第12話
「あれ?俺の携帯がない?」
帰宅後(と言っても陽菜さんの住んでいるマンションは向かいにあるので、帰宅って感じはあんまりしないんだけど)俺はショルダーバッグの中にスマホが入っていないことに気が付いた。ポケットを確認しても入っておらず、必然的に陽菜さんの家に忘れてきたのだろうと考えたが。
今から取りに行くのはなんかちょっと恥ずかしいな、さっき出て来たばっかりだし。
俺は時計を確認しながらため息を吐き出した。
——いや、まあスマホは必要だし、陽菜さんの家において置くわけにもいかないし早く取りに行かないといけないんだけど、……もうちょっとだけ探してから確認しに行くか。
そう方針を固めたのと同時に、『ピーンポーン』と来訪者を知らせる音が、盛大に鳴り響いた。
うん?誰だろう?まさか、陽菜さんが気づいて持ってきてくれたのか?
突然の訪問相手を、美人でかわいいお姉さん系美少女だと勝手に想像しながら、俺はインターホンの所まで行き、画面を覗き込んだ。
「……え、美桜?」
インターホンの映像を確認すると、鍋を抱えた幼馴染が手で髪をクルクルさせて、画面越しに立っていた。いつもなら勝手上がってくる美桜だが、今日は律儀にチャイムを鳴らして俺が出るのを待っている。両手で持っている鍋が理由なのだろうか。
——まあ、いっか。
とりあえず俺は通話ボタンを押すことにした。
『美桜?どうしたんだ?』
『……あ、義人。実は今日カレー作って、……あまった分持ってきたからドア開けてくれない?』
『カレー?分かった、今開けるから』
どうやら鍋の中身はカレーで、いつものようにお裾分けを持ってきてくれたらしい。(正直、お裾分けってレベルじゃないほどお世話になってるんだけど)
俺は玄関まで行きドアを開けると、カレーの入った鍋を抱えた美桜が、『重いから早く開けてくれない?』とでも言いたげな眼差しを向けて立っている。
「悪いな、いつも」
俺はそうありがたみを感じつつ、鍋を受け取った。本来であれば、美桜はこれで帰るのだが。
「え?」
何故か美桜が、俺の横をスッと通り抜けて家に上がって来た。
なんで上がってくるんだ?!?いつもなら憎まれ口を叩いて帰るのに。
俺の思わずこぼれた声に、玄関で靴を脱いでいた美桜が視線を俺に向ける。
「なに?」
「……いや、いつもだったら渡したら直ぐに帰ってたから」
「帰ってほしいの?」
「そういう訳じゃなくて」
「ならいいじゃない」
俺を睥睨した後、美桜はくるりと身を翻すと。
「た、たまには一緒に食べてあげたらって、ママに言われただけだからっ」
そう言って、足早にリビングに向かって歩いて行く美桜、少しだけ耳が赤くなっていた気もするが。
……多分、気のせいだよな。でもまあ、たまには誰かと食べるのもいいよな。美桜から提案してくるとは思わなかったけど。
俺は鍋を抱えながら遅れてリビングまで行くと、キッチンで美桜が手を洗っていた。
「横に置いといて、私がよそうから」
「え?いいのか?」
「あんたの食べる量ぐらいわかるから」
「そ、そうなのか?」
「いつものタッパーを見てれば、そ、それぐらい普通だから」
そういうもんなのかな?確かに美桜には、態度こそあれだけど、ずっと世話になってるもんな、幼馴染とは言え、感謝してもしたりないよな。
鍋をキッチンの空いているスペースに置くと、美桜が取り出してきた皿にカレーをよそい始めた、それから彼女は冷蔵庫に視線を移すと。
「野菜とかある?あるならサラダにするけど?」
「確かカットサラダがあったはずだけど」
「なら、出しといて」
俺には視線を向けずにそう告げる美桜。
なんだろう、今日はやけに優しいけど何かあったのか?……まあ、昔はよく一緒にご飯を食べたりしてたから、別に不思議って訳じゃないんだけど。
「……なに?」
「いや、なんでも。これカットサラダ」
「ん、ありがと」
——え?今、ありがとっていった?美桜が、俺に?
美桜の口から出た言葉に思わず驚いてしまった俺に、彼女はジトーっと睥睨すると、
「……さっさと持っていってくれない?」
そう吐き捨てるように、いつもの口調で呟いた。
「それじゃいただきます」
やっぱ美桜は料理うまいよな。なんでも作れてしかもおいしいって、完璧じゃん。
俺は美桜の作ったカレーを頬張りつつ、斜め前の席で、サラダを食べている美桜の方を見た。
特にこれといった会話はなく、黙々と食事を取る美桜が俺の視線に気づいたのか、目を細めると。
「……なに見てるの?」
「いや、こういうの、久しぶりだなって思ってさ、親が海外に行ってからは一人で食べるのが日常だったから」
「……そう、ま、まあ別に?た、たまにだったら——」
ピーンポーン。
デジャブ間のあるチャイムの音が美桜の言葉を遮って、インターホンから鳴り響いた。
うん?誰だろ?こんな時間に。
スプーンを置いて、俺は椅子から立ち上がり時計を確認する。
時刻は六時を回っており、この時間帯に訪ねてくるのはそれこそ美桜くらいだが。
まさか——、
俺の頭の中に、一人の女性の姿が浮かんだ。そして、美人でかわいいその人が、訪ねてくる可能性があることを思い出す。
そういやスマホのこと忘れてた!もしかして、陽菜さん持ってきてくれたんじゃ——、
俺は慌ててインターホンの画面を確認する。
陽菜さん。
予想通りというべきか、私服に着替えた陽菜さんが、キョロキョロしながら立っていた。
一応陽菜さんには部屋の番号を教えていたので、そこは問題ないのだが。
陽菜さんが俺の家に……いや、そうじゃない!このままだと陽菜さんと美桜と鉢合わせするじゃねーか!
