復習にもなるから」


 そう言ってくれる陽菜さん。その陽菜さんの優しさに縋ってしまうのが、どうしても心の違和感を与えてしまう。隣に立つために、陽菜さん頼るのはどこか違う気がして。

 どんよりとした雲がかかった空を見るような感覚。そんな俺の表情を読み取ったのか、陽菜さんは、「あのね」と綺麗な形の眉を押し上げると。


「もし、自分の力だけでやり遂げたいなら、私は応援するよ。でも、一つだけ。――誰かに頼ることは、悪いことじゃないよ。それに、最後に頑張るのは自分だから」


 ――すっと、陽菜さんの言葉が、流れ込んで来た。周りから期待され、理想の姿でいるために、努力し続けている陽菜さん。孤高のように見えた陽菜さんが、『頼るのは悪いことじゃない』と言った。

 ……陽菜さんにも、支えになっている人がいるってこと、だよな。それが誰なのかは分からないし、俺が踏み込んでいい部分じゃないと思う。

 でも、だからこそ、俺もほんの少しでも陽菜さんの支えになりたいと思う。『頼るのは悪いことじゃない』そう言える理由の中にいたい。そして、陽菜さんもまた、同じことを思ってくれているのなら。


「――陽菜さん、お願いがあります。俺に、勉強を教えて下さい!」


 俺は、深々と頭を下げた。……こんなに綺麗に腰を折ったの、初めてかも。


「……うん。一緒に、がんばろうね」


 俺は優しくその声に引っ張られるようにして、頭を上げた。

 視線の先、たおやかな笑みを浮かべた陽菜さんが立っている。

 ――やっぱ、陽菜さんめちゃくちゃ美人です。今更だけど。

 そんな天使のやさしさと微笑みに、応えるために。俺も頑張ろうと思う。

 出来ないことはやらない。でも、陽菜さんの前くらいは努力するって決めたから。


「ありがとうございます」


「私も、君の力になりたいから」


「俺、頑張ります。テストでいい点とれるように」


「うん。でも、いきなり成績を上げるのは難しいと思う。こういうのは積み重ねだから」


「そう、ですよね」


 当然だ、今までサボって来てる分取り返すのは大変なはず。そう簡単には行かないよな。


「だからね、まずは一年生の復習から、それから段階的に。すぐに結果はでないかもしれないけど、でも」


 そこで陽菜さんは言葉を区切った。綺麗な黒瞳から、真剣さが伺えた。陽菜さんはまっすぐ俺を見つめると。


「最終的には、君は目標にたどり着く。そのために、今は頑張らないとね」


「……はい」


「そ、それで、GW最終日。ちゃんと頑張れたら。一緒に映画、見に行こ?」


「頑張ります!」


 いや、どんだけ現金なんだよ俺!でも、頑張ったご褒美が映画ならやるしかねーよな!


 そんなこんなで、俺は、陽菜さんと勉強会をすることになりました。やったね。


 ★★★


「へー、それで、勉強会ねー」


「な、なによ……」


「いや、陽菜もやるようになったなーと思って」


「べ、別にそんなんじゃ」


「ごめんごめん。……でも、前みたいに仲良くやれてるんだね。この間は、『どうしよう!?須郷くんと幼馴染さんが私のせいで喧嘩しちゃって……』って、情緒不安定になってたのにね」


「も、もうっ!それは言わないで!」


 ケラケラと、通話越しに笑う菫に、私は恥ずかしさで憤慨しつつも、その彼女の明るさに、救われているんだなと、声を聴くたびに実感する。


「でも、ありがとね、菫」


「別にー、私は何もしていませんよー」


 いつものように、彼女はそう言った。その普段通りの振る舞いが、菫の優しさだ。

 その優しさに、私は何度救われただろうか。

 ……本当にありがとね。


「でも、陽菜が勉強見てあげたら、一気に成績伸びるんじゃない?だって優しくて、美人な先輩に教えてもらえるんだし」


「か、からかわないでよ……」


「いやー、陽菜の反応がかわいくてつい」


「もう」 

 ぷいっと膨れる私に、菫は画面越しに、楽しそうに笑ってから。

 菫は本当に楽しそうに笑う。それこそ聞いているこっちまで笑顔になってしまうほどに。それが、彼女の取柄で、私の親友。


「いやー、やっぱ陽菜と話しているとあきないわー」


「ど、どういうこと!?」


 訳が分からず私は菫に問いただすも、彼女は『なんでもー』と、軽く受け流すと。


「あ、じゃあ私そろそろ寝るね、おやすみ、陽菜」


「お、おやすみ」


 そう言って、菫がアプリから退出した。オフラインの文字が画面上に表示されている。

 私は、パソコンの電源を落として、ノートと参考書を机の上に広げてた。

 また元気をもらったし、頑張らないとね。

 それに、今回は、彼のためにも頑張りたいから。彼の、力になりたいから。

 私は右手に持ったペンを走らせた。

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