後ろをちらりと振り返ると、美桜が座ったまま「でないの?」といいたげな表情で俺を見ていた。
もし美桜が陽菜さんを見て、浅木会長だって気づいたら……それよりもなんて関係を説明すればいいんだ!?それに陽菜さんがこの光景を見たら……
思考を懸命に回転させるも、無駄に時間を消費するだけで最善案は浮かんでこない。
このままじゃ陽菜さんを待たせることに、でも、通話を繋ぐと美桜にも聞こえるし……そうだ!
ハっと何かが閃いた感覚がして、俺は通話ボタンを押さずに、直接玄関まで行くことを選択。
美桜には後で宅配便だと説明すればなんとかなる!それに美桜がリビングから出なければ鉢合わせも防げるはず!……なんか悪いことしてる気がするけど、今はこうするしかない!
俺は玄関まで走り、ドアを開けた。
「あ、須郷くん、ごめんね急に。これ、家にスマホが落ちていたから、多分須郷くんの忘れものかなって思ったんだけど」
「お、俺のです!すいません陽菜さん、わざわざ持ってきてもらっちゃって」
「ううん、いいの、でもお部屋の番号聞いといて正解だったかな、こうして届けられたから」
「そうですね」
クスッと微笑む陽菜さん。その仕草が本当にかわいくて、また顔が赤くなってしまう。
予想していた通りスマホをと届けてくれた陽菜さん。陽菜さんのやさしさに感謝しつつも、今はただそういうわけにもいかない状態であるのが少しもどかしかった。
「ほ、本当にありがとうございます。本来なら俺が取りに行かないといけなかったのに」
「私は君の彼女なんだから、そんなの気にしなくていいんだよ」
もっと話していたい、そんな感情を今は断ち切って。
「——誰が来てるの?」
「えっ?」
その咄嗟に漏れた声が俺のものか、それとも陽菜さんのものだったのかは分からない。
ただ、俺は、一瞬だけ忘れかけていた、避けたかったシナリオに突入のしたのだと理解した。
「えーと……あなたは?」
俺の家から出て来た少女の姿に驚きつつも、陽菜さんは比較的平然とした感じで、少女、美桜に問いかけた。
「…………」
黙ったまま、俺と陽菜さんを見下ろす美桜。
やばい、は、早く説明しないと!
変な誤解を招く前に、俺は美桜に代わって俺は唇を動かした。
「陽菜さん、美桜は隣に住んでる幼馴染です。俺今一人暮らしで、それで前からお惣菜とか分けてもらってて……ってすいません、信じられませんよね。……こんな都合のいい話」
「——ううん、一人暮らしって大変だから頼れるお隣さんがいるのはとってもいいことだよ、……うん、そうだよね。君は一人じゃないよね」
「…………陽菜?」
ボソッと、ここまで沈黙していた美桜がそう言った。
その瞬間、俺はとんでもない過ちを犯したことに気が付く。彼女の名前を出してしまったことを。
ジロジロと陽菜さんを見つめながら、美桜は眉をひそめている。
やばい!陽菜さんが生徒会長だってばれるわけにはいかない!でもどうすれば……!
「ご挨拶が遅れてごめんなさい、義人さんとお付き合いをさせてもらっている——」
「——浅木陽菜会長」
「!?」
あ、終わった。……流石に名前が出たらばれるよな、ってそうじゃない!もし俺と陽菜さんが付き合ってるって言いふらされた…………!
冷や汗が噴火の如く全身からあふれ出し、どこからともなく震えが心臓を強襲する。
「……ばれてしまいましたか」
「陽菜さん!?」
「いいの、いつかはこうなるものだから。…………確かに結構早かったけど」
ほんとすいませんっ陽菜さん!また陽菜さんに迷惑を。
「まさか義人に彼女がいて、それもあの生徒会長だったなんて、でも、……良かったね義人、こんな綺麗な人が彼女になってくれて」
「……美桜、でもっ——」
「別に言いふらしたりしないから、……私帰る」
そう言って、靴を履いて家を飛び出す美桜、その一瞬だけ見えた横顔の目元が光ったように見えて、
「美桜さん、あなたは」
「いいんです、気にしないでください。……私が、悪いから」
そのまま、そう言い残して美桜は、隣の、彼女の家に消えって行った。すっと抑えていた沈黙が一気に重さを増してのしかかって来た。
「すいません陽菜さん、こんなことになっちゃって……」
「須郷くんが美桜さんに、私たちの関係を黙っていたのって、……私のため、だよね?」
「それは——」
「ごめんね、私が、君に無茶を押し付けちゃったから」
「陽菜さん……」
「本当にごめんなさい」
陽菜さんの言葉に、俺は言葉を紡ぐことができない。喉元にまで迫っても、それ以上、上にはいかない。
「——それじゃあね」
そう笑みを作って、優しく呟いた陽菜さん。その笑顔からは迷いと後悔が見えて。
そんな始めて見る陽菜さんの笑顔に、苦い感触が広がっていく。
違う、俺はただ、陽菜さんに……
背を向けて、歩き出した陽菜さん。その背中が、一歩、一歩、遠くなる。
陽菜さん!
俺は心の中でそう叫ぶ。しかし。
うっ!
美桜の横顔が脳裏を過る、ズキズキと、分からない何かが心臓を、心を締め付ける。
あっ——
俺は必死に手を伸ばす、だが、その手は届かない。
乾いた少し肌寒い春の風が、二人の間を吹き抜けていった。
